第27話 ジーンさん、素敵な音楽をお聞かせしますよ

 

 アメリアはジーンの執務室に入らせてもらうことにした。


 当然とばかりにウサウサウサたちもついてくる。彼らは関係ないのに我がもの顔でズカズカ入り込んで来た。


「おう美形な兄ちゃん、顔が青白いぞこら~」


「なんだか具合が悪そうだなこら~」


「アメリアを悲しませないよう、健康に気をつけて長生きしろこら~」


 ウサウサウサが一斉にジーンにからみ出す。相変わらずヘリウムガスを吸った直後のような高い声だ。


 ジーンは呆気に取られてウサウサウサたちを見おろしていたのだが、顔が青白いと言われたのが気になったらしく、そっと自身の頬を撫でて呟きを漏らした。


「うーん……このところ十分に睡眠を取れていなかったからなぁ……」


 アメリアが心配そうな顔つきで、かたわらに立つジーンに尋ねた。


「ジーンさん、どうして睡眠不足なのですか?」


「前オルウィン伯爵が遺していった負の遺産が山ほどあってね。溜まっている手紙を開封するたびに面倒事が増えていって、もう泣きそうだよ」


 えー……! アメリアは目を丸くした。


 自分が引きこもっているあいだに、未来の旦那様がめちゃくちゃ苦労していたなんて……!  ショック……!


「ご、ごめんなさぁい!」


 慌てふためきちょっと涙目になりながら謝るアメリアを、ジーンがきょとんとして見返す。


「ん……? なんで君が謝るの?」


「私はあなたの婚約者です。あなたの苦労は私が半分背負うべきだと思います。だけど私は呑気に部屋に引きこもっていて、何も手伝おうとしなかった……」


 ジーンはまじまじとアメリアを見おろした。


「君が部屋に引きこもっていたのは賢明だったよ。おかげで僕は自分の至らない点を反省することができたし」


「でも……」


「こう考えたらどうだろう? 僕も初対面で君にひどい態度を取ったから、これでおあいこ――互いに過去のあやまちを悔いるのはもうやめる。どうかな?」


 ジーンの言葉を聞き、アメリアは考えを巡らせたあとで、花が咲いたように笑った。


「それはいいですね、素敵なアイディアです」


 お日さまを思わせる金色の艶やかな髪に、新緑と稲穂の色が混ざった神秘的な瞳――目の前の女性はとびきり上等に輝いている。心身ともに健全な彼女を見ていると、なぜか心が浮き立った。


 ジーンの口の端が自然と上がり――久しぶりに楽観的な気分になってきた。


「よかった」


 ふたりは満ち足りた気持ちで見つめ合った。


 するとウサウサウサたちがゾロゾロとふたりを取り囲む。


「イチャイチャは終わったかこら~」


「俺たちは良い音色を奏でられるぞこら~」


「疲れた兄ちゃんを俺たちの音色で癒してやってもいいぞこら~」


 ものすごい親切の押し売り……ジーンは吹き出してしまった。


 アメリアのキラキラ輝く瞳がジーンのほうにふたたび向く。それだけでジーンの心臓の鼓動は落ち着きなく騒ぎ出した。


「ジーンさん、オペラをすっぽかしたお詫びに、素敵な音楽をお聞かせしますよ」


 にこにこしながらそんな提案をするアメリア。


「ええと、この精霊たち――ウサウサウサ? は音楽の精霊なの?」


 それを聞き、一斉に喋り出すウサウサウサ。


「音楽の精霊、って簡単にくくるんじゃねぇぞこら~」


「俺たちは可愛くて良い音色を奏でる精霊だこら~」


「アポーパイ~」


 ……今アポーパイは全然関係がない……。


 アメリアがかがみ込み、ウサウサウサを数匹抱えて執務デスクの上に移す。持ち上げられたウサウサウサは『ケタケタケタケタ~‼』とくすぐったそうに笑った。


 ジーンも手伝って二十五匹すべてを移し終えた。


 ジーンが興味深げにウサウサウサを見おろしていると、アメリアが手を引き、


「――さぁ、椅子に座ってください!」


 執務デスクの向こう側に連れて行かれる。


 触れられて驚いたのだが、自分の手と比べると、彼女の手はとても華奢に感じられた。


 丁重に扱わないと、壊れてしまいそう……。


 けれど本人は元気一杯で、なんだかギャップがすごい。


 ふと気づいた時には、ジーンは肩を押さえられ、椅子に座らされていた。


 彼女が横に立ち、悪戯にこちらを流し目で見つめる。


「いいですか? いきますよ~」


 アメリアがウサウサウサに号令をかける。


「整列~!」


 キャーキャー! ケタケタケタ~! 大騒ぎしながらも、数秒できちんと並びを整えるウサウサウサ……意外とちゃんとしている?


 するとアメリアが一匹の耳を掴み、空中に持ち上げて優しく振った。


『リィ~ン……!』


 なんて綺麗な音……!


 持ち上げて振るんだ……というのも驚いたけれど、ウサウサウサの生態にも度肝を抜かれた。喋っている時はあんなに変な声なのに、耳を掴んで振ると、こんなに素敵な音が出るの? 不思議~。


 アメリアがリズムを取りながら、両手を素早く動かし、ウサウサウサを選んで一匹ずつ持ち上げ、振っていく。


 おお……すごい、各個体で音の高さが違うから、楽器演奏しているみたいだ!


 感動~!


 アメリアはずっと楽しそうだし、ウサウサウサも一生懸命アメリアを見上げて待機している。


 ジーンがこれまでに出席したどの音楽会よりも素敵な演奏だった。


 最後の音の余韻が消え、アメリアがそっとウサウサウサをテーブルに戻す。


 ワーワー‼


 おおはしゃぎのウサウサウサたち。


 アメリアが満開の笑顔で、


「皆、よかったよ~!」


 ウサウサウサたちをねぎらう。


 ジーンは椅子から立ち上がり、アメリアの手を握った。


「素敵な演奏だった!」


 アメリアがびっくりしたように目を見開き、固まる。彼女の頬がかぁ、と赤く染まったのを見て、ジーンもドキドキしてきた。


「ジ、ジーンさん……」


「アメリア……」


 ジーンはそのままアメリアを抱きしめようとして……ん? と眉根を寄せた。


「あの、アメリア」


「……はい」


「ずっと気になっていたんだけど、君が背負っているそれ、なんなの?」


 アメリアはショルダーストラップを見おろし、「あ」と声を上げた。


「うち、リュック背負ってた~! ずっと背負ったままだった~! ドレスにリュックの組み合わせでイケメンと見つめ合うのはかなり恥ずい~! ていうかリュック関係なく恥ずい~! ナナちゃん助けて~‼」


 訳の分からないことを言い、悶絶しながら顔を覆ってしまう。


「?????????」


 な、何語……?


 混乱するジーンだが、滅茶苦茶恥ずかしがっているアメリアを見ることができて、なんだかキュンとした……。

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