第9話 蛙さんと狼さん、シュークリームを食べる♡
お腹いっぱいになり、グデーと足を伸ばした蛙がアメリアの顔を見上げた。
「……なぁ娘よ、ちょっと訊きたいのだが」
「なんですか?」
「モリーは元気にしとるかね? 最近姿を見せないのだが」
アメリアはパチリと瞬きして、小首を傾げた。
「モリーさん……ですか?」
「ファース侯爵家の末っ子じゃ。前はちょくちょく来とったのに、急に来んようになった。元々体が弱かったから、心配しとった」
「蛙さん、モリーさんが遊びに来ていたのは、いつの話ですか?」
「二百三十五年前」
それを聞き、アメリアは顔を曇らせる。
「蛙さん、人間の寿命はもっと短いです。モリーさんはとっくに亡くなられていると思います」
「そうか……」
蛙が顔を伏せ、小声で呟きを漏らした。そのまましばらくじっと俯いていたのだが、やがて顔を上げた。
「わし、友達のモリーをずっと待っておったんだ。死んでおったなら、来るわけがないな」
それがとても静かな語り口だったので、アメリアはポロリと涙をこぼした。
「……寂しいですね」
「なぜおぬしが泣く?」
「もしも友達のナナちゃんが急に学校に来なくなったら、うちも蛙さんみたく、ずっと待っただろうなぁと思って。でもうちは死んじゃったから、ナナちゃんは今頃、ずっとうちのことを待っているかも」
「おぬしが死んだことを、ナナちゃんは知っておろうよ。わしみたいにぼーっとあてもなく待ちはせんだろう」
「そっか……じゃあよかった。ただ待つのはつらいですものね」
へへ、とアメリアは笑った。
「ナナちゃんには前を向いて楽しく生きてほしいです。お父さん、お母さんも楽しく生きてほしい。うちはそれを願っています。モリーさんもきっと同じで、お友達の蛙さんが楽しく生きてくれるといいなと思っていたはずです」
「モリーはもう死んだのだろう? あの子が何を思っていたのか、おぬしには分かるまい」
「そうですね。ごめんなさい」
蛙さんはこの裏山で二百三十五年ものあいだ友達のモリーさんを待ち続けたのだ……アメリアは涙をこらえた。なんて悲しい話だろう。
「……蛙さん、この裏山が禁足地なのは、モリーさんが来るまでほかの人が踏み荒らさないように?」
「いいや、違う」
蛙が首を横に振ってみせる。
「わしは番人なんじゃ」
「番人?」
「まぁええじゃろ。モリーが死んだのなら、ファース侯爵家を見守る義理はない。友達はもうここにはおらんのだからな」
「?」
よく分からなかったが、アメリアはそれ以上訊かないことにした。明日の朝にはファース侯爵家を出て行く身だ。アメリアが首を突っ込んでもどうにもならない。――見守る、見守らないは、蛙の自由だろうし。
「蛙さん、最後に一緒にラーメンを食べられて、楽しかったです。うちは明日、ここを発ちますので」
「そうだな。おぬしは先ほど、列車で旅に出ると言っていた」
「はい」
「達者でな。わしも今日か明日、旅に出ることにする」
「そうなのですか?」
「モリーもおぬしもおらんのなら、ここにいてもしようがない」
アメリアはじっと蛙を見つめ、魔法のステッキを差し出した。
「この魔法のステッキ……蛙さんにお返ししたほうがいいですか?」
「なぜだ? おぬし用に作ったものだ」
「いいのですか? なんだかすごいものすぎて、今さらですが申し訳なくなってしまって」
「いいのだ、持って行け」
蛙が目を細める。
「その魔法のステッキはわしからの餞別(せんべつ)だ」
「蛙さんはひとりで旅立つのですか?」
「いいや、狼たちが付いて来るだろう」
狼たちがお座りして、尻尾をゆるゆると振っている。
アメリアは微笑みを浮かべて彼らを眺めていたのだが、「そうだ!」と良いことを思いつき、立ち上がった。
「じゃあうちからも餞別を!」
「何かくれるのか?」
「まずは入れもののリュック!」
――ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン!
蛙のぶんと、狼七匹のぶん、合わせて八つ。リュックなら彼らも背負えるだろう……たぶん。
「ポテチ!」
――ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン!
「ポップコーン!」
――ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン!
「チョコレート!」
――ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン!
「クッキー!」
――ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン!
「シュークリーム!」
――ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン!
「さぁ皆さん、これらをリュックに詰めてください。後日、ちょっとずつ食べてくださいね。いっぺんに食べたら駄目ですよ」
蛙と狼たちは、ふたたび正座をして、いそいそと自分のリュックにお菓子を詰め始めた。その様子はなんだか遠足のための支度をしている子供みたいに見えた。
「あ、シュークリームは生ものなんで、今食べましょう――上下のギザギザのところを縦に裂くと、袋が破れますからね」
アメリアは自分のぶんとしてシュークリームを追加でひとつ出した。
皆横並びで外袋を破き、仲良くシュークリームを頬張る。
狼たちはひと口噛んだあとで、シュークリームを両手で高々と掲げ、涙を流した。
蛙も涙を流していた。
それを見てアメリアももらい泣きをした。
「あと夕ご飯と、明日の朝のぶん」
アメリアは蛙と狼たちのために、夕食のおにぎりセット、唐揚げと卵焼き、明日の朝の食事にアンパンとコーンマヨパンを出してやり、紙パックのお茶とジュースも出した。
ちなみに食べたあとのゴミ類は、蛙が魔法で別の物質に変換するとのことだ。
「じゃあこれで! 蛙さん、狼さん、さようならー!」
アメリアが下山を始めても、蛙と狼たちはいつまでも手を振って、姿が見えなくなるまで見送っていた。
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