第15話 カイルはジェマと結婚したくない


 アメリアの元婚約者であるカイルは、呆けた顔で天井を見上げていた。


 ベッドに横たわっている彼の隣には、裸の肩を剥き出しにして眠るジェマの姿が。目を閉じたジェマは満ち足りた顔をしている。欲しかった玩具を買い与えられ、舞い上がって眠りについた子供のような顔。


 対し、カイルは。


 新しく婚約者に決まったジェマとこうして深い仲になったというのに、その表情は晴れない。


 カイルはチラリと横目でジェマを見遣り、眉を顰める。


 ……この子、下品だな。


 ふたたび正面に視線を戻し、天井の梁を眺めながらカイルは考えを巡らせる。


 アメリアは姿こそ派手だったものの、本質は反対で、素朴なところがチャームポイントだった。見た目とは裏腹に貞操観念が高く、芯がしっかりしていて、それでいて照れやで。


 なのに。


「このまま俺はジェマと結婚するのか……」


 胸にジワリと黒い感情が広がる。


 ファース侯爵家――婿入り先は色々と問題が多い。侍女頭のグリアが特に問題で、偏屈で狂信的で恐ろしい高年齢者だ。可愛い花嫁がいればどんなことでも我慢できるが、それがないとなると……。


 失敗したな。


 カイルは奥歯を噛みしめる。


 カイルの母は派手な見た目をした美人で、異性からとてもモテた。元々気まぐれな性分だったので結婚後も浮気を繰り返し、カイルが六つの時に男を作って家を出て行った。


 母に捨てられた経験がカイルの心に深い傷を残した。


 幼いカイルは考えた……なぜこんなことになったのだろう? それは父が母を甘やしたせいではないか? 『美しい妻』だとチヤホヤしすぎたから、母は増長して好き勝手に振舞うようになったのでは?


 美しいアメリアとの婚約が決まってから、カイルは幼少期のことをよく思い出すようになった。


 自分は父と同じ失敗はしない。カイルはアメリアが増長しないよう、時に厳しく接した。


 とはいえ以前は、厳しくしたぶんあとで優しくするというふうに、バランスを取るようにはしていたのだ。


 けれどジェマが侍女としてファース侯爵家に仕えるようになってから、そのバランスが狂ったように思う。ジェマが介入することで、アメリアに嫌味を言いっぱなしになることが増えた。あとでフォローしようと思っても、そこでまたジェマが絡んでくるので、アメリアにきつく当たるばかりになってしまい……。


 次第にアメリアの心が離れていくのが分かった。


 そうするとカイルは焦りを覚え、その焦りがアメリアへの怒りに転嫁する――悪循環だった。


 そうしたことを繰り返すうちに、『アメリアは救いようのない娘で、カイルはジェマのほうと結ばれたがっている』――そんな認識がファース侯爵家に浸透していった。


 気づいた時にはもう遅かった。カイルとアメリアの婚約は破棄されていて、もうどうにもならなかったのだ。


 カイルは顔をくしゃりと歪ませ、手のひらでそれを覆い隠した。


 ……今からなんとかしてアメリアを取り戻す方法はないだろうか?


 アメリアの新しい婚約者に決まったオルウィン伯爵――彼がまともな人間なら、やって来た可愛いアメリアを大切にするだろう。


 アメリアは情が深い女性だから、相手がどんなに冴えない男であっても、愛されたら相手の良いところを探して、愛を返すかもしれない。そうなったら困る。


 早く迎えに行くべきか……そうしたらこれまでコツコツと築いてきた上下関係が崩れてしまうが、背に腹は代えられない。


 アメリアをしっかり取り戻してから、ふたたび調教し直すという方法もあるし……。


 失敗を経てもなお、カイルはアメリアを支配したいと考えていた。結局カイルは誰のことも信用していないのだ。


 カイルは考えすぎて目が回ってきた。


 気持ち悪い……肌に染み込んだジェマのにおいが鼻につき、気持ち悪くて仕方なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る