第36話 はしゃぐジェマとストーカー男カイル


 カイルとジェマは駅から出て、にぎやかな通りのほうへ向かった。


 ドラゴン被害により、予定外の場所で列車が停まって降ろされてしまったので、土地勘がまるでない。


 ここはバリー公爵領といっても東外れの田舎らしく、街並みに気取っていない感じが表れている。それでもさすが公爵領というか、カイルたちの地元よりはよほど都会に感じられた。


 ――そうなると旅行気分のジェマは大はしゃぎ。


「あの雑貨屋さんにある紫のロウソク、可愛い!」


 グイグイ上着を引っ張られ、『服が皴になる』とカイルは舌打ちしたい気持ちになった。


 それでも面と向かってジェマに文句を言わないのは、カイルにとって彼女は喧嘩するほどの価値もない相手だからだ。心は冷え切っているため、瞳にすべてそれが滲み出ていると思うのだが、カイルが冷ややかに接すれば接するほど、ジェマは色気を出して媚びてくる。そういうところがもう、カイルからすると気持ち悪くて仕方ない。


 とはいえ、どのみち町の人間に聞き込みをする必要があるので、ジェマの提案に乗って雑貨店に入るのは良い手かもしれない。


 オルウィン伯爵領へ向かう交通手段や、今騒ぎになっているドラゴンを避けて安全に進めるルートがあるかどうかについて、店員に尋ねてみよう。ジェマはそのあいだ『紫のロウソク』とやらを見ていればいいさ――そうしたらあのやかましい口でこちらに話しかけてくることもないだろうし。


「じゃあ雑貨店に入ろう」


 カイルがジェマの背中を手のひらで押すようにすると、なぜかその仕草に愛を感じたらしく、ジェマがぽぅっと頬を赤らめ上目遣いで見つめてきた。


 それを見たカイルは通りの真ん中で嘔吐しそうになった。くそキモイな……けれどグッと我慢をして顔を引きつらせながら、さらに彼女の背中を押して雑貨店に押し込む。


 すると先に店に入ったジェマが大声で店員を呼び寄せ、


「ねぇちょっと! 店にあるロウソクを全種類持って来て! 香りを比べたいの!」


 と盛大にぶち上げたので、カイルは入り口付近で足を止め、額を押さえてしまった。


 ……おい馬鹿、静かに見ろよ、ロウソクくらい……。


 お前が店員を独占したら、肝心の聞き込みができないだろうが。


 イライラと舌打ちし、外の通りに視線をやったカイルは――……思わず目を疑う。


 え――アメリア? そんなまさか――でも確かにアメリアだ!


 見間違いようもない。久しぶりに見るアメリアは相変わらず可愛いくて、クラクラと眩暈がした。ああ、可愛い可愛い可愛い可愛い俺のアメリア……!


 兵士に先導され、アメリアは一軒の宿屋に入って行く――カイルも走ってあとを追い、慌てて中に入ったのだが、彼女の姿はどこにもない。


 カウンターの奥にいる宿屋の主人に慌てて尋ねる。


「今――今さっきここに入った可愛い女性だけど、彼女はどこに?」


 宿屋の主人はうさん臭そうにカイルをジロジロと眺めたあとで、


「お答えできません」


 ツンケンと突っ撥ねられる。そのまま視線を落として書きものを始めてしまったので、カイルは怒鳴りつけた。


「彼女は僕の婚約者なんだ! すぐに会う必要がある!」


「……さようでございますか。ですがなんとおっしゃられても、お答えできません」


「おい――」


 苛立つカイルだが、相手も強気だ。書きものの手を止めて顔を上げ、迫力のある目つきでこちらを睨んできた。


「暴れる気なら、人を呼びますよ。ドラゴン退治のためこの町には兵士がそこらにいますからね――まったくあなた――美しい女性をストーカーしていないで、ドラゴン退治に加わったらどうだい? 見たところ、若くて健康そうなんだからさ」


 俺がアメリアのストーカーだと? カイルは腹を立てたが、腕っぷしに自信はないので、ぐっと奥歯を噛みすごすごと引き下がった。彼は女子供には強気に出られるのに、大人の男性相手だと、このようにすぐに従順になる。


 むしゃくしゃしながら宿屋から出て、未練がましく建物を見上げ、周辺をウロウロ――……しかしアメリアがここに泊まるつもりなら、いつ出てくるか分かったものではない。ずっと通りに佇んで見張っているわけにもいかないし……。


 カイルは居ても立っても居られない気持ちで、近くを歩き回った。


 そして裏道があることに気づいた。




   * * *




 アメリアは宿泊部屋の壁に掲示されている地図を見上げた。


 ……ええと……確かバリー公爵は『クイグリー湖』のそばって言っていたわよね? ドラゴンも蛙も狼もその辺りで目撃されている、と。


 目の前の地図は、現在地に赤い印がつけられているので見やすい。アメリアは注意深く見入り、この宿からクイグリー湖までの道順を頭に叩き込んでいく。


 バリー公爵は『ここから近い』と言っていた――確かに地図で見たところ、馬を使わずとも徒歩でなんとか行けそうだ。


 肩から斜めかけしているカバンを見おろし、『よし』と頷く。中に魔法のステッキが入っているから、このまま着の身着のまま飛び出したとしても、食料などの心配はいらない。


 アメリアは窓際に走り寄り、魔法のステッキをカバンから引っ張り出して、


「――出でよ、伸縮はしご!」


 ポン♪


 もう慣れたものだ。


「二度目だから早いぞ~」


 以前同じ伸縮はしごを使ってオルウィン伯爵邸のバルコニーから脱出を試み、成功させている。


 手早く組み立て、窓枠の凹みにはしご上部のフックを引っかけて下ろした。


 アメリアは勇ましく窓枠を越え、はしごを伝ってスルスルと下りて行った。




   * * *




 その少しあと。


 ――運命の再会――カイルは胸を震わせた。


 ――ええと、なんか見たことある顔――アメリアの頭の中に『?』が浮かんだ。


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