第19話 ローガン少年、アメリアの優秀さに驚愕


 ローガン少年は小首を傾げてアメリアを眺めた。


「あの……アメリア様はジーン様の婚約者ですよね?」


「そうみたい」他人事のように頷くアメリア。「元々は私、亡くなった前オルウィン伯爵と婚約していたの。前オルウィン伯爵とだったら、相性が良かったかもしれないな」


 え……タラリと冷や汗をかくローガン少年。


「ええと……アメリア様は前オルウィン伯爵と、こ……恋仲だったのですか?」


「いいえ? 会ったこともないよ~」


 パシパシ、と軽く肩を叩かれ、ローガン少年は心からホッとした。


「ではなぜですか? ジーン様と、その……あまり仲がよろしくないのですか? そういえば全然一緒にいらっしゃらないですね」


「うち、初対面でジーン様に嫌われてしまったのよね」


「え! そんなことはないと思いますよ……!」


 否定したものの、『子供の自分には、ジーン様の気持ちは分からないではないか』とすぐに反省の気持ちが芽生えた。


 ふたりとも大好きだから上手くいってほしいと思うけれど、大人には大人の事情がある。だから勝手な希望の押しつけは良くないな……そんなふうに思った。


 一方のアメリアは。


 少し困ってしまい、眉尻を下げていた。というのも、ローガン少年は「そんなことはない」と言ってくれたけれど、アメリア自身はやはり『そんなことはある』という認識だったからだ。


 だって初対面で「君みたいな女性と結婚しなければならないなんて、自分の運命を呪いたくなる。頼むから、もう少し静かにしてくれないか」と言われているんだもの。


「たぶんジーン様は、おしとやかな女性が好きなんじゃないかしら?」


 アメリアが漏らした呟きを聞き、ローガン少年は『あ』と思った。


 そういえば昔、兄のコネリーとジーンが話しているのを聞いたことがある。ジーンは『派手ではない、大人しい子が好き』と言っていたような……?


 え、派手ではなく、大人しい……? うわぁ、目の前のヒマワリみたいな女性とは正反対のタイプだぁ……。


 目が泳ぎ出すローガン少年。


「そ……」


「そ?」


「そん……」


「そん?」


「ええと、そ……そうかもしれません……」


 ローガン少年は善良すぎて、嘘がつけなかった。キュッと目を閉じ、膝の上で拳を握る。


「ジーン様は確かに、『派手ではない、大人しい子が好き』とおっしゃっていました……! うわぁ、ごめんなさい……!」


「あなたが謝る必要はないわよ?」


 アメリアはそう言ったあとで、考えを巡らせる。


「でもそっか……やっぱりジーン様もジェマみたいな女の子が好きなのか……カイル様と同じだな」


「ジェマさんとカイル様、ですか?」


「……ううん、なんでもないよ」


 気にしないで、というようにアメリアは淡い笑みを浮かべたのだが、それを見たローガン少年は『なんだか寂しそうな笑顔だな』と思った。


「そうだ」


 アメリアが何かを思いついた様子でポケットに手を入れ、


「――このストラップ、君にあげる」


 はいどうぞ、と気軽にあるものを手渡してくる。


「え? あのこれ、ものすごく高価な宝石ですよね?」


 緑色、水色、透明、三色のキラキラした石が連なっていて、組み合わせ方、細部の形がものすごく洒落ている。


 ストラップという概念も初めて知った――これは一体なんなのだろう? イケてる貴族のあいだで、今こういうものが流行(はや)っているのだろうか?


 アメリアがふふ、と笑みを漏らす。


「それ宝石じゃないんだ、ごめんね。ありふれたビーズなの」


「僕が知っているビーズは濁ったガラスや貝でできていて、こんなにキラキラしていません……」


「だけどそれは本当にものすごく安いんだよ、全部の材料費を合計しても、リンゴ一個分よりはるかに安いから」


「そんな馬鹿な……! ありえません。リンゴ千個の値段とも釣り合わないと思います」


 自分は子供だけれど、ものの価値くらいは分かる。うわぁ……持っているだけで冷や汗が出てくるぞ。


「アメリア様、これを宝石店で売ったら、ものすごい額になると思いますよ?」


「ならない、ならない」


「いえ、あの」


「材料費はほとんどタダだし、ビーズをつなげて加工したのは、素人(しろうと)の私だし」


「えー!」


 こ、こんなに凝ったものをアメリア様が自分でお作りになられた? 最先端で優れた美的センス……!


 アメリアが困ったように微笑む。


「あのね、私はここでの生活でジーン様と関わらないと決めているから、ローガンくんが屋敷のことを色々気にかけてくれているようで、ものすごくありがたいと思ったんだ。君が頑張っているぶん、私は楽させてもらっている。――そのストラップはつまらないものだけれど、私のお礼の気持ちだから、どうかもらってよ」


「アメリア様……」


 そう言われても、流されてしまっていいのかなぁ……こんなに素敵で高価なものをもらうべきではないような……。


「ローガンくんは褒めてくれたけれど、全然たいしたものじゃないのよ? やる気になったら同じようなやつ、すぐに百個くらい作れるしさ」


「え、百個も!?」


 ひぃ、と鳥肌が立った。


 アメリア様って、華やかで綺麗で陽気なご令嬢――つまり外見と性格が優れている人だと思っていたら、実は能力面が突き抜けてすごい人なんじゃない!?


 ローガン少年は丁重にお礼を言い、ストラップを宝物のように胸の前で掲げ、アメリアと別れて屋敷に戻った。

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