第31話 ドラゴン退治と、ここでまさかの蛙さん!


 魔法が使えるのか? というジーンの問いにアメリアが答えた。


「そうですよ~☆」


 え、軽っ……。


 ジーンは絶句した。


 ――二分後。


 皆の前には取り皿に分けられた適量のうどんが置かれている。ウサウサウサたちが驚くほどの頑張りを見せた結果だ。


 彼らはなぜかアメリアとジーンのぶんまで取り分けてくれた。ふたりは作業中におつゆが跳ねてウサウサウサたちがヤケドしないよう、フキン片手にハラハラして気を配っていた。けれど心配は不要だった。なぜならウサウサウサたちはものすごく器用で手際が良かったからだ。彼らは口を開くとあんなにガサツなのに、行動には思い遣りが満ちていて、誠に不思議なことである。


「皆さん、いいですか~」


 アメリアが箸を持ち、ジーンやウサウサウサたちをぐるりと見回しながら呼びかける。


「おうどんはお箸で食べますが、これは扱いが難しいので、無理をしないでフォークを使ってくださいね~。熱いだし汁に浸かっていますので、ヤケドしないように気をつけてください。自由に食べて大丈夫ですが、念のため、食べ方の見本を見せます」


 アメリアは実際に食べてみせた。


 ウサウサウサたちがゴクリと唾を飲んで見守る。


 アメリアはうどんを噛んで飲み込んだあと、にっこり笑った。


「美味しい~♡」


 親指を立ててみせ、皆に勧める。


「さぁどうぞ、召し上がれ~♡」


 わーい、わーい!


 喜ぶウサウサウサたち。彼らは体が小さいので五匹でひと鍋を分けたのだが、えび天、かまぼこ、ほうれん草、そのほかの具もきっちり五等分していて、『皆で楽しむぞ』の精神が垣間見えた。


「ウサウサウサくんたち、取り皿にうどんを取り分ける作業、頑張りましたね~! エライですよ~!」


 キャー、キャー! ケタケタケタケタ~!


 ウサウサウサたちには小ぶりなデザートフォークを出してあげたので、それでうどんを刺したり、器用にすくい上げたりして、ちゅるちゅると食べ始める。


 ウサウサウサたちの頬っぺがピンクになった。


 ……美味ち♡


 アメリアはジーンのほうに振り返った。


「ジーンさんもフォークを使いますか?」


 一応ジーン用に普通のテーブルフォークも出してある。彼は迷うことなく当然そちらを使うだろうと思っていたのだが。


 ジーンが興味深そうにアメリアが持つ箸を眺める。


「その『箸』という道具は初めて見たな。君の道具の扱い方はとても器用で綺麗だね――何がどうなっているの?」


 アメリアはびっくりした――ジーンさんて実は、好奇心旺盛なのね!


 アメリアは笑みを浮かべて彼を見つめた。……上手く言えないけれど、こういう人、好きかも。


 未知のことに対して、無関心になったり、その反対に敵意を剥き出しにして否定から入ったりする人もいると思うのだ。実家の人たちは後者のタイプだったし、出会った日のジーンもトゲトゲしていて似た印象を受けた。けれどジーンの本質は違ったのかもしれない。おそらく今目の前にいる柔軟な彼こそが素の姿なのだ――アメリアはなんとなくそう思った。


「ジーンさん、箸を持ってみますか?」


「教えてくれる?」


「じゃあ、そうですねぇ……テーブルの上に卵があると仮定して、利き手でそれを持ち上げるようにしてみて?」


 ジーンが言うとおりにする。アメリアはそっと手を伸ばし、彼の手を横向きにした。


「このままキープ」


 そして箸を取り、親指と人差し指のあいだにスルリと挿し込んだ。


「手前側――下のお箸は動かしません。固定です。上のお箸は親指で押さえつつ、人差し指と中指で軽く挟んで動かします。力は入れません」


 彼が上の箸を楽に動かせるようになるまで、位置を微調整する。やがて滑らかに動かせるようになったのを見て、アメリアは思わずにっこり笑った。


「――完璧です♡ わーい、できた♡」


「面白い」


 ジーンも笑みをこぼす。


「あとは実践あるのみ――おうどんは滑りやすいので、このかまぼこを挟んでみましょうか」


 取り皿にあるかまぼこを指差してそう言うと、ジーンの笑みが深くなる。


「これ『かまぼこ』っていうんだ、可愛いね。ピンクのふちどりがしてある」


「お魚の練りものなんです。うちは好きです、味も見た目も」


「練りもの――ということは、魚のテリーヌみたいなもの?」


「そうですね。うちの故郷では、かまぼこはこういうふうにおうどんに入れたり、大葉を挟んでわさび醤油で食べたりしました――それは『板わさ』って言うんですけど、シンプルなのにとっても美味しいので、今度ごちそうしますね」


「ありがとう」


 ふたりはなんとなく笑みを交わし合った。


 ジーンはアメリアと一緒にいると心が丸くなるのを感じていた。彼女はおおらかで楽しそうだが、それは無理せず自然体でそうなっているようだ。こちらに邪心がなければ相手をありのまま受け入れることも可能で、こういう素直な人と同じ空間にいると、不思議とプラスの方向に意識が引っ張られる。


 こうなってみて改めて思う――初日、アメリアに対して苛立ちばかり覚えたのは、やはりこちらに原因があったのだと。自分を不幸にしていたのは、自分自身だった。


 ――かまぼこを箸で摘まむ――おお、この道具はすごいな。繊細な動作が可能だ。


 口に運び、ドキドキしながら食べてみた。噛んで味わって、幸せを感じる。


「わぁ美味しい~」


「よかった~♡」


「食感もいいし、優しい味も好きだな」


「うちも好き♡」


 そういう意味じゃないと分かっているけれど、ドキッとさせられた――邪念のせいか、『あなたが好き』に聞こえてしまって。


 ジーンは頬が赤らんでいる自覚があったが、アメリアには『温かいものを食べたせい』と思われたかもしれない。


 食事をしながらアメリアが言う。


「ジーンさん、明日からうちもお仕事を手伝いますよ」


 にこにこしながら彼女にそう言われると、これまで嫌々こなしてしたはずの仕事なのに、なんとなく楽しそうに感じられるのが不思議だった。


 ……ああ、でも……。


 憂鬱なことを思い出し、顔が曇る。


「気持ちはありがたいけれど、明日から出張に出る予定なんだ」


「どちらへ?」


「バリー公爵領だ――ここオルウィン伯爵領の西隣に当たる」


「バリー公爵領、ですか――実家からこちらに来る際、列車で通過しました」


 位置的に、アメリアの実家であるファース侯爵領はさらにもっと西になるので、バリー公爵領は通り道だったのだ。


「気が重くなるようなお仕事なのですか?」


「人里にドラゴンが出没して暴れているらしく、退治を手伝えと言われている。亡くなった前オルウィン伯爵が誓約書にサイン済なので、絶対に協力しなくてはならない。派遣人数が明記されていなかったのが唯一の救いで、大勢は出せないから僕ひとりで行くつもりだ」


「たったひとりで? 無茶です。同郷の仲間がいないと、危険な場面でフォローしてもらえないかも」


 アメリアは恐怖で顔を強張らせた。


 ――ドラゴン退治? そんなの、神話の世界の話じゃないの!


 この世界には数万人にひとりの割合で魔法使いも存在するし、自然が多い場所に行けばウサウサウサみたいな精霊もいる。


 ドラゴンもいる。けれど人間がドラゴンを実際に見る機会はまずない。


 大昔に存在した大魔法使いが各ドラゴンと誓約を交わし、人里には下りて来ないように取り決めたという伝承が残っているので、それを破ってバリー公爵領の人里にドラゴンが出たという話は異常だった。そもそも邪神ならば誓約自体を拒否しただろうし、承諾した時点では話が通じる相手だったはずだ。


 ジーンが続ける。


「友人のコネリーが一緒に行くと言ってくれたんだが、彼には別件でやってもらうことが山ほどあるので、同行は断った」


「じゃあ、うちが一緒に行きます!」


 覚悟を持ってそう告げたのに、ジーンは受け入れてくれない。


「だめだ、アメリア。危険すぎる」


「ジーンさんだって危険じゃないですか」


「僕は当主だから――」


「それなら私は当主の妻になる人間なので――」


「まだ妻じゃない」


「でも婚約者です」


「普通、婚約者はドラゴン退治に付いて来ない」


 うう……ちょっと前までものすごく優しかったのに、ドラゴン退治に関しては絶対に「YES」と言ってくれない……アメリアはドレスの布をキュッと握り締めた。


「ジ、ジーンさんはドラゴン退治ができるほど強いのですか?」


「いや、全然」


「じゃあ武道の心得がないうちと同じです」


「でも僕には医学の知識がある。弓を引くことはできなくても、毒の知識を役立てられるかも」


 ジーンの瞳は理知的で穏やかだった。こういう人が一度何かを決めた場合、それを変えさせるのはものすごく大変……アメリアは思わず眉尻を下げた。


「毒を使うとなったら、ジーンさんはドラゴンのすぐそばで様子を観察するようですね?」


「そうだね、医学の知識がある者が作戦本部にはいないと思うから、毒を試すのは初めての可能性がある。新しいことを提案しておいて、ほかの人に丸投げするわけにはいかないよ」


 理性的で責任感が強い発言だとアメリアは思った。……だけど私はあなたをひとりで行かせたくないの……こんなふうに感情で判断するのは悪いこと? あなたの周りにひとりくらい、心で判断する人がいてもいいでしょう?


 ジーンが物思うように語る。


「どうなっているのかな、バリー公爵領は……奇妙なことが続いている。これは友人のコネリーが仕入れてきた情報なんだが、バリー公爵領の猟師が山で人語を話す蛙と狼数匹を見たと語っているらしくて……上位精霊がこぞって里に下りて来ているのか?」


 ん? 今なんて?


 アメリアは思わずジーンの腕を掴んだ。


「あの今『人語を話す蛙と狼』――そうおっしゃいました?」


「ああ、そうだが――どうかした?」


「それ、うちの知り合いです!」


 アメリアは瞳を輝かせた。


「…………は?」


「うちね、その蛙さんにこの『魔法のステッキ』を作っていだいたんですよ~♡ その際に狼さんたちも正座でラーメンを召しあがっていました♡」


 アメリアが例のメルヘンチックなステッキを持ち上げ、可愛く左右に振ってみせる。


 ジーンはアメリアを凝視した――今なんて????? ら、ラーメン?????


 冷や汗が出てくる……おいおいおい……この花嫁、まじで何者なんだ……。


 アメリアが『今度は絶対に引かないぞ』の笑顔で告げる。


「うちもバリー公爵領に行きます。蛙さんに相談すれば、解決策をきっと教えてもらえる」


 ジーンはもう断れそうにないと感じていた。


 魔法のステッキを生成したということは、『蛙さん』とやらは神クラスの存在なのだろう。そんな存在から贈りものをされるなんて、アメリアは普通じゃない。歴史書に名を残す偉人のレベルだ。


 ……ていうかなんでアメリアのような超重要人物が国で管理されていないんだよ? 彼女を虐待していたって、実家のファース侯爵家って阿呆なの? ある意味国王よりランクが上な人だぞ、彼女。


 ――と、それよりも今はドラゴン退治についてだ。


 彼女を危険にさらしたくはないが、バリー公爵領の人たちは今まさに生命の危機に晒されているわけだ。そしてこの問題を解決できそうなのは、アメリアをおいてほかにいない気がする……ああでもな!


 ジーンは渋々口を開く。


「連れて行くとしても――蛙さんに会って話を聞くだけだぞ」


 そう告げながら心は千々に乱れている。くそ――やはり危険なところに連れて行きたくない!


「ジーンさん」


「ドラゴンのそばには絶対に近寄らない――約束してくれ。その条件でOK?」


「OK~」


 ゆる~い返事。アメリアは『今は無茶をしないと答えておかないと、連れて行ってもらえないもの』と考えていた。


 そしてジーンのほうも『アメリアは連れて行ってもらうために、とりあえず生返事(なまへんじ)をしているな』とお見通しだった。


 けれどどうしようもない。


 ジーンは元々このドラゴン退治に関しては、『八十パーセントの確率で僕は死ぬ』と考えていたのだが、これでもう死ねなくなった。


 絶対に作戦を成功させて、かつジーンが生き残るようにしないと、付いて来たアメリアがものすごく無茶しそうで、怖い……。


「ジーンさん、大船に乗ったつもりでいてください。うちはここぞという場面で外さない、スーパー・ラッキー・ガールです♡」


 アメリアがキュートなウィンクをかましてきて、ジーンの目がさらにうつろになった……。

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