第21話 ああ、アメリアと仲良くしたい……つらい……泣きそうなジーン
エレンが説明を始める。
「私とローガンは、アメリア様から素敵な宝飾品をいただきました。とても高価で希少なものであると感じたので、ご遠慮したのですが、アメリア様がぜひ受け取ってほしいとおっしゃいまして」
「それはアメリアが決めたことだから、僕が良(よ)し悪(あ)しを判断することではないと思う」
ジーンはそう告げたあとで、慎重につけ加えた。
「ただ――把握はしておきたいので、現物を見せてもらえる?」
ふたりはデスクに歩み寄り、ストラップを置いた。エレンのものはピンクがベースで、ローガン少年のものは緑がベース。
友人のコネリーが椅子から立ち上がり、現物を見おろして、感心したようにため息を漏らす。
「これは……なんと見事な……」
ジーンは緑のストラップを手に取り、光にかざしてじっくりと眺めた。
「素晴らしい細工だなぁ……石自体も綺麗だが、このようなデザインは初めて見る。なんて言ったらいいのか――……気取っていなくて可愛らしくもあるけれど、石の大小の組み合わせ方、見せ方が美しい。作り手のセンスが良いのだろうな」
エレンが頷いてみせる。
「実はそれ、アメリア様の手作りなんです」
「えっ!」
ジーンとコネリーが揃って驚きの声を上げる。
「これ、王都の一流デザイナーが作ったものじゃないの?」
ジーンが疑問を口にすれば、横から、
「だけどジーン――俺は職業柄、王都の舞踏会で何度も警備を担当しているけれど、公爵夫人ですらこんなに洒落た宝飾品は身に着けていなかったぞ」
コネリーが筋の通った返答をする。
ふたりは訝しげに視線を交わし合った。彼らの顔にはこう書いてある――『アメリア嬢って、一体何者?』
そんな中、エレンはドSなのか(?)、現状混乱しているふたりをさらに混乱の谷に突き落とす。
「アメリア様はそのストラップを『安物』だとおっしゃっていました」
「そんな馬鹿な!」
「材料費はほとんどタダだと」
「いや、絶対にありえない!」
「あと、やる気になったら、百個くらいすぐに作れるそうです」
「ひ、百個……?!」
ガガーン……驚きを通り越して、すっかり顔色が悪くなる男性陣ふたり。
彼らは欲のない善人であり、『これは我々の手に負えぬ』と考えていた。ひとりの年若い令嬢が、国宝級の宝飾品を簡単に作り出してしまえるという、未知の悪夢……前オルウィン伯爵が遺(のこ)した負の遺産よりも、ある意味おそろしい。
コネリーは『もうやだ』の気持ちで俯いてしまう。
ジーンはといえば、驚きから絶望を経て、とうとう無表情になってしまった。
その場にいた四人は一分強、黙りこくった。皆、口を開きたくない気分だった。
やがてエレンが小さくため息をつき、口火を切るという一番嫌な役目を引き受けた。
「それで……いかがいたしましょうか?」
「いかが、とは?」
ジーンが尋ねる。
「私とローガンはこのストラップをいただいてしまって問題ありませんか?」
「それは問題ないよ。アメリアが君たちにあげたいと思ってそうしたのだから、彼女の気持ちを尊重して、大事にしてあげてほしい」
あら、え……? エレンとローガン少年が真意をさぐるように凝視してきたので、ジーンはたじろいだ。
「え、何?」
「いえ……」
スッと気まずそうに視線を逸らすエレン。
彼女はこう考えていた――『ジーン様は、奥様になる予定のアメリア様をいじめるつもりはないのかしらね?』――先の台詞は、アメリアのことを最大限に気遣っているように感じられた。しかしそれならばなぜ、彼女がこの屋敷に到着した時、親切にしなかったのだろう……?
混乱しているエレンはそれから顔を上げようとしない。
そのリアクションを不審に思ったジーンがローガン少年に視線を移すと、こちらもスッ……と視線を逸らすではないか。
やだもう、なんなの……?
「ローガン、お願いだ、今感じていることを正直に話してくれ」
「いえ、あの、ええと」
ローガン少年はモジモジと呟きを漏らしたあとで、思い切った様子で顔を上げる。
「先ほど僕はアメリア様と初めてお会いしました。短い時間でしたが、とても心が綺麗で、前向きな女性だと思ったんです。でも……」
「でも?」
「アメリア様はどこか寂しそうでした」
「寂しそう? どうして?」
「うっ、それは……」
「遠慮しなくていい、ローガン」
「ではお伝えしますが、アメリア様はこうおっしゃっていました――『ジーン様はカイル様と同じ』だと。僕、その意味はよく分からなかったけれど、それを聞いて、なんだか胸が痛みました……!」
拳を握り、勢いでぶっちゃけるローガン少年。
ああ、勝手なことを言ってしまった……ローガン少年は慌てて頭を下げ、
「おふたりのことに口を出してすみません!」
「……いや、無理矢理聞き出したのは僕のほうだから……」
「本当に申し訳ありません、ではこれで失礼いたします」
ローガン少年とエレンは、ストラップを回収してから礼をとり、執務室から出て行った。
ふたりが退室し、パタンと扉が閉まったあと……。
ジーンはガクぅ……と肩を落とした。「ジーン様はカイル様と同じ」――先ほどローガン少年が口にした台詞が、頭の中で何度も繰り返される。
「えー……カイルって確か、アメリアの元婚約者だよなぁ?」
「そうだな」
かたわらに佇むコネリーが、滅茶苦茶気まずそうに頷く。
ジーンはすがるようにコネリーを見上げた。
「それでカイルって、アメリアを捨ててメイドとくっついたんだっけ?」
「……と聞いている」
「……アメリアの中で、僕は浮気者のカイルと同じ評価なんだ……」
もう泣きたい……ジーンは机に突っ伏し、今度こそ起きられそうにないと思った。
屋敷に来て以来、アメリアは部屋に引きこもっているけれど、生活している以上、使用人たちとはそれなりに接点がある。それにより、アメリアと関わったメイド、庭師、など方々から彼女の評判を聞くことがあった。
使用人たちは皆、アメリアの話をする際に瞳を輝かせる。彼女は関わった者を元気にすることができるらしい。
「アメリア様は親切でおおらかで爽やかで、ものすごく可愛い」
皆がそう言うし、それはジーンもそう思う。
今振り返ってみると、それらの褒め言葉はアメリアと初めて対面した際、ジーンの頭に浮かんだ内容と同じだ。
けれどジーンはそういった素直な感想を心の奥底に沈めて、あの時はアメリアの嫌な点をあえて探してしまった気がする。
あとで友人のコネリーに指摘されたが、自分は疲れ切っていたし、非凡なアメリアのことを理解できそうになかったから、すぐに拒絶したのだ。頑張って理解しようとするよりも、けなしてしまうほうがずっと楽だったから。
けれどそのツケを今払わされている。代償はとてつもなく大きかった。
ずっと後悔している……ああ、アメリアと仲良くしたい……つらい……。
以前、執事から、「謝りたいのは、ジーン様の勝手ですよね? 謝って自分が楽になりたいだけですよね? 傷つけたアメリア様のことを、しばらくそっとしておいてあげるのも大人の気遣いではないですか? あんなに陽気なお嬢さんが部屋で食事をとりたいって、よほどですよ? 反省してください」――と言われたけれど、いつまで反省すればいいの?
コネリーは落ち込む友人を見おろしながら、『何か声をかけて慰めてやりたいけれど、初対面であれだけやらかしているから、フォローのしようがない』と考えていた。
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