第47話 ドラゴン来たー‼
と、そんなことを話していたら。
「――来るぞ、娘」
蛙がハッと顔を上げ、短く告げた。
その直後だった――周囲が突然薄暗くなったのは。
皆、おそるおそる顔を上げる。
そして圧倒された――大岩が天空を覆っているかのような光景に。
「ドラ、ゴン……」
アメリアは呟きを漏らした。
とてつもない大きさだ。十階建てのビルよりも大きいかもしれない。
緑色の鱗を持つ美しいドラゴン『ウィリディス・スクァーマ』の顔が上空にあった。ホバリングして空中に浮いているわけではなく、体は近くに着地して、首をヌッともたげてこちらを見おろしている。
ドラゴンの首がうねるように動き、
「アジィガー!!!!!!」
カッと口を開き、甲高い鳴き声。
ビリビリビリビリビリ~~~~~~! 空気が震えた。
「ひぃいいいいい!」
涙目になるアメリア。
ジーンがアメリアの手を取る。
「一旦退こう!」
アメリアはウサウサウサをむんずと掴み、ジーンに手を引かれて走り始めた。蛙、狼七匹も素早い身のこなしで続く。
バリー公爵の部隊もテーブルから素早く離れた。
ドラゴンが暴れるように翼を動かした拍子に、緑の鱗が飛び散った。刃物のように鋭いそれが空の上をあさっての方向にヒュンヒュン飛んで行ったのだが、あれが下向きに発射されていたら、辺りは血の海になっていただろう。
バリー公爵が走りながらアメリアに声をかける。
「アメリア嬢――鱗が飛んで来た場合に身を隠せるような、何か大きなものを出せるか?」
「えーと、えーと」
大きなもの?
アメリアは魔法のステッキを振るい、咄嗟に叫んだ。
「――出でよ、マイクロバス!」
ドッバ~ン!
森の中の小道に美しいフォルムのマイクロバスが出現。路線バスと比べると少し小型だが、それでもかなり大きくドッシリしている。
バリー公爵たちは『な、何だこれ~!!』状態であるが、驚きが一周して普通に受け入れた。
「皆さん、とりあえず中に入ってくださ~い!」
アメリアがバスの扉を開けて呼びかけると、皆が互いに気を配りながらワラワラと中に駆け込む。
狼とクールなオジサンのハーコートが同時に扉前に辿り着き、『あ、お先にどうぞ』『いえそちらがお先に……え? あらいいんですか?』みたいなアイコンタクトを交わして譲り合いながら乗り込むという、ほっこり場面も見られた。
最後尾のジーンが乗り込んだあとで、アメリアが内側から扉を閉める。
窓ガラスの外を覗くと、ドラゴンは少し離れた場所で狂ったように翼を動かしており、このマイクロバスをどうこうしようという気配は見られない。
もしかするとドラゴンは森に着地した際に、木の杭が足にもっと深く食い込んでしまい、今はそちらに気を取られているのかもしれなかった。
「ジーンさん、これはマイクロバスといって、皆を乗せたまま移動できるんです」
アメリアが告げると、ジーンが『え』と目を瞠る。
「この大きな箱が単独で動くの? 馬で輓(ひ)かなくても?」
「はい、でも、ごめんなさい……うち、運転したことがなくて」
アメリアが不安そうなのを見て、ジーンが落ち着いた表情で頷いてくれた。
「謝らなくていいよ――じゃあ僕がチャレンジしてみよう」
ジーンは合理的な人間なので、こう考えた――『アメリアはマイクロバスを魔法で出すことはできても、運転の仕方は分からない。そしてこの場にいる誰も分からないのだから、自分がチャレンジしても不利益はないだろう』と。
アメリアは『自分がこのマイクロバスを魔法で出したのだから、責任を持って運転して、皆を運ばなきゃ』とさっきまで追い詰められていたので、ジーンが引き受けてくれてホッとした。
そっか……『最初から完璧にできないとだめ』って思い詰めないで、ジーンさんみたいに『チャレンジしてみる』『ベストを尽くす』というふうに思考を切り替えればよかったのか。
「――アメリア嬢、このマイクロバスとやらを出してくれて助かった」
斜め後ろにいたバリー公爵がお礼を言ってくれたので、アメリアは振り返ってニッコリ笑ってみせた。
アメリアが気に病まないように、達成できたことをあえて言葉に出して励ましてくれたのだろう。その大人な気遣いが身に沁みた。
いい人ばかりでよかった――そうだよね、皆で助け合えばいいんだ!
勇気が出てきた。
ジーンが運転席に座る。アメリアは横に立ち、前世の記憶を思い出しながらジーンのほうに身を乗り出した。
「ええと、母が運転している時に助手席に座って横目で見ていたので、それを思い出します――まず鍵――あ、ささっていますね。ええと、これをクルッと回していたと思います」
……キーを回す時、足はブレーキペダルを踏んでいたっけ? どうだったかな? 思い出せない……アメリアがあれこれ考えを巡らせているうちに、ジーンは言われたとおりに鍵を回してみた。
ブルン……エンジンがかかる。
全員が「おお」と目を瞠った。驚きの連続!
獣の唸り声が下から響いて来るような、不思議な感じだなとジーンは思った。
アメリアは真剣な顔で考え込みながら、
「ゴーカートはうちも運転したことがある――ええと、ジーンさん、この正面の丸いハンドルを回すことで進む方向を変えられます。そして足元のペダル――右がアクセルペダルで、左がブレーキペダルです。右を踏むと進む、左を踏むと止まる」
「分かった」
ジーンが右のアクセルペダルを踏んでみるが、マイクロバスは停まったまま動かない。
「あれ? なんで前進しないのだろう?」口元に手を当てるアメリア。「あ、そうだ、確か――この左のレバーを先に動かさないとだめなんだ――P、R、N、D、2――……確かこれ、Dがドライブだから『前進』、Rがリバースだから『バック』です。そう――ええと、足元、左のブレーキペダルをしっかり踏みながら、このレバーをDに動かしてください。そしてサイドブレーキも解除」
説明しているうちに記憶が鮮明によみがえってきた。
母は車に乗ったらすぐに足でキュウッとペダルを踏み、そのあとで色々レバーを操作していた。踏んでいたのが助手席にいる自分からよく見えていたのだから、左のブレーキペダルを踏んでいたのだ。
――ジーンがサイドレバーを『D』に移し、アメリアが横から手を伸ばしてサイドブレーキを解除。そのあとジーンがブレーキペダルを踏んでいた足を離して、今度は右のアクセルペダルを踏む。
「――動いた‼」
少し強く踏みすぎて一気に加速し、皆がヒヤッとした。木の根を踏んだのか、車体が勢い良く跳ねる。
アクセルペダルをベタ踏みしていた足を少し持ち上げてみると、加速が弱まる。
「なるほど、踏む強弱でスピードが変わるのか」
感心するジーン。
「――ジーンくん、すごいな、君」感心するバリー公爵。「この複雑なからくりをすぐに使いこなしてしまうなんて」
「やってみたら楽しいです」
ジーンの瞳が輝いている。医者をしていた時は、怪我人や病人相手で咄嗟の判断力が試された。そういった経験が今、生かされているのかもしれない。
かたわらに立つアメリアもにこにこと頷く。
「ジーンさんがいてくれてよかった! うちがやっていたら、あがっちゃって失敗していたと思います。木に正面衝突していたかも」
ジーンがチラリと横目でこちらを見て、にこりと素敵な笑みを返してくれる。
……キュン♡ アメリアはハートを撃ち抜かれた。
バリー公爵がそれを見てほう……とため息を吐く。
「……女殺し……」
ジーンは『それを言われるの、二度目だな』と思わず半目になった。そしてやはり二度目も嫌だと感じたので、聞こえないフリをした。
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