第48話 必殺技☆マウントフジ
「――バリー公爵、ドラゴンが追って来ます」
窓の外を警戒していたハーコートが報告する。
「なんてこと!」
アメリアは慌てて窓に張りつき、目を丸くした――うわぁ、本当だ! 鬼の形相で追って来る!
「おいアメリア、俺が『ミ』の音を奏でる時が来たぞこら~」
肩かけカバンの蓋上に乗っているウサウサウサが声を張り上げた。
「えー、ウサウサウサ、本当に効果があるんでしょうね?」
まだちょっと信じきれないアメリア。
「俺に任せとけーい! 『ミ』は魔を祓う音なんだこら~」
「でもそれでドラゴンを殺しちゃうのはやだな……怪我が原因で暴れているみたいだし、可哀想だよ~」
「大丈夫だ! 殺しはしないが、すべて上手くいくぞこら~」
ウサウサウサは自信満々だけどさぁ……アメリアは三列目の座席に腰かけている蛙のほうを振り返る。
「――蛙さん、ウサウサウサの言うことは本当でしょうか?」
「うむ――それに関しては、わしゃ知らん!」
座席の上であぐらをかき、腕組みをして答える蛙。なんだか戦国武将みたい……。
仕方なくウサウサウサをふたたび見おろすと、瞳の奥でメラメラと闘志を燃やしている。スポコンタッチだ。
――で・き・る‼ 俺・超・で・き・る‼
ウサウサウサの目はバキバキのバリバリになっている。
「うーん……じゃあウサウサウサを鳴らしてみるかぁ」
眉尻を下げたアメリアはジーンに声をかけた。
「ジーンさん、うち、マイクロバスから飛び降りますね。ちょっとだけ速度を緩めてくださーい」
アメリアが通路を少し戻り、車体中央部にあるドアをサッと開けたので、運転中のジーンは焦った。
「アメリア、外に出てはだめだ!」
「行ってきまーす」
アメリアがためらいなく片足を外に出す。それを肩越しに見てジーンはゾッとした。降ろしたくはないが、こうなってはブレーキペダルを踏まざるをえない――減速しなければ、飛び出したアメリアが着地で怪我をする恐れがある。
ブレーキペダルを踏んだことで徐行状態になり、アメリアがさっさとマイクロバスから降りてしまった。
――キキィ! さらにブレーキペダルをベタ踏みして完全に停止させるジーン。
「――バリー公爵、運転を代わってください!」
ジーンが運転席から立ち上がると、一度止まった車が自動でゆるりと進み出した。
これに一同はギョッとする……え、アクセルペダルとやらを踏んでいないのに、勝手に進んじゃうの?
彼らは『クリープ現象』を知らない。
バリー公爵は目を白黒させながら慌てて運転席に腰を下ろした。
斜め後ろの位置でジーンが運転するのを見ていたので、なんとなく分かるは分かるのだが……おお、自分でやるとなると緊張するな。ぶっつけ本番でいきなり運転してみせたジーンはすごい男だと、改めて思った。
とりあえず左のブレーキペダルを踏んで車体を止める。
そうしてから首を回して、外に出たアメリア(&ウサウサウサ)、そしてあとを追って降りたジーンを目で追う。
――アメリアがウサウサウサの耳を持ち、手首のスナップを利かせて振るのが見えた。
* * *
『リリィ~~~~~~~~~ン!』
改心の一撃!
いつもよりも良い音が鳴った。
爽やかな風が吹き抜け、アメリアの艶やかなブロンドをサラリと揺らす。
追いついたジーンがアメリアのそばに寄り添い、ふたりはドラゴンを見上げた。
ウサウサウサの『ミ』の音色を聴き、驚愕に目を見開くドラゴン。
カ、ハッ……ドラゴンの口がカクンと開き――……。
「ぶえーくしょい!」
ドラゴンがクシャミをした。クシャミの瞬間横を向いてくれたので、アメリアたちはドラゴン鼻水を頭からかぶらずに済んだ。
鼻の穴から盛大に噴射したドラゴン鼻水が、霧雨のように遠い大地に降り注ぐさまを、ふたりは虚ろな目で眺める。
……え……? どういうこと?
アメリアはウサウサウサの脇の下を支え、顔の前まで持ち上げた。
キリリ顔のウサウサウサと視線が絡むと、アメリアは静かに尋ねた。
「ねぇ、どういうこと?」
「どうやらこれで結論が出たようだなこら~」
「つまりどういうこと?」
「失敗ではあるが、考えようによっては前進だこら~」
「まず謝って」
「……ごめんだこら~……俺はあいつにクシャミをさせるのが精一杯のようだこら~」
あんよをモジモジ動かしながら、耳の中を真っ赤に染めて敗北を認めるウサウサウサ。自分でも結構恥ずかしかったようだ。
そんなことをしていると、クシャミが落ち着いたドラゴンがこちらを向き。
ジーンがトントンとアメリアの肩を叩く。
「……たぶんまずいぞ」
「……ですね」
こうなったら!
アメリアはウサウサウサをジーンに託すと、魔法のステッキを取り出し、本能に従ってそれを天高く掲げた。
「うちの一世一代の大魔法――いきま~す!!!!!!」
アメリアは集中していた。
――来い! 来い来い来い来い来い来い来い来い来~い!!!!!!
ドドドドドドドドドドドドドドドド――……ドドドン!!!!!!
上空に紫の雲が集まって来る。周囲の空気がどんどん重さを増していった。
隣に佇むジーンはタラリと冷や汗をかき、端正な顔で天を見上げる。
「え、何が始まるの……? アメリアさん……?」
カカッ! アメリアが目を開け、凛々しく叫ぶ。
「ウインナー召喚‼ 出て来い、盛りだくさんで!!!!!!」
一瞬の空白――からの、空が割れた。いや、本当に割れたかは分からない――少なくともジーンには空が割れたように見えた。
ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル――……
ベージュの細長い何かが天から降って来る。次々、次々、大量に。
それはドラゴンの前に落ち、山を作っていった。
「ゆでたてウインナー、マウントフジバージョンッ‼ 粒マスタードがけだぁ!!!!!!」
トロトロトローン! うず高く積まれたウインナーの山の上から、黄色の粒マスタードが注がれる。その造形はまるで富士山の雪化粧のよう……色合いは茶色系統だけれども。
ドラゴンはもはやウインナーに釘づけであり、食欲が痛みに勝った瞬間だった。
「いやっほーい!」
意外とノリノリで喜び、ウインナーを手掴みで食べだすドラゴン。
アメリアはそれを見上げ、『ふう』と額の汗を拭う。
「これで時間、稼げた……☆」
ジーン、半目。
マイクロバスの中で、強面のバリー公爵が驚愕のあまり顎が外れそうになっている……。
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