23

 ――気付けば、またあの夢の中にいた。


 数多の葉と花が浮かんだ湖の上に立ちながら、私は瞬きを繰り返している。

 不思議と、全てを覚えていた。いつもならば、この夢の中では全てを忘れたまま始まることまでもを、覚えていたのだ。

 湖の匂いはひんやりとしていて、優しくて……この世界はどこまでも、彼女の香りがした。


 私はそんな彼女の元へと、歩き出した。


 ぴしゃり、ぴしゃりと音がする。彼女がどこにいるかなど知らされていないはずなのに、間違いなくこの向こうにいるのだとわかるのだから、不思議な話だ。現実でもこうだったらいいのになと、私はほのかに口角を歪めて笑う。



 ……睡蓮は、湖に浮かびながら目を閉じていた。



 いつものように取り乱すことをせずに、私はゆっくりと湖に腰を落とした。睡蓮は今日も綺麗だった。……だから、信じたくなかった。でももう、目を背けてはいけないのだと、そう強く思った。

 私は彼女を見据えながら、そっと口を開く。


「睡蓮……私、貴女に聞きたいことがあるの」


 言葉は返ってこなかった。それでもどうか、彼女へと届いていることを願った。


「睡蓮は、言っていたよね。世界から、虐めを全てなくしたいって。そして、その方法は一つだけ思い付いているって」


 それからの質問を紡ぎ出すのには、勇気が必要だった。

 自分の額につうと汗が伝ったような、そんな気がした。


「その方法は、もしかして……“呪い”のようなものなの? ねえ、睡蓮。貴女が死んでしまったのは、生き続けるのが苦しかったからではなくて、貴女は貴女のやり方で、世界を救おうとしているの……?」


 そう尋ねて、私は口を閉じる。

 睡蓮は今も、眠りに落ちたままだった。そうしていつものように、真っ赤な亀裂が少しずつ、少しずつ彼女の身体を侵食していった。私はぎゅっと唇を噛む。


「答えてよ、睡蓮…………」


 ――ああ、今日のこの世界は、赤色へと染まってゆく。


 壊れていく睡蓮の身体はぼろぼろと零れていき、けれど今の私はその肉片を集めることもできず、ぽたぽたと目から落ちていく涙で湖に波紋をつくっていた。


「ことこ」――一つの肉片が、そうささやいた。


 それを皮切りに、肉片たちは滲ませている血を真っ赤な唇のように揺らし始める。



「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」「ことこ」




 ……数多の肉片は今日も、そうやって私の名前だけを呼んでいた。

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