第30話 ウサウサウサ精鋭部隊による、鍋焼きうどん取り分けミッション

 

 ウサウサウサによる演奏会が終わったあとも、アメリアはしばらくのあいだジーンの執務室に留まっていた。


 執務デスクに向かって椅子を並べ、ふたり並んで腰かけている。


「ジーンさん、夕食は食べましたか?」


「いや、食べていない」


「何か温かいものでもいかがです?」


 アメリアが瞳を輝かせてそう尋ねてきたので、ジーンは釣られて笑みを浮かべていた。


「提案はありがたいけれど、午後からほとんどの使用人に半休を取らせているんだ。皆にはよく働いてもらっているから、たまには一斉に休んでもらうのもいいかと思って。だから温かいものを用意してもらうのは無理かな」


 なるほど……アメリアは感心した。交代制で休暇は取れるが、それとは別に今夜は一斉にお休みなのか。たまにそんな日があると使用人は嬉しいかもしれない。同僚と一緒に出かけたりもできるし。


 コックやキッチンメイドにも半休を取らせたから、温かいものを提供してくれる人がいないとジーンは言う。


 考えてみるとジーンはアメリアとオペラを観劇に行くつもりでいたのだ――だから夕食は外で食べるつもりで、軽食すら用意していなかったのかも。


 重ね重ね悪いことをしたとアメリアは思った。


「あのね、ジーンさん――うち、温かいものをなんでも今すぐに提供できますよ」


 アメリアがそう言うと、冗談だと思ったらしく、ジーンは軽くあしらった。


「なんでも? 大きく出たな――でもアメリア、貴族令嬢は料理ができないのが普通だろう? 僕がキッチンに行って自分で作ったほうが上手だと思う」


 アメリアは『チッチッチッ』と舌を鳴らしながら、人差し指を立てて左右に振る。


「ジーンさんは五分後、度肝を抜かれて、『アメリアさんは世界で一番素晴らしい女性だ! ついでにものすごく可愛い!』と言うはずです」


「そうなの?」


 ジーンがくすくす笑う。


「期待していてくださいね~。うちは期待を超えていく女です」


 アメリアはそう言いながらリュックを背中から下ろし、中から魔法のステッキを取り出した。


 ピンク色の珍妙なそれを見て、ジーンは呆気に取られる。


 上部がハート形でずいぶんメルヘンな造形だが、んん……? 上に嵌っている宝石がものすごく大粒でキラキラしいけれど、まさかあれダイヤモンドじゃないよな?


 いやまさかね――本物のダイヤモンドなら、あれ一粒で『国』が買えてしまう。そんな馬鹿なことがあるわけない。


「アメリア、それは一体――」


「胃が温まって優しい味つけのものがいいかな? ――出でよ、鍋焼きうどん!」


 ポン♪


 執務デスクの上に見たことのない陶器の小鍋が出現――ジーンは瞬きをしてそれを眺めおろした。


 陶器の鍋には可愛い上蓋が載っているので、中身は不明。ただ、とても良い匂いがする。


 ……ていうか、え? 突然鍋が出現した? 僕、夢を見ている?


「そういえばうちも夕食はまだでした――もういっちょう!」


 ポン♪


 同じ柄の小鍋がもうひとつ出現した。


 ……やはり疲れているのかな、僕は……そうだ、疲れている……。


 ジーンは驚きすぎて、かえって表情が動かなかった。淡く笑んでいるような顔つきのまま固まり、目はうつろ。


 鍋焼きうどんの出現を見て、ウサウサウサたちが一斉に騒ぎ出す。


「なんかいいもん出しやがったなこら~」


「俺たちにもよこせこら~」


 詰め寄られ、眉根を寄せるアメリア。


「数時間前にカレーを食べさせてあげたでしょう? あの時、うちはお腹が空いてなかったから、食べていないんですが」


「ブーブー」


「よ、こ、せ、よ、こ、せ」


 ポムン、ポムン、ワサ、ワサ、ウサ、ウサ。


「……なんかライブのモッシュみたい……」


 ウサウサウサたちが執務デスクの上で跳ね、互いにぶつかり合って大騒ぎしている。


 アメリアはため息を吐き、


「分かった分かった――じゃああと鍋焼きうどん五つ追加ぁ!」


 ポン、ポン、ポン、ポン、ポン♪


「ウサウサウサは体が小さいから、五匹でひと鍋ね」


「ケチるなこら~」


「ひとりひと鍋よこせこら~」


「ブーブー」


 アメリアはクレームを無視して、


「出でよ、取り皿二十七個!」


 ポン、ポン、ポン、ポン、ポン――……ポン、ポン!


「出でよ、お箸(はし)と木のお玉!」


 ポン、ポン、ポン、ポン、ポン――……ポン、ポン!


「ジーンさんとウサウサウサたちはフォークが必要かな? フォークも念のため二十六個!」


 ポン、ポン、ポン、ポン、ポン――……ポン、ポン!


「完、璧……! うち可愛いし天才♪」


 ウサウサウサたちが取り皿、箸などをせっせと配り始める。口を開くと無礼者なのに、さりげなくジーンやアメリアのぶんも食器類を配っていくさまは、かいがいしく健気(けなげ)に見えた。


「君たち性格がものすごく可愛いな、キュンだこら~」


 アメリアはにこにこしながらウサウサウサたちを褒めた。なぜか「こら~」の語尾がうつっている。


 ウサウサウサたちは性格を褒められたことがないのか、黙々と作業を続けて反応しない。けれど耳の内側の皮膚のところが少し赤いので、照れて聞こえないフリをしているだけのようだ。


「ウサウサウサくん、自分たちでおうどんを取り皿に分けられるかな~?」


「で・き・る‼」


「で・き・る‼」


「超・で・き・る‼」


 超できると宣言したウサウサウサが隊長に就任した模様。上座に立ち、全員に向き直ってキリリ顔で指示する。


「ぜんたーい、蓋、持て!」


「Yes, sir(イエッサー)!」


「あ、ちょっと待った」とアメリア。「蓋が熱くなっているから、フキン出すね~」


「Yes, ma'am!」


 ……なんだこの軍隊ノリ……ジーンは半目。


「――出でよ、フキン七枚!」


 ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン!


 ウサウサウサ隊員七匹が素早く直角に動き、フキンを回収して、各鍋の蓋に載せていく。


 ウサウサウサ隊長が仕切り直す。


「改めて、ぜんたーい、蓋、持て!」


「Yes, sir!」


「待った!」


 今度はジーンが待ったをかけた。


 半目でジーンを見上げるウサウサウサたち。


「……おいおいおい、俺たちはいつ鍋焼きうどんが食えるんだこら~」


「……水を差すのも大概にせいよこら~」


「……アメリアの旦那だからってそろそろこっちも容赦しねぇぞこら~」


 隊員の不満大爆発。そしてどうでもいいことだが、ジーンはまだアメリアの旦那ではない。婚約者だ。


 けれどジーンはそれどころじゃない。瞳を揺らして隣席のアメリアに尋ねた。


「ねぇアメリア――君まさか、魔法が使えるのか?」


 というか魔法が使えて、さらに前世の記憶持ち――ふたつ合わさると『聖女』に認定される決まりじゃなかったっけ? ちょっとその辺、うろ覚えだけどさ……たとえアメリアに癒しの力がないとしても、彼女は精霊と仲良しすぎるし、やはり普通じゃないよな?


「え」


 アメリアはパチリと瞬きした。


 シン……辺りに沈黙が落ちる。


 その瞬間、全員が心の中でツッコミをいれたという。


 ――一個目の鍋が出た時点から、ずいぶん我々を泳がせたなこら~!

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