第46話  謎の呪文『アジィガー!』の謎が解ける


 ――同時刻、ドラゴン退治組。


 森の中で、大きなテーブルを皆で囲んで着席している。


 おにぎり&唐揚げ&豚汁という美味しい食事が一段落してから、蛙が語り始めた。


「わしが集めた情報によると、だ――問題のドラゴンは『ウィリディス・スクァーマ』という名前のやつで、緑色の鱗が見事なやつじゃ」


 バリー公爵が頷いてみせる。


「ええ、そうです。美しい緑のドラゴン――目撃者からそう報告を受けております」


 バリー公爵は人間界では高い地位にいるが、上位精霊には敬意を払って敬語で話している。その礼儀正しさを見て、ジーンとアメリアはバリー公爵への尊敬を深めた。バリー公爵は威厳があるのに、威張っていなくて、そこがまた格好良い。


 蛙が続ける。


「そいつは元々温和な性格のはずだが、怪我をして気が立っておるようじゃ」


「怪我……ですか」困惑するバリー公爵。「動きが速く、森の中を縫うように飛んで移動しているので、まだ全身を確認できていないのです。実際に遭遇した者はドラゴンを近くで見ているはずなのですが、気が動転して、しっかり相手を観察する余裕もなかったようでして……」


「そのドラゴン、足の甲に尖った木の杭が刺さって貫通しているらしいぞ。自分ではそれを引き抜けないようで、今もまだ刺さったままだ」


 ゾワー……皆ちょっと背筋がモゾモゾした。痛そう……。


「なんでそんなことに……」


「ドラゴンがそうなった現場に居合わせた鷹(たか)に聞いたんじゃが」


 と前置きする蛙。どうやら鳥と喋れるようだ。


「あそこで怪我したらしい――マタニア渓谷(けいこく)」


「マタニア渓谷――というとボンド子爵の領地ですな。現在地であるクイグリーの南に当たる」


 バリー公爵が地図を思い浮かべながら呟きを漏らした。


 蛙が頷いてみせてから続ける。


「ドラゴンがマタニア渓谷に遊びに行った時、川のそばの開けた場所に、ドラゴンの大きな彫像が飾ってあったらしいんじゃ。その彫像の口から赤い布が飛び出ていて、気になったドラゴンがそれを引っ張ると、彫像の腹に仕込んであった火薬がドカンと弾けた」


「火薬ですか?!」


 仰天するバリー公爵。それは皆も同じだった。


 ……え、なんのためにそんな仕かけを?


「仰天してたたらを踏んだドラゴンは、彫像のそばに突き出ていた、尖った木の杭を踏みつけてしまった。それは神樹パロサントから切り出されたもので、ドラゴンにとっては苦手な代物だった。一度踏み抜いたら抜けなくなってしまったらしく、相当痛がっていたようじゃの」


「それでイライラして暴れていたのか……」


 バリー公爵は眉根を寄せ、『事情を聞くためボンド子爵を召喚するか』と考えていた。


 先日ボンド子爵にドラゴン退治に協力してほしいと声をかけたのだが、のらりくらりと言い訳をして、結局やって来なかった。


 ピリッとするバリー公爵に、ジーンがおずおずと気まずそうに声をかけた。


「あの……大変申し上げにくいのですが、その仕かけ、作ったのは前オルウィン伯爵です」


 ……んんん? どういうこと?


 全員、目が点。


 ジーンは頭を抱えてしまいたかったが、自分が現オルウィン伯爵であるので説明する義務があると考え、正直に話すことにした。


「私はこのところ前オルウィン伯爵宛てに届いた手紙を順次開封しているのですが、その中にボンド子爵からのクレームがありました」


「クレーム……」


「ボンド子爵は緑色のドラゴンを崇拝していて、景色が綺麗なマタニア渓谷に、そのドラゴンを模した彫像を作ったらしいのです」


「ふむ」複雑な形に眉根を寄せるバリー公爵。「それ自体は平和な話だな」


「ええ」頭痛をこらえるジーン。「それで前オルウィン伯爵は、ボンド子爵から彫像の色塗りを任されたのですが……」


「何かやらかしたのか?」


「一応、色は緑に塗ったものの、ほかに頼まれてもいない余計なことをいくつかしたようで。――その余計なことというのが、口からはみ出した赤い布と、それを引っ張ると爆発するように細工した火薬、そして木の杭の尖った部分を上向きに設置した、謎の周辺飾りです」


 耳を傾けていたバリー公爵は得体の知れぬおそろしさを感じた。


「……前オルウィン伯爵は一体どういうつもりでそんなことを?」


「分かりません。私は彼の親戚ですが、あまり深く付き合っていなかったので……ただ」


 ジーンが物思う様子で黙り込み、考えを纏めてから続けた。


「前オルウィン伯爵は亡くなる前、少しノイローゼ気味だったのかもしれませんね。ここ数年は特に面倒な雑用を押しつけられることが増えていたらしく、捌(さば)ききれなくなっていたようです。これは私が医者をしていた経験から学んだことですが……大人しく見える人が、常に我慢強く常識的かというと、実はそんなこともないんですよね。鬱憤(うっぷん)を溜め込んでいるぶん、たがが外れると、驚くほど攻撃的になる場合がある。窮鼠(きゅうそ)猫を噛む、というやつでしょうか……。ボンド子爵からの依頼はただの色塗りだったのに、それにプラスしてかなりの手間をかけて危険な仕かけを作った――その行動をみるに、前オルウィンには秘めたる暴力性があったのかも」


 それを聞いたバリー公爵は『確かに一理ある』と考え、顔を曇らせた。


「前オルウィン伯爵は亡くなってしまったから、心の内を訊くことはできんな……はっきりしているのはひとつ、彼が余計なことをしたせいでドラゴンが怪我をして、広範囲に迷惑が及んでいるということだ」


「申し訳ございません」


 ジーンは深々と頭を下げた。


「これは当家の人間がやらかした失態でした。知らなかったとはいえ、私はもっと早くにドラゴン退治に参加すべきでしたし、責任を感じています」


「君はよくやっているよ、ジーンくん」


 バリー公爵は公正であるが、公正であるがゆえに、ドライな部分も持っている。普段の彼ならば、ここまで温情のある言葉はかけなかったはずだ。


 ジーンはハッとした様子でバリー公爵を見返し、感謝の気持ちで表情を和らげる。


 バリー公爵の瞳も穏やかだった。


 バリー公爵は今日、ジーンとアメリアの存在に救われた。ギリギリの状況でずっとイライラしていたのに、若いふたりと一緒にいるとなんだかワクワクしたし、希望が持てた。


 彼らは突拍子もないことをしでかしたりもするが、不思議なことに、あとになってみるとそれが最善の一手だったと分かる。


 純粋で。真っ直ぐで。思い遣りがあり。ツキを引き寄せるパワーもある。もしかするとすべてを超越した天才。


 とにかく非凡なのは確かだ――こういう存在にはおそらく誰も勝てない。


 アメリアの天真爛漫さに比べて、ジーンのほうは一見常識人に見える。けれどやはり違う。


 カイルに決闘を申し込んだ時、百戦錬磨のバリー公爵ですら、ジーンを見てすごみを感じた。あれはハッタリという次元ではなかったような……やはりジーンもまた非凡なのだ。


「あ、そうか」


 アメリアがふと何かに気づいたように声を上げた。


「謎の呪文『アジィガー!』の謎が解けましたよ、ジーンさん」


「え?」


「ほら、ドラゴンに襲われた方が証言していましたよね――暴れるドラゴンが『アジィガー!』と甲高い声で叫んでいたと」


「ああ、確かにそんなことを言っていたな」


「あれ、『足がー!』の訛(なま)りだったんですね」


「……ん?」


「足がー痛いー、の意味ですよ」


 アメリアが人差し指を立てて、そう言う。


「………………」


 皆一様に黙り込んだ。


 この時の男性陣の心のパーセンテージはこんな感じだった。


 なるほどね――五パーセント。


 確かにそうかもね――五パーセント。


 至極どうでもいい――九十パーセント。


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