第33話 ギャルは大切な人が馬鹿にされたら、黙っていない


 アメリアとジーンは馬車でバリー公爵領に向かった。


 ドラゴンが暴れているせいで、バリー公爵領とオルウィン伯爵領のあいだの区間は列車を止める予定とのことで、移動手段が馬車しかなかったからだ。


 道中、アメリアが魔法のステッキで『スケッチブック』と『鉛筆』なるものを出し、ジーンに手渡してきた。この『スケッチブック』とやらは上等で滑らかな紙でできていたので、ジーンはものすごく驚かされた。


 これ……王室で使われている高価な紙より、ランクが上なんじゃないのか……?


「高いものじゃないですよー」


 アメリアはそう言うのだが、この子、絶対にものの価値が分かっていない……ジーンは遠い目になった。


 そしてこの『鉛筆』とやらも、何これすごい、とただただ圧倒される。シンプルなだけに作った職人の技術の高さが分かる。周りを木材で囲い、滑らかに加工した上で持つ部分に色が塗られていて、使っていても手が汚れない――そして炭部分のちょうど良い硬さと色の濃さ、紙に当てた時の心地良さといったら、もう!


 感動して心が震えた。


「ジーンさん、ドラゴンの絵を描いてくださいな」


 ジーンは絵が得意だったので、昔絵本で見た記憶を頼りに、サラサラとスケッチブックにドラゴンの絵を描いていく。


 アメリアは瞳を輝かせてそれを眺めていた。


 これからドラゴン退治に向かうというのに、アメリアが隣に座っていると不思議な安らぎを覚える。


 やり遂げなければという責任感はもちろんあるが、それでもプレッシャーに押し潰されずに済んでいるのは、そばにいるアメリアのおかげだ。


 彼女が言葉以外のコミュニケーションで絶えず伝えてくる――『きっと大丈夫』『あなたならできる』――だからジーンも『きっとなんとかなるし、とにかくベストを尽くそう』と前向きになれるのだった。


 もしもアメリアを置いてひとりで旅立っていたら、悲壮感ばかりが次から次へと湧いてきて、頭は上手く回らず、すべてが裏目に出ていたかもしれない。


 ――バリー公爵領内の目的地に着いた時、『旅があっという間だったな』とジーンは思った。アメリアと一緒にいたので、退屈する間も、悩む間もなかった。


「着いたよ、アメリア。先方から集合場所として指定されたクイグリー教会だ」


 ふたりが馬車を降りると、教会前には大勢の人がいて、空気が殺気立っていた。


「――もうすぐ怪我人が運ばれて来る! 場所を空けろ!」


 目立つ場所で指揮を取っている大柄な中年男性が、周囲の人にテキパキと指示している。背筋が伸び、鎧(よろい)が良く似合っており、堂々たる風格があった。騎士団長クラスだろうか、とジーンは思った。


「行こう、アメリア」


 取り込んでいるようだが、端に下がってぼんやり眺めていても仕方がない。


 指揮官らしき男性のもとに歩み寄り、声をかける。


「私はジーン・オルウィンと申します。バリー公爵はどちらに?」


 相手は難しい顔つきでジーンを一瞥し、次いでアメリアに視線を移した。強面(こわもて)がさらにすごみを増す。


「やっと来られたか、オルウィン伯爵――それで? あなたが連れていらした部隊はどこに?」


「ドラゴン退治に参加するのは、私ひとりです」


「は――なんだって?」


 漏れ出る殺気。すさまじいほどの圧だ――ジーンは脅威を感じたが、退きはしなかった。彼は二十五歳の若造であっても、医者としてそれなりに経験を積んできている。ジーンは優男(やさおとこ)に見えて、いざとなると肝が据わる性質だった。


 どんなに頑健な人間でも病気になったり怪我をしたりする。――皮膚の下は皆、似たり寄ったり――これは仕事を通じて悟ったことだ。すごまれたからといって、恐れることはない。


 ジーンは気負わずに説明をした。


「前オルウィン伯爵が方々と契約を交わし、それらを履行(りこう)しないまま亡くなってしまったので、債務を端から片づけているところです。人材が足りておらず、ドラゴン退治には当主の私がひとりで参加します」


「……ひとりで、だと? 馬鹿にしているのか、女連れで浮かれて顔を出しやがって」


 唸るようにそう罵られ、ジーンは眉根を寄せる。


「とにかくバリー公爵に会わせていただけますか。事情は彼にご説明します」


「事情を説明? おねだりの間違いだろう――旅で疲れた、女と楽しむから特別な宿を頼む、とでもほざく気ではないのか、貴様」


「いいえ」


 ジーンは冷静に否定したのだが。


 ここまで黙って聞いていたアメリアが、プッチーン! とキレた。


 ナナちゃんが言っていた――「ギャルは筋(すじ)を通す――大切な人が馬鹿にされたら、黙っていたらいかん」――アメリアは前世にわかギャルですぐに事故死してしまったけれど、それでもナナちゃんから大切なものを学ばせてもらった。


 アメリアは前に進み出ると、威勢良く啖呵(たんか)をきった。


「ジーンさんを侮辱するのは許しません」


「アメリア?」


 ぎょっとするジーン。


 けれどアメリアは止まらない。やめるつもりはない。


 顔立ちが美しいだけに、彼女が殺気交じりに怒ると、痺れるほどに高貴に映った。


 ジーンはただただ圧倒されたし、それは鎧を身に纏った大柄な男性も同じであった――目を瞠り、呑まれたようにアメリアを見つめ返す。


「ジーンさんはオルウィン伯爵の名前を継ぐ前、お医者さんとして多くの人たちを救ってきました。大変賢く立派な方です。あなたは見たところ騎士様で、多くの人たちを救ってきたのでしょう? 同じ志(こころざし)を持つ者として、ジーンさんに敬意を払えないの? ジーンさんはドラゴンに脅(おびや)かされているバリー公爵領の方たちを心配していましたよ。医学の知識をもとに毒薬を使う作戦を考えついたけれど、アイディアだけ出して実行は誰かに丸投げするというのは無責任だからと、自ら前線に立つつもりでいたんです。話もちゃんと聞かずにジーンさんが軽薄だと勝手に決めつけて、文句を言わないでもらえますか――謝罪してください」


 謝罪を要求され、大柄な男性はすぐに言葉が出てこない様子だった。呆気に取られて固まっていたのだが、やがて肩の力を抜き――……。


「確かにあなたの言うとおりだ。頭ごなしに失礼なことを言って、申し訳なかった」


 アメリアは澄んだ瞳でじっと男性を見上げたあとで、険を消してニコリと笑った。


「謝ってくださって、ありがとうございます。私はアメリア・ファースと申します。ジーンさんの婚約者です」


 それを聞き、男性が複雑な形に眉根を寄せる。困っているような、探るような。


「婚約者という立場で、こんな危険な場所に付いて来るべきではないと思うが」


「それはジーンさんにも怒られました」爽やかに認めるアメリア。「だけど私は絶対に役に立てると思って」


「なぜ?」


 アメリアは『蛙さんと狼さんの件は説明が長くなるから、分かりやすい理由を』と考え、端的に答えた。


「私は魔法使いなんです」


 ざわざわ……どよめく周囲。


 教会前には様々な階級の人たちが集まっている。


 装備もしっかりしていて身のこなしも無駄がない、騎士階級の人たち。それから荒々しい雰囲気の、傭兵らしき人たち。あるいは有志で集まった農夫らしき人たち。


 彼らがアメリアを眺め感嘆の声を上げる。


「魔法使いがいれば百人力だ!」


「オルウィン伯爵が大魔法使いを連れていらした!」


「助かった!」


「救世主!」


 アメリアは静かにそれらを聞いたあとで、彼らに向かってよく通る声で告げた。


「皆さん、よく聞いてください! 現実はそんなに甘くありません!」


 どよどよ……困惑する周囲。


「私は魔法使いですが、スーパー小物な魔法使いです! たいしたことはできません! 攻撃魔法もまったく使えません! 一切、私に期待しないように!」


 キリィ! 一点の曇りもない綺麗な目を皆に向け、言い放つアメリア。


 しゅーん……皆がっかりして視線を足元に落とした。ひとりのおじいちゃん農夫が『チェッ』と唇を尖らせ、小石を蹴った。


 ブフゥ……!


 吹き出す声が聞こえ、アメリアが視線を対面に戻すと、先ほど謝ってくれた大柄な男性が口元に拳を当てて苦しそうに笑いをこらえている。


「……何かおかしいですか?」


 アメリアが尋ねると、


「いや……すまん。『スーパー小物な魔法使い』というフレーズを生まれて初めて聞いたもので……ああ、なんだか久しぶりに笑ったな」


 男性が『やれやれ』という顔でアメリア、そしてジーンを交互に眺める。


「助けに来てくださってありがとう、オルウィン伯爵、アメリア・ファース侯爵令嬢」


 私、爵位を名乗ったかしら……? アメリアは小首を傾げた。「アメリア・ファースと申します」としか言わなかったと思うのだけれど、この方は家名を聞いただけですぐに家格が分かるの? ものすごく切れ者なのね……。


 男性が笑みを浮かべて名乗る。


「私がダラス・バリー公爵だ。よろしく頼む」


 え……この人が公爵様?


 目を丸くするアメリアとジーン。


 ふたりがあまりに驚いているので、バリー公爵はなんだか申し訳なく思った。もしかして――相手が公爵だと知らず好き勝手を言ってしまったと、怯えているのか? ならば『気にせんでよい』と言ってやったほうがいいか……。


 ところが、当のふたりは貴族らしさの欠片も持ち併せてないため、やはり感性がズレている。


 ふたりは顔を寄せ、ヒソヒソ。


「え……あの方、公爵様なのに気の良い騎士さんみたいな感じですよ、ジーンさん」


「そうだな……お偉いさんなのに」


「庶民さんに交じって、滅茶苦茶はりきってるぅ☆」


「こら、はりきってるとか言っちゃだめ」


 バリー公爵は気恥ずかしくなり、頬をほんのり赤らめた。……はりきってる、って言われた……。


 そしてこれを見て和む兵士たち。……バリー公爵を筆頭に全員がずっとピリピリして苦しかったから、たとえ一瞬でも気分転換できてよかった……。

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