第34話 全然『スーパー小物な魔法使い』じゃないんだが……


 と、そこへ。


「――怪我人、三名到着! 道を空けて!」


 ふたりの兵士が荷車を引き、教会前に駆け込んで来た。


 後ろの荷台には怪我人が三名乗せられているようだ。うちふたりは上半身を起こしているので軽傷なのかもしれない。残るひとりは横たわっているらしく、様子が分からなかった。


「――教会の中に運べ!」


 バリー公爵が指示する。


「僕が診ます」


 ジーンが申し出ると、バリー公爵が礼を言った。


「助かる。ドラゴンの移動が速く広範囲に出没するため、人材をあちこちの拠点に分けている。今ここには医者もいないし、医療器具もほとんどないんだ」


「そうですか……こちらも薬や包帯の手持ちはあまりなくて」


 ジーンが申し訳なさそうにそう言うのを聞き、アメリアが『はい』と挙手をして進み出る。


「うち、包帯、ガーゼ、消毒液、針、糸、ベッド、水など、簡単なものなら魔法で出せます!」


 これを聞き、度肝を抜かれるバリー公爵。


「か、簡単なものだと? いや、君、今言ったものをすべて出せるとしたら、全然『簡単』じゃないぞ……」


「本当に期待しないでください。なんでも治せちゃう魔法の薬とかは無理なの、ごめんなさい。でも解熱剤とか抗生物質とか、その辺ならじゃんじゃん出せますよー」


「…………!」


 バリー公爵、絶句。


 え、なんなのこの女性……全然『スーパー小物な魔法使い』じゃないんだが……。


 というような簡単な打ち合わせをしながら、バリー公爵、ジーン、アメリアの三人は真っ先に教会の中に駆け込んだ。


「とりあえずこのエントランスホールで治療をしてくれ」


 無駄なものがほとんどない空間なので、確かに使い勝手が良い。出入口からも近いし。


 アメリアは肩かけカバンから魔法のステッキを取り出した。


「――出でよ、病院のベッド! 三台!」


 ポン、ポン、ポン!


 素晴らしく清潔で機能的なベッドが出現したので、バリー公爵はビクゥと肩を震わせた。……うおお、こんな形のベッドは初めて見るんだが……! もしかして上半身のほう起こせたりするのか?


「え、君、なんかすごすぎるんだけど……まさか『聖女』とかじゃないよな?」


 なんとなくだが、この子は『魔法使い』というくくりではない気がする……。


 おそれおののくバリー公爵の問いかけは、集中しているアメリアには届かなかった。


 ジーンはいくらかアメリアのやり口に慣れているので、動揺の度合いは小さい。それでも『この大きさのものを即座に三台も出せるのか』と冷や汗タラリではあった。


 アメリアは白いシーツを見おろして、軽く眉根を寄せる。


「血で汚れるかもしませんね――じゃあ、出でよ、ブルーシート! 三枚!」


 ポン、ポン、ポン!


 ベッドの上に手早くブルーシートを広げる。大きなシートなので、ベッド上を綺麗に覆うことができた。


 ジーンとバリー公爵も、残りふたつのブルーシートを同じように広げていく。


 ふたりの男性は感心しきりだった――この防水性の高そうなシートは見事な作りだな――色々な分野で使えそうだ。


「長テーブル!」


 ポン!


「この長テーブル上にガーゼとか消毒液とか適当に出します! ジーンさん、必要なものがあったら都度指示してください」


「ありがとう」


「とりあえず――包帯、ガーゼ、消毒液、ピンセット、ゴム手袋、針、糸、水、バケツ三個、タオル三十枚!」


 ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン――……ポン、ポン!


 アメリアが矢継ぎ早にどんどんアイテムを出していくので、ジーンはとりあえずものを確認していく。


 うわ、なんなのこの真っ白で清潔なガーゼ! うわ、包帯綺麗~! 水が、ガラスとも違う透明で柔らかい謎容器に詰められている……!


 そうこうするうちに、荷馬車から下ろされた怪我人が運び込まれて来た。頑健な兵士がおぶっている。


「ベッドの上に寝かせろ!」


 バリー公爵に指示され、ベッド前まで来たものの、『何これ初めて見る!』でちょっとビビる兵士たち。数人で助け合い、なんとか怪我人を寝かせる。


 中でもひとりの怪我が一番ひどいようだ。足に大きな切り傷があるらしく、上から布でギュッと縛ってあるが、血が大量に染み出ている。意識がないらしく、目をつむっていて反応がない。


 ほかのふたりは一見あちこち血まみれでひどい有様だが、ひとつひとつは浅い切り傷や軽い打撲などで、緊急性は低そう。


「手を洗いたいんだが、この水が入っている容器はどう開けたらいいんだ?」


 ジーンに尋ねられ、アメリアはペットボトルの蓋を捻り、バケツを引き寄せた。


「ジーンさん、バケツの上に手を出してください」


「私も治療を手伝う」


 バリー公爵も進み出て来たので、別のバケツを彼のほうに差し出した。


「ええと、そこの兵士さん――バリー公爵の手に水をかけてあげてください」


 近くにいた兵士に頼み、蓋を外したペットボトルを渡す。兵士はおっかなびっくりそれを受け取り、アメリアがすることを注意深く観察して、同じようにした。


 ジーンが手を洗い終えたので、アメリアはタオルを手渡す。


 兵士もアメリアにならってバリー公爵にタオルを手渡す。


 それを見て『気の利く良い助手だわ』とアメリアは思った。


「手袋をしましょう」


 アメリアは消毒薬をジーンの手にかけたあとで、ゴム手袋をつけてあげた。次いで、バリー公爵にも。


「これはなんだ? 手にぴったり」


「すごいな」


 アメリアは病院の正式なルールがよく分からないので、念のためゴム手袋の上からも消毒液をかける。バリー公爵にも。


「怪我人の服を切らないと――ナイフか何か――」


 ジーンの言葉に、アメリアはすぐに反応する。


「出でよ、ハサミ!」


 ポン!


 魔法で出したハサミをアメリアが差し出してくる。


「私が切ろう」


 バリー公爵がそう言って手を伸ばし、ハサミを受け取った。


 そして受け取った瞬間、まずその軽さに驚く。


 おい……これ、本当にハサミか? 形も自分が知っているハサミとはかなり違う。アメリアがくれたものは機能的な面で頂点というか、無駄がほとんどない感じがした。


 問題の怪我人は足に大怪我を負っているので、ズボンの上から圧迫止血してあるのだが、その縛った布を取り去る前に、ズボンの裾(すそ)から傷口ギリギリのところまでタテに切っていく。


 このハサミ、引っかかりなく良く切れるものだ――こんなに軽くて刃が簡素に見えるのに、なんでサクサク切れるのだ?


 見識が広いバリー公爵であっても、未知の連続に驚きすぎて言葉が出ない。


「――出でよ、ゴミ箱! ゴミ袋!」


 ポン、ポン!


「ジーンさん、バリー公爵、汚れものはここへ入れてください」


 アメリアが水色のツヤツヤした大きな箱を出し、その中に半透明の薄い袋を入れて、ふちのところで折り返した。サイズがピッタリなので、ゴミが溜まったら中の袋だけを持ち上げて捨てられるようだ。


 ……またもや見たことのない材質……バリー公爵は思わずゴミ箱とゴミ袋に見入ってしまったのだが、すぐに『今は治療の手伝いに集中しよう』と気持ちを切り替えた。


 アメリアは良く気の利く娘で、軽傷者のそばについている兵士にもこまめに声かけしている。


「テーブルの上にあるタオルや水、消毒液など自由に使ってください。ただ、包帯はまだ巻かないほうがいいと思います。念のためジーンさんに患部を確認してもらってからにしましょう。重傷者の手当てが終わってからすぐに取りかかります。傷口には応急処置でガーゼを当てて、これから紙テープを出しますので、それで留めておいてください」


 アメリアが魔法で足りないものを都度補充しながら、あちこちに気を配ってくれるので、ジーンとバリー公爵は重傷者に専念することができた。


 バリー公爵が止血用の布を取り払い、ズボンをさらに切って広げたので、患部がやっと見えた。


 手早く確認したジーンがホッと息を吐く。


「傷口は綺麗だし、そんなに深くない。縫う必要はあるが、問題なさそうだ」


「足の傷が一番ひどそうだが、このくらいでなぜ意識を失っているんだ? 頭でも打ったのか?」


 バリー公爵が眉根を寄せ、隣のベッドに乗せられている軽傷者のほうを振り返る。


「――おい、この男が意識を失う前、何があった?」


 頭を強く打って昏倒しているのなら、脳にメスは入れられないので、意識が戻るようにと祈るだけだ。けれどあまり頭を動かさないようにするとか、気を遣う必要はあるので、この状態になった経緯は知っておきたい。


 軽傷者のひとりが戸惑った様子で答えた。


「街道を進んでいると、突然上空に怒り狂ったドラゴンが現れました。あっという間の出来事で――方角的に湖のほうから飛んで来たのだと思います。地上に水しぶきが霧雨のように降り注いできて、視界が一気に悪くなりました」


 聞いていたアメリアは目を丸くした。


 直前までドラゴンは水浴びをしていたのだろうか? それにしてもよほど大きな体なのだろう――水浴びのあとで上空を飛ばれただけで、地上は雨が降り出したような状態になってしまうなんて。


 男が説明を続ける。


「こちらをあおって脅かすように地面スレスレまで下りて来たので、我々は散(ち)り散(ぢ)りに走って逃げました。――そこにいる彼――フィリップは運悪くドラゴンが向きを変えたほうに走り込んでしまい、やつの翼から弾け飛んだ鋭い鱗に足を切り裂かれたのです。さらに風圧で数メートルも飛ばされ、地面に転がりました」


「飛ばされた時、木や石で頭を打ったか?」


「いえ、平らな街道で、フィリップは横向きに肘を突く形で転がったので、頭は打たなかったと思います。その後怯えたようにドラゴンを見上げて固まっていたのですが、眼前に迫ったドラゴンが口をカッと開き――」


 その状況でよく頭からバリバリ食べられなかったものだ。全員が息を呑んで話に聞き入る。


 そ……それで?


「ええと……」


 男が躊躇う。


「おい、どうした。状況がはっきりせんと、治療ができない」


 促すバリー公爵。


 男がゴクリと唾を呑み、口を開いた。


「ドラゴンが甲高い声で何か言いました――『アジィガー!』と」


「……え?」


 劇画タッチな渋い顔で、間の抜けた呟きを漏らすバリー公爵。


 ほかの皆も全員『……え?』だった。


 男は『説明する私も恥ずかしいんですよ!』の顔で続ける。


「謎の呪文なんでしょうかね――確かに『アジィガー! アジィガー!』と言いました。それを至近距離で聞いたフィリップは恐怖に顔を強張らせて、フッ……と意識を失い」


「………………」


 全員が喜怒哀楽すべてを煮詰めたような、なんともいえない顔つきになる。


 フィリップの傷口を手で押さえていたジーンが、テキパキと事務的に口を開いた。


「――じゃあ、傷口を縫いますね。失神しているならちょうどいい」


「うち、針に糸を通します」


 先ほど魔法のステッキで出した針と糸は、手芸用ではない。医療用だ。


 アメリアがなぜそんなものを出せたかというと、前世日本で自転車から落ちて足を切ったことがあり、その時に病院で何針か縫ってもらったからだ。それにより『自分の体に針と糸が触れた』ことになり、ルール的に魔法のステッキで出すことができた。


 先ほどは矢継ぎ早にあれこれ出したので、現物をまだしっかりと確認できていなかったのだが……。


「うわぁ」アメリアは自分で出した針を眺め、感嘆の声を上げた。「弓みたいな形の針……細っ」


 針は直線状ではなく弧を描いている。


 糸も滅菌処理してある特別なものだろう。


 アメリアはゴム手袋を嵌め、手に消毒液をかけてから針と糸を手に取った。指先は器用なので――(器用じゃないとメイクは綺麗にできないし、一流のギャルは務まらないのだ)――すぐに針の穴に糸を通すことができた。


「出でよハサミ!」


 先ほど出したやつは汚れた服を切ってしまったので、この作業には使えない。


 新たにハサミを出して適当な長さで糸を切ると、なぜかバリー公爵が二本目のハサミを羨ましそうに眺めていた。


「ジーンさん、準備できました」


「ありがとう」


 ジーンは慌ただしい場面でも落ち着いていて、こんなふうに穏やかにお礼を言ってくれるので、アメリアはなんとなくホッとしてしまう。


 細やかに気を遣っているというより、こういう場面だからこそ、取り繕わない『素』の姿が出ているのかもしれない。彼は基本的に他者に寛容で、情緒が安定している。


 ――傷口を縫合していくジーンの手つきがあまりにあざやかで、アメリアはじっと見入ってしまった。


 血が苦手だしグロイものも苦手なのに、それでも目が離せない。


 ――めちゃくちゃ器用~! ジーンさんなら、アイラインを一発でものすごく綺麗に引いてくれそう~。


 あっという間に縫い終えてしまったので、アメリアはサッとハサミを出し、余分な糸を切った。


 テーブルまで急ぎ戻り、消毒液、ガーゼ、紙テープ、包帯、ピンセットを持って戻る。


「出でよ、脱脂綿! あとトレイ!」


 ステンレスの手頃なトレイを魔法のステッキで出し、その上に脱脂綿を多めに置き、上から消毒薬をかける。


「どうぞ、ジーンさん」


 するとジーンがふふ、と笑みを漏らした。


「ありがと」


 キラキラの笑顔~、めちゃイケメンすぎて眩しい……! アメリアは『くぅ』と悶絶しそうになった。


「……女殺し……」


 バリー公爵が褒め言葉なんだか悪口なんだかよく分からない感想をボソリと漏らす。


 ジーンは言われた内容が嫌だったのか、聞こえないフリをして作業を続けた。


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