第16話 優しい部屋付メイドさんがいらっしゃいました♡


 ――アメリアがオルウィン伯爵家に到着して、部屋に通されたあと。


 三十歳前後の女性使用人がやって来た。


「アメリア様、私はエレンと申します。部屋付メイドでございますので、なんなりとお申しつけください」


 アメリアはお仕着せ姿のエレンを見て、『森のような雰囲気の人だわ』と思った。落ち着いていて、同じ空間にいるだけでホッと安心できる。アメリアはすぐにエレンを好きになった。


 アメリアは心からの笑みを浮かべた。


「ありがとう、エレン」


 アメリアが礼を言うと、エレンは驚いたような顔つきになった。


 それを見てアメリアは小首を傾げる。


「どうかした?」


「いえ、アメリア様が微笑むと、お部屋がパッと明るくなったように感じまして」


「ふふ、そうかしら?」


「はい」


 馬鹿なことを言ってしまったわ……エレンが照れたように微笑む。


 エレンは初め、白黒縞模様のドレスを着たアメリアを見て、『とても派手な方だわ』という感想を抱いた。しかしインパクトに惑わされずに落ち着いて眺めてみると、アメリアの上品で洗練された雰囲気に、その個性的なドレスはよく似合っていた。非凡なアメリアだからこそ着こなせるドレスだ。


 メイクも非常に個性的だが、それも本人によく似合っている。


 エレンは都会育ちで、流行の移り変わりが激しいエリアで暮らしていた過去があるので、先鋭的なものに対して柔軟である。今日は『非常識』だったものが、明日には『常識』になっている――そういう経験をしたことがあると、『ほかの人がしていないことだから、良くない、劣っている』というものの考え方はしなくなる。


 エレンから見てアメリアは、お洒落で魅力的な女性にほかならなかった。


 そのままふたりは穏やかな笑顔で見つめ合った。互いに心がじんわりと温かくなり、満たされた気持ちになった。


 エレンが尋ねる。


「アメリア様、これからコックが晩餐の支度をいたしますが、食べものに好き嫌いはございますか?」


「好き嫌いはないわ。わぁ、嬉しい……! 食事を用意してくださるの?」


 アメリアが無邪気に喜んでいるのを見て、エレンは虚を衝かれた。


 ……どうして食事が用意されるという至極当たり前のことで、こんなにお喜びになられるのでしょうか? 不思議に思ったが、出会ったばかりということもあり、エレンは深く追求することはしなかった。


「晩餐は六時です。その前にお茶をご用意いたしますので、このまま部屋でおくつろぎください」


「ありがとう! お茶までいただけるなんて」


 アメリアがずっとニコニコしているので、エレンは戸惑うばかりだ。気さくが度を越しているアメリアの在り方は、貴族令嬢としてはかなり異質である。


 批判好きな使用人ならば、『この女性は頭が緩い貴族なのだろうか』とネガティブに捉えたかもしれない。けれどエレンは『アメリア様はほかの人よりも朗らかで純粋なのですね』とおおらかに解釈し、馬鹿にしたり品定めしたりするようなことはなかった。


 エレンが続ける。


「晩餐は当主のジーン様、そしてご友人のコネリー様が出席されます」


「あ」


 アメリアはそこで何かに気づいたらしく、背筋をピンと伸ばした。


「アメリア様? どうかなさいましたか?」


「ごめんなさい、私、食事はお部屋でいただいていいかしら?」


「理由をうかがえますか?」


「ジーン様と上手くやっていくには、それがいいと思うの」


 それを聞いたエレンは困惑した。


「あの、アメリア様はすでにジーン様とは対面されていますか?」


 ふたりがすでに対面済であることを、エレンは知らない。


「ええ、先ほど玄関ホールでお会いして」


「そうでしたか」


「詳細は聞かないで――……私たちの出会いは、『落雷』って感じだったわ」


「まぁ……なんてこと」


 エレンは呟きを漏らす。


 新当主のジーンはこの屋敷に来たばかりなので、使用人たちはまだ彼の人となりを把握できていない。姿形があまりに美しいので、それが実体を分かりづらくしているような気もする。とはいえエレンが見る限り、悪い人には見えないのだけれど……。


 アメリアがきっぱりと主張する。


「私はここで平和に過ごしたいし、それはジーン様も同じだと思うの。だから私はジーン様の視界に入らないよう、なるべく部屋から出ないようにする」


「思い切って話し合えば、仲良くなれるかもしれません」


「うーん、それはどうかしら……無理だと思う」


 アメリアが困り果てたように眉尻を下げたのを見て、エレンの心に同情心が芽生えた。


 せっかく遠路はるばる嫁ぎに来たのに、初日でアメリアの心が折れるような何かがあったのだとしたら、気の毒すぎる。


 この方は天真爛漫に見えるけれど、実は繊細なのかもしれない……何があったかは知らないが、どちらにせよ使用人の自分が口を出していいことではないだろう。


「……承知いたしました。では晩餐はお部屋に運ぶようにいたします」


「ありがとう、心から感謝するわ」


 アメリアがにこりと微笑んだ。


 エレンはしっかりと頷いてみせ、もしもあるじのジーンがこの先アメリアを虐げるようなことがあったとしても、自分は彼女の味方でいよう、何があっても傷つけないようにしようと心に誓った。


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