第39話 口の周りをチョコまみれにしたウサウサウサが一匹釣れた


 宿に入り、階段のところまで来たので、アメリアはジーンの肩をポンポンと叩いた。


 大人ひとり抱っこしたまま階段を三階まで上るのは、絶対無理だと思う。


「……本当に降りる気?」


 アメリアを抱っこしたまま、彼が問うてくる。声がなんだか笑み交じりだ。


 それでアメリアも少し笑ってしまった……まだ完全に元気ではなかったけれど。


 言葉は出さずにポンポン、とまた肩を叩くと、ジーンがそっと降ろしてくれた。


 斜め前を歩く彼に手を握られ、自分の足で階段を上がって行く。


 ホッとしたのと、先ほど怖い思いをしたショックがまだ残っているのとで、感情がゴチャ混ぜになってじんわりと目の辺りが熱くなる。


 三階に着き、


「――アメリア」


 振り返った彼が愕然とする。


「え、なんで泣いているの? どこか痛い?」


 アメリアは首を横に振り、泣きながら彼に抱き着いた。


「ジーンさん、ごめんなさい~! うちが窓から抜け出したから……」


「謝らなくていいよ。僕も……頭ごなしに『連れて行かない』って言ってしまってごめん。君が納得できるまで、ちゃんと話し合うべきだった」


「ジーンさん、優しい……うちが悪いのに」


 申し訳なくてさらに泣けてくる。ジーンがよしよし、と髪を撫でてくれて、ふたたびアメリアを抱っこした。


「ソファでちょっと休もうね。もう怖くないよ」


 そのままソファまで運ばれ、ジーンが膝の上に乗せてくれて、しばらくのあいだ優しく髪を撫でてくれた。


「大丈夫だよ」


 ……前世日本で暮らしていた時はね、落ち込んだら『大丈夫だよ』って励ましてくれる人が周りにいた。両親、それからお友達のナナちゃん。


 だけどこの世界では、そういう存在にずっと出会えなかった。


 それがオルウィン伯爵家に来て、ガラリと変わったよ。


 皆優しい。部屋付メイドのエレンも執事さんもローガン少年も皆優しい。


 そしてジーンさん。ジーンさんは優しい上に、うちにとって特別な人。


 ジーンさんのお嫁さんになれるの、嬉しいな。


 もしもこの先ジーンさんが心折れそうになった時は、うちが彼に『大丈夫だよ』と伝えて、支えになりたい。助けてもらうだけじゃなくて。


 そう思ったらさらに泣けてきて、アメリアは『どうしよう』と思った。




   * * *




 しばらくして、アメリアの動揺も治まってきた頃。


「あの、アメリア……」


 アメリアの髪を撫でていたジーンがためらいがちに切り出した。


「勘違いかもしれないけれど、君のカバン、ゴソゴソ動いていない?」


「え?」


 アメリアは肩から斜めがけのカバンをかけていた。ジーンに抱っこされているから体の左側を彼にくっつけており、カバンは右の腰のほうに回す形で。


 ジーンの首に額をくっつけていたアメリアは、顔を動かしてカバンのほうを振り返り――……。


 目を瞠った。


「ほ、ほんとだ……! カバンが動いている!」


 ふたり、目を見交わす。なんだか嫌な予感……。


 カバンのかぶせ蓋を上げ、中を覗き込むと。


 ハンドタオルの下に、モコモコの耳が!


「う、ウサウサウサ~?!」


 シュポーン! 慌ててモコモコを引っ張り出すと、口の周りをチョコまみれにしたウサウサウサが一匹釣れた。どうやらおやつとしてカバンに入れていたチョコをつまみ食いしていた模様。


「バリー公爵領まで俺も付いて来てやったぜこら~」


「付いて来てやったぜ、じゃないでしょー、だめじゃない!」


「ちなみに俺の音階は『ドレミ』の『ミ』だぜこら~」


「どうでもいいぞこら~☆」


「なんだよ~、『ミ』は魔を祓(はら)う音なんだぜこら~」


「そうなの?」


「俺の音色を聞かせれば、ドラゴンはイチコロだぜこら~」


 アメリアはパチリと瞬きし……。


 ハッとして顔を上げた。


 なんか嫌な予感……という顔つきになるジーンに向かって、アメリアは満面の笑みで告げる。


「『ミ』の音色を持つウサウサウサがいれば、大丈夫! それでドラゴンを抑えられるから、安全でしょう? だからうちもクイグリー湖に行きます♡」


「いや、待って」慌てるジーン。「僕がウサウサウサを借りて行き、君は留守番という選択肢もある。ちょっと話し合おう」


 するとウサウサウサがカットイン。


「俺っちを綺麗に鳴らせるのは、アメリアだけだぞこら~」


「なんでだよ、耳を持って振るだけだろ」


 ジーン、ちょっと苛立つ。


 けれどウサウサウサはひるまず堂々と主張する。


「料理に置き換えて考えてみろこら~。『塩振って焼くだけだろ』と言っても、一流のシェフがそれをすれば抜群に美味い料理ができるだろー? アメリアは精霊に愛されし娘――こういうのなんつったかなー、そうだ、『大地の聖女』だこら~」


 それを聞いたアメリアがイェイ♪ と右拳を突き挙げた。


「うち、大地の聖女だったのか、知らなかったぞこら~☆」


 ジーンはやるせなかった。


 危ない目に遭わせたくないのに……なんでこうなる。


 そして阿呆なポーズを取ったとしても、アメリアが凶悪に可愛いのはなんでなんだ……なんかそこもやるせなかった。


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