10

 訪れた土曜日は、強い雨の降っている日だった。

 昼下がりだというのに、私はベッドの上で布団を被りながら横たわっていた。授業の復習も、趣味の執筆も、今はしようと思えなかった。眠ってしまえばいいのだけれど、目を閉じると昨日佐山さんたちにやられたことを思い出して、とても苦しい気持ちになる。だからただ、時間を食い潰すかのようにこうしていた。


 ――綺麗な音が響いたのに、気が付く。


 それが枕元に置いてあるスマホの通知音であることはすぐにわかった。誰だろうか……そう思いながら、のろのろと手を伸ばす。画面を確かめると、睡蓮からメッセージが届いているようだった。内容を確認するために、メッセージアプリを起動する。


〈――このメッセージは削除されました――〉


 ……けれど残されていたのは、そんな無機質なシステムメッセージだけだった。

 何を消したのだろうかと気になって、私は画面上のキーボードをそっと指で叩く。どうかしたのと尋ねると、返事はすぐに届いた。


〈見た?〉


 ううん、見れなかったよ、と送る。


〈よかった〉

〈何でもないから〉

〈本当に〉

〈何でもない〉


 そう言われると気になっちゃうな、と送る。


〈それもそうだよな〉

〈あのさ〉

〈今から会えない?〉


 私は悩む時間もなく、いいよ、と答えていた。そうしてから、今の自分が睡蓮を必要としていたことに気付く。出会ってから半年ほどしか経っていないというのに、最早私にとって、睡蓮はなくてはならない存在となってしまっていた。


 ◇


 どこで会おうかという話になって、お互いに遊びに行く気分にはなれないというのもあり、結局睡蓮の家に行くことになった。

 彼女の家は、私の最寄り駅から四駅ほど離れた町にある。以前病気で学校を休んだ睡蓮にプリントを届けたことがあって、家の場所自体は知っていた。朧げな記憶を手繰り寄せるように、冷たい雨を妨げる傘をさして睡蓮の元へと向かう。


 やがて、真っ白な壁と真っ黒の屋根が印象的な家が見えてきた。少し遠回りしてしまったが、無事辿り着くことができたことに安堵する。物静かに佇む家屋は、どこか睡蓮の色合いに似ているように思った。雪のように白い肌と、烏の濡れ羽色をした髪の毛――


 やや古めかしいインターホンを鳴らすと、鈴が擦れるような音が響いた。私は雨の音を聞きながら、ぼうっと睡蓮のことを待つ。

 少しして、家の中から微かな足音が聞こえてきた後で、ゆっくりと扉が開かれる。


 睡蓮が立っていた。


 無地のTシャツにグレーのパーカーを羽織り、デニムのショートパンツを履いている。そんな素朴な服装なのに、彼女はいつものように美しかった。

 ただ、表情にはどこか陰りがあるように感じられた。それもそうか、と思う。昨日あんな出来事があったというのに、すぐに元気を出せる方が馬鹿げているのかもしれない。


 私たちは、少しの時間お互いに沈黙していた。

 先に口を開いたのは、睡蓮だった。


「……髪、整えてもらったんだな」

「うん、そうだよ」


 私は頷く。昨日の放課後、行きつけの美容院に事情を話して切って貰ったのだった。肩に届かないくらいの長さになった髪では、もう三つ編みをつくることなどできそうになくて、長い間使っていた髪ゴムは戸棚に仕舞ってしまった。

 睡蓮はそれ以上、私の髪に関して何か言うことはしなかった。きっと彼女は、このことに関して責任感を感じてしまっているのだろうと思った。別に気にしなくていいんだよ――そう伝えようかと思ったけれど、余計に辛くさせてしまうような気がして、心の中で述べるだけにした。


「温かいお茶でも淹れるから、上がってくれ。……外は寒かっただろう」

「ううん、このくらい平気だよ。でも、ありがとう、睡蓮」


 私は彼女へと微笑みかける。そうしてようやく、睡蓮は少しだけ笑ってくれた。ああ、貴女にはそういう顔をしていてほしい、そう感じた。物憂げな表情も睡蓮にはよく似合ってしまうのだけれど、こっちの方がずっと素敵に感じられるから。

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