第18話 アメリアの楽しい引きこもり生活

 

 アメリアは楽しい引きこもり生活を続けていた。


 気をつけることはひとつだけ――ジーンの視界に入らないようにする。


 初対面の時にギスギスしてしまったけれど、アメリアはジーンに対して悪い印象は抱いていなかった。なんとなくだけれど、彼は悪い人ではない気がする。だからアメリアのことで煩わせてしまうのは気の毒だ。


 元婚約者のカイルから嫌われてしまった時は、関係を改善しようとして失敗した。カイルになぜ怒っているのか原因を尋ねたり、仲良くしようと話しかけたりして、余計に嫌われてしまったのだ。だから同じ失敗は繰り返さない。


 接触を断ってしまえば、もうそれ以上は嫌われようがないだろう。


 アメリアは大半の時間を読書に費やした。部屋にこもって本を読み、静かに過ごす。


 目が疲れたら、こっそり裏庭に出て、北に広がる森を探検した。散歩をたくさんしているので運動不足になることもなく、アメリアは健康そのものだった。


 そしてドレスのデザインは少しギャルっぽくて可愛いけれど、奇抜すぎもせず……という感じに落ち着いた。魔法のステッキを入手したあと、ゼブラ柄の派手なドレスを着たことで満足できたからだ。


 明るい色のドレスに、どこかにワンポイント――大きなリボンをつけて、その色を黒にするとか、あるいはゼブラ柄にするとか、そのくらいでも十分に気分が上がる。


 髪に生花の飾りをつけたり、可愛いイヤリングをつけたりするのもお気に入りだ。


 それでもギンガムチェック柄のドレスも好きでたまに着ちゃうから、やはり派手は派手かもしれない。だけどジーンの視界に入らないように気をつけているから、全然セーフだよね♡


 ――ある日、森の中の倒木に腰かけて休んでいると、十一、二歳くらいの男の子が通りかかった。


「………………」


「………………」


 屋敷の廊下で誰かとすれ違ったのとは訳が違う。ふたりとも『こんな森の中で人と会うとは!』という驚きを覚え、驚きすぎてかえって表情が動かなかった。


 数秒間真顔で見つめ合ったあとで、アメリアは可笑しさが込み上げてきて笑い出してしまった。


「ごきげんよう! 私はアメリアといいます」


 アメリアが朗らかに挨拶すると、少年は目を丸くし、慌てて姿勢を正した。


「休憩のところお邪魔して申し訳ありません。僕――じゃなくて私はローガンと申します」


 アメリアはローガン少年を見つめ、柔らかな笑みを浮かべたまま感想を口にする。


「あなたはとても礼儀正しいのね」


「使用人ですので」


「使用人……どういうお仕事をされているの?」


 小首を傾げると、ローガン少年が困った顔になる。


「ん……正確に言うと、使用人とも違うのかな? ええと、僕――じゃなくて私は期間限定で、ご当主であるジーン様のお手伝いをしています。僕の兄がジーン様の友人でして、その関係でしばらくこのお屋敷にお邪魔しているのです」


 ジーン様……へぇ、旦那様(になる予定のジーン)のお手伝いをしているのかぁ……アメリアはローガン少年に対して感謝の念を抱いた。


 ローガン少年は旦那様(になる予定のジーン)を助けてくれているわけだから、それは私を助けてくれているも同然――ありがたや~。


「一人称、『僕』のままでいいよ」


「え?」


「私の前では気を遣わなくていいから」


 アメリアはニコニコ顔。


 純朴なローガン少年は赤面し、はにかんだ笑みを浮かべた。


 ふたりは互いの雰囲気に相通じるものを感じ、改めて笑みを交わし合った。


「ローガンくん、時間はある?」


「あ、はい、五分くらいなら」


「じゃあ、ちょっと座ってよ~」


 腰かけていた倒木の隣をポンポンと叩いて促す。


 ローガン少年はおずおずと近寄って来て、少し距離を空けて腰かけた。


 アメリアは『礼儀正しくて、可愛いなぁ』と思った。


「ローガンくんは何歳?」


「十二歳です」


「しっかりしているねぇ」感心。「私はねぇ、前世、十四歳で死んじゃったんだけど、ローガンくんは当時の私より全然しっかりしているよ。君は人生を一周しかしていないのに、すごいね~」


「え、前世?」


 目を丸くするローガン少年。


 アメリアはローガン少年のことを『誠実で信用できる』と思ったので、フランクに秘密を打ち明けた。


 いつもこのように大胆なわけではないのだが、アメリアには動物的なところがあり、直感で『この人は大丈夫』と思ったら一気に打ち解ける。


 ローガン少年もアメリアの純粋さに触れたことで、まるで何年も親しくしている相手と一緒にいるような安らぎを覚えた。


 アメリアがニコニコ笑う。


「うちね、前世の記憶があるんだ」


「そうなんですかぁ……大変ですね」


「大変かなぁ?」


「一回の人生でも色々あるのに、二回分も覚えているのは大変そうです」


「おー、そういう発想はなかったなぁ」


 アメリアはパチリと瞬きする。


 大変そうか……でも。


「うちは前世の記憶があったからこそ、今の人生を乗り越えられた気がする。――実家でね、『悪魔憑き』と疑われてトゲトゲの冠を頭にかぶせられて、すごく怖かったけれど、前世の記憶があったから、視野を広く持つことができた。『きっと大丈夫、あとでいいことがあるから』って希望を持てたの」


「と、トゲトゲの冠?」


 ローガン少年が青褪める。


「うちは前世の記憶がなかったら、実家での生活に耐えられなかったよ」


「………………」


 ローガン少年はハンカチを取り出し、泣き出してしまった。


 こんなに心の綺麗な女性がずっとつらい目に遭ってきたんだと思うと、胸が痛んだ。


「あれ、どうしよう……泣かせるつもりはなかったんだけど」


 アメリアは困り果て、ローガン少年の背中をさするうちに、ウルッときてしまい……。


 ふと隣を見たローガン少年は目を丸くすることになる。というのもアメリアがボロボロ涙をこぼしていたからだ。


「申し訳ありません、つらいのはアメリア様なのに、関係のない僕が先に泣いたりして」


「違うの、君が泣いているから、これはもらい泣き」


「……え?」


「他人のために涙を流せるローガンくんっていい子~と思ったら、なんだか感動して……!」


「ええ? それだけでそんなに泣けるのですか?」


 びっくりしすぎて涙が止まったローガン少年。相変わらず彼の目元と鼻の頭は赤いが、涙は完全にストップした。


 しかしアメリアのほうはすでに涙腺が崩壊していて……。


「うちね、前世でナナちゃんていうギャルの友達がいたんだけど、そのナナちゃんがすぐもらい泣きをしてしまう優しい子だったの。うちはナナちゃんと一緒に過ごすうちに、涙もろいのがうつっちゃったんだ」


「ギャルというのがよく分からないですが、涙もろい性格ってうつるんですか?」


「びっくりだよね! うつるんだよ~」


「えー……?」


「だからローガンくんもうちと一緒にいると、しまいにはこうなるよ」


 ローガン少年は『そんな馬鹿な』と思った。そしてベソベソ大泣きしながら、派手なハンカチで涙を拭っているアメリアを眺め、なんだか可笑しみが込み上げてきた。


 アメリアが『ん? 何?』とこちらを見るので、ふたりは目と目を見交わし……。


 困惑顔のローガン少年と、もらい泣きのはずが本家よりも号泣しているアメリア――『なんだこの状況』となって、ブフ、と同時に吹き出す。


「アメリア様、僕、絶対にそうならないと思います」


「なるって~」


「なりませんよ~」


 森の中にふたりの笑い声が響いた。


 ……二分後……。


 やっと感情が落ち着いたふたりは、和やかに話を再開した。


「それでローガンくんはなんで森の中にいたの?」


「ジーン様は当主になったばかりで手一杯でして。対外的に処理することが多すぎるので、せめてお屋敷の中のことは僕が把握しておこうと思ったんです。それでここ最近、屋敷の中や外を歩いて、色々見て回っています」


 アメリアは感動した。なんて勤勉で賢い少年なのだろう。


 本来その役目はアメリアがするべきなのだろうけれど、ジーンは嫌いな婚約者が出しゃばってきたら、助かるどころかものすごくストレスを感じるに違いない。だからローガン少年、代わりを務めてくれて、本当にありがとう♡

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