06

 放課後、私は睡蓮と共に自宅の近くにあるカフェに訪れていた。


「お待たせいたしました」


 店員さんが運んできてくれた二つのケーキが、私と睡蓮の前にそれぞれ置かれる。私は季節限定の和栗を使ったモンブランを、睡蓮は常設メニューのチョコレートケーキを注文したのだった。一番上に栗が乗った山型のモンブランは、小さい故の可愛らしさがあって、思わずスマホを取り出して写真を撮ってしまう。


「琴子、食べ物の写真を撮るのが好きだよな」

「うん! だって、折角の美味しいものは思い出に残しておきたいじゃない」

「SNSにあげたりはしないのか?」

「そうだね、特に何もやってないし。後で自分で見返す用って感じかな」


 そう答えながら、私は通学鞄にスマホを仕舞った。


「それじゃ、いただきます!」

「いただきます」


 私は、ケーキを食べ始める。マロンホイップとタルト生地の相性が抜群で、やっぱりこのお店のケーキは美味しいなと思った。


「……そういえば」


 睡蓮はチョコレートケーキをフォークで崩しながら、そう話し始める。


「ん、どうかしたの?」

「琴子は将来、子どもを持ちたいと思っているのか?」

「えっ、どうして急に?」


 首を傾げた私に、睡蓮は少しばかり目を細めた。


「今日の昼、学校で言っていたのを思い出したんだ。子どもに料理をつくりたい、みたいな」

「ああ、確かに言ったね、そういうこと」


 私は頷いた。そういえば、話したような気がする。

 モンブランを食べながら、私ははにかんだ。


「うん。持ちたいと思っているよ」

「どうして?」

「どうして、って……」


 理由を聞かれるとは思っていなくて、私は少し驚いてしまう。

 睡蓮の方を見ると、彼女はチョコレートケーキを食べることをせずに、一口の大きさに切り分けていた。一つの小さな塊ができると、大きな塊からまた小さな塊をつくっている。解体、という言葉が脳裏をよぎった。


 説明しなくてはと思う。でも、子どもを持ちたいというのは昔から抱いている夢で、その理由について自分で深く考えることは余りなかった。だから私は、見切り発車で口を開いてしまう。


「改めて聞かれると、難しいんだけれど……うーん、やっぱり、ずっとそれに憧れがあるから、かな。ほら、私の両親って昔から共働きで、正直に言うと手を掛けて育ててもらった、みたいな記憶がそんなにないの。だから私は、旦那さんがいて、二人くらい子どもがいて……そんな普通の家族を持って、皆のことを大切にしたいんだ。そういうのが、憧れの将来というか」


 ――チョコレートケーキはばらばらになっていた。


「……そうか」


 睡蓮は、いつものように微かではない、確かな哀しさを表情に滲ませていた。

 何かまずいことを話してしまっただろうか、と思う。けれど、自分の発言を思い返してみても、特に思い当たる節はなかった。


 睡蓮はようやく、チョコレートケーキを口にした。ゆっくりと咀嚼を繰り返す中で、彼女の瞳は閉じたり開いたりを繰り返している。それだけなのに、とても美しかった。彼女とその周りだけが、どこかの絵画のように完成されていた。

 沈黙が気に掛かって、私は口を開く。


「睡蓮は、いらないの?」

「え?」

「その……子ども、とか。欲しくないの?」


 睡蓮は少しばかり目を細めた。

 それから、どこか遠くを見つめて微笑んだ。


「……わたしは、いなくていいかな」

「それは、どうして?」


 問い掛けたとき、睡蓮が視線を落として、彼女の手の辺りを見たような気がした。


「わたしの血が混ざってしまうのが、可哀想だから」

「血が……?」


 その単語を、思わず繰り返してしまう。

 睡蓮はもう何の説明をすることもなく、ばらばらのチョコレートケーキを少しずつ食べていた。私も深く聞くことはできずに、モンブランを口にした。とても甘くて、美味しくて……なのに何故か、心は満たされない。それは多分、自分が今目の前にいる友人のことを、わかってあげられていない気がするからだと思う。


 少しして、また睡蓮が口を開いた。


「……自分の子どもは、いなくていいけど。琴子の子どもは、見てみたいな」

「本当?」

「ああ。どんな子どもなんだろうな……でもきっと、優しい子なんじゃないか。そう思うよ」

「ええっ、嬉しい。そうしたら、いつか私に子どもができたら会いに来てよ。睡蓮に遊んでもらえたら、すごく喜ぶと思うから!」


 笑顔で伝えた。そうすれば、睡蓮も笑ってくれるかもしれないと思ったから。

 その思いが正しかったかのように、睡蓮は笑った。けれどそれは、心からの笑顔ではなく、とても哀しそうに見えて――


「……うん。約束するよ」


 ――私もどうしてか、悲しくなってしまうのだった。

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