第20話 ローガン少年のトキメキ


 ローガン少年が屋敷の北廊下を歩いていると、アメリアの部屋付メイドをしているエレンと出くわした。


 なんとなく笑みを交わしてから、エレンに報告する。


「先ほど森でアメリア様とお会いしました」


 するとエレンの笑みがパァッと明るくなった。


「あらそうなの、アメリア様と」


 それを見たローガン少年は、『エレンさんはアメリア様のことが、ものすごくお好きなのだなぁ』と感心してしまった。名前を聞いただけで、こうも顔に出るとは……。


「それで実は僕、アメリア様に高価なものをいただいてしまって、どうしたものかと……」


「見せてもらってもいい?」


「はい、これです」


 美しい細工のストラップを見せると、それを眺めおろしてエレンがにっこりと笑った。


「私も同様のものをいただいたわ――ピンクのストラップだった。実はこれ、すごく応用が利くアイテムで、なんにでも『飾り』として取りつけられるのよ」


「そうなのですね」


「ものすごく綺麗な宝飾品だし、高価だからいただけないとお断りしたのだけれど、アメリア様が『お願い、もらって』と熱心に言うもので」


「僕の場合も同じでした」


 ふたり、眉尻を下げて見つめ合う。


 エレンが気遣うように口を開いた。


「あのね――アメリア様は気さくだけれど、誰にでも安易にものをあげるわけではないのよ?」


「え」


 意外な言葉だった。なんとなくだけれど、気前が良い性分で、他人にものをプレゼントするのが好きな女性なのだと思い込んでいた。


 エレンが小首を傾げて続ける。


「私にストラップをくださった時に、ご本人がおっしゃっていたの――『ものをプレゼントするのって難しいわよね。私はそういうことで誰かと繋がるのが嫌だから、実はあまり他人にものをあげないの。食べもののようにすぐになくなるものは気楽にあげる時も多いけれど』って。アメリア様の中でしっかりルールがあって、形に残るプレゼントは、どうしても渡したい相手にプレゼントするみたいよ。そうそう――あと、『高価なものを贈るのはNG』というのもおっしゃっていた」


 なるほど……ご本人の中で厳格なルールがあって運用しているのかぁ……。


 だけどなぁ。


「あのぉ……ですがこれって、ものすごく高価ですよね?」


「私もそう思うのよねぇ……」


 初めてエレンの顔に困惑が浮かんだ。


「でもアメリア様は安いって言うのよ……」


「アメリア様は何か特殊な加工技術をお持ちなのでしょうか? ご本人がおっしゃるとおり、本当に材料費自体は安いのだけれど、それをこのような特級品に仕上げてしまう素晴らしい技術を習得している――だけどご自身はそのすごさに気づいていないとか?」


「かもしれないわね」


 エレンは難しい顔でしばらく考えを巡らせていたのだが、やがてこちらにしっかりと視線を合わせた。


「あなたは真面目な性格で、これをいただくことに罪悪感を覚えているのね?」


「はい、そうなんです。アメリア様は僕が屋敷のことを色々やっているから、感謝しているとおっしゃっていました。でも僕は、ここまで素敵なものをいただくことはしていないと思っています」


「うーん……私から言わせれば、あなたはそのストラップに相応しい仕事をしていると思うけれど」


 エレンの言葉には真心が籠っていて、ローガン少年はジン……と感動してしまった。十二歳でピュアというのもあり、瞳が潤んでしまう。


 エレンはその様子を見て、くすりと笑みを漏らした。


「そうだ、あなたの気持ちが軽くなる方法を思いついた」


「なんでしょう?」


「これからジーン様に報告に上がりましょう。事情を説明して、アメリア様から素晴らしいものをいただいたと伝え、指示を仰ぐのはどう? 私もストラップの件は報告していなかったから、ご一緒させてもらえない?」


「はい! ありがとうございます!」


 エレンは魔法使いかもしれない――これですっかり気が軽くなり、ローガン少年は瞳を輝かせた。




   * * *




 ビーズストラップの件を報告するため、ふたりは当主の執務室に入室した。


 ところがそこで思わぬ光景を目撃することとなる。


 ローガン少年は室内にいる兄コネリーの様子を見て、呆気に取られた。


 というのも、大抵のことでは動じないはずの兄が、ぐでぇ……と伸びていたからだ。


 コネリーは騎士団で鍛えられているだけあって、精神も肉体もタフである。いつもシャンとしているのに、今は椅子の背に体を預けて天を仰ぎ、書類を顔面の上に載せてピクリとも動かない。


 一方、当主であるジーンのほうはデスクに突っ伏していた。まるで毒を盛られて机上で苦しみ抜いて息絶えたような、悲惨な姿だった。


「あの、コネリー兄様……今、大丈夫でしょうか?」


 大丈夫には見えないが、入室してしまったので、そう尋ねるしかない。


 ローガン少年の問いかけに反応して、コネリーの指がピクリと動き、顔の上に載せていた書類を取り払った。


 そしてげんなりと青褪めた顔がこちらに向けられた。


「おお、ローガン……どうした?」


「ご報告があったのですが、今度にしたほうがいいですかね」


 やはり話ができるような空気ではなさそう。


 しかしここで、屍(しかばね)と化していた当主のジーンが、震えながら上半身を起こし、先を促す。


「ローガン……報告なら今してもらって大丈夫」


「ですが……」


「たぶん一時間後もこんな状態だし、三日後もこんな状態のはずだ」


「何かあったのですか?」


「いや……ものすごく厄介な手紙が出てきたところでね……弱っていたところにトドメを刺された気分だ。まぁいい……あとでもう少し元気になったら、対策を考える」


 この状態から元気になることがありえるのだろうか……冷や汗をかくローガン少年。


 困ってしまい、隣に立つメイドのエレンを眺める。


 エレンもこちらを見返し、ほとんど表情を変えずに小さく肩をすくめたようだった。


 彼女は肝が据わっているので、内心どう思っているかは分からないものの、この異常な空気の中でひとり落ち着いていた。


「僕に何かお手伝いできることがあれば」


 ローガン少年がぐったりした男性陣を気遣うと、ジーンは感極まってふたたびデスクに突っ伏してしまった。


「うう、優しい……! 心の傷口に沁みる……!」


 デスク横の椅子に腰かけているコネリーは、凪いだ瞳で友人の後頭部を見遣り、のろりと弟のほうに視線を転ずる。


「ローガン、こういう状態の大人に優しくしちゃだめだ。かえって最後の支えが折れる」


「え、ごめんなさぁい……!」


 ローガン少年、ウルッと涙目。そ、そんなつもりはなかったんです……!


「まぁいい。それでどうしたんだ?」


「あの、アメリア様についてご報告が……」


 おずおずとそう申し出ると、ジーンがハッとした様子で顔を上げた。


 兄コネリーも軽く目を瞠っている。


 あれ……? 空気が変わった?


 ローガン少年はたじろぎ、助けを求めるようにかたわらのエレンを見上げる。


 エレンは静かに息を吸い、


「――アメリア様については部屋付メイドである私のほうが詳しいので、説明を代わります」


 とものすごく格好良く助けに入ってくれた。


 ……ここにいる誰よりもスマート&クール!


 ローガン少年はエレンを見上げ、トキメキを覚えた。


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