第28話 なんて、嘘だよ~ん
いつもコネリーが使っている椅子を隣に運び、アメリアに座ってもらう。
すぐ近くに彼女がいるとドキドキするけれど、同時に安らぎも覚えた。
少し刺激がある上に、甘く胸がうずいて、幸福感もある――ああ、僕は――ジーンはすべてをひっくるめて、少し物悲しい気持ちになった。
初対面の時に自分が大人の対応を取れていたら、この幸せをもっと早くに味わえたんだ。自業自得ではあるけれど、だいぶ遠回りをしてしまった気がする。
「アメリア……さっき演奏してくれた音楽はどこで習ったの?」
おそらく彼女は実家で虐待されていたものと思われる。ひとりで供も付けずにオルウィン伯爵邸にやって来たことや、実家でのアメリアの評判が散々だったことを考え合わせると、とてもじゃないが大切にされてきたとは思えない。
けれど彼女にはおかしな点がいくつかあった。それは美しい宝飾品を作り出せたり、素晴らしい音楽を演奏できたりする点だ。つまりアメリアには教養がある。
本人に才能があるのは確かだろう。とはいえ、だ――優れたものに触れた過去がなければ、このような芸術的センスが身に着くはずもない。
そして先ほどアメリアが口にした「故郷」という言葉――まるで生家のファース侯爵家以外に、大切な場所があるかのような言い方だった。
……君は一体何者なんだ?
ジーンが問うように見つめると、アメリアが小さく息を呑んだ。
子犬のような子猫のような純粋無垢な瞳――彼女は嘘がつけない。
アメリアが静かに告げる。
「私には前世の記憶があるんです」
「そう……」
ジーンは驚かなかった。別にその答えを予測していたわけではないのに、聞いた瞬間『なるほど、どうりで』と思った。
アメリアが続ける。
「前世の私は十四歳で死にました」
「病気?」
「事故でした」
アメリアが淡く微笑む。
「うち……二回目の人生だから、家族と馴染めなかったのかな。もしかすると皆にも前世があるのかもしれないけれど、記憶は残っていないでしょう?」
「そうだね。少なくとも僕にはない」
「リセットされることはたぶん悪いことじゃないです。まっさらの状態でスタートして同じ環境で育てば、感性も自然と似てくるのかも。だけどうちは……ほかの人とは違う価値観を持っているから、どうしても考え方がズレちゃうの。前世の記憶を思い出したのは七歳の時で、そこから大きく変わった気がする。前世の記憶があってよかったと思っているけれど、でも……でもファース侯爵家にいた時は、ずっと苦しかった」
アメリアの澄んだ瞳から涙が零れた。
彼女は陽気であるけれど、馬鹿なわけじゃない。ただ辛抱強く、優しいだけ――自分の苦しみを他人に押しつけて楽をしないだけ――だから人前では笑っていても、ひとり涙を流してきた過去があるのかもしれない。
ジーンは胸の痛みを覚え、そっと彼女の手を握った。
アメリアがぐす、と鼻をすする。目が真っ赤になっていて、あどけなく見えた。
「うちの言動が変だから、実家では『悪魔憑き』と言われていました――にこにこ元気に笑うとそれは貴族令嬢としてみっともないと言われて、トゲトゲの痛い冠を頭に着けられるの。血が出て痛くて怖かった」
「なんてひどい……」
笑ったくらいで? 彼女が何をしたっていうんだ。
人は気に入らない相手に対して、かくも残酷になれるのか……それこそが悪魔の所業じゃないか。彼女の実家の連中には、きっと罰が下ると思う。
僕がアメリアのためにしてあげられることはなんだろう……ジーンは考えを巡らせる。
アメリアが純粋な瞳でこちらを見上げた。そしてホッとしたように微笑みを浮かべる。
「うち、オルウィン伯爵家に来てよかった。ジーンさんの花嫁になれて嬉しいです」
「アメリア……」
ジーンは吸い込まれるようにアメリアの瞳を覗き込む。
「理由を訊いてもいい?」
彼女はどうしてそう思ってくれたのだろう。申し訳ないけれど、僕は良い婚約者ではなかった。
アメリアが答えを探すように手元に視線を落とした――ジーンが彼女を気遣い繋いだ手を、じっと見つめる。
そして顔を上げ、頬を可憐に染めてにっこり笑った。
「だってジーンさんはイケメンだから。前世ではこんな言葉がありました――イケメン無罪――イケメンであることで、すべての罪が理屈抜きで許されるのです♡」
ピシリ……ジーンの顔が固まった。
「ん……アメリア、待ってくれ……僕は顔しか取り柄がないのか……? な、何か言動で好ましいと感じたところはないの?」
少し前まで泣いていたアメリアが全開で笑い、人差し指でジーンの頬を突く。
「なんて、嘘だよ~ん」
「うっ……君は小悪魔か……!」
「ジーンさんが初日に意地悪を言ったお返し~」
「それはさっきおあいこってことになっただろ」
「ふふ、可愛い♡」
アメリアがそう言って楽しげに笑うのだが、それを間近で見たジーンは『君のほうが百倍可愛いだろ!』と叫び出したくなった。
ところで――人間たちが真面目な話をしているあいだはなぜか『いい子』でいられるウサウサウサたちは、執務デスクの上であぐらをかいて静かに話を聞いていた。アメリアの苦労話を聞き、こっそり涙を流しているウサウサウサもいたくらいだ。
ところが。
アメリアに振り回されて慌てているジーンを見た瞬間、ププッと吹き出したら止まらなくなり……『ケタケタケタケタ~!』と高笑いしながら両足をバタつかせて、デスク上を転げ回るのだった。
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