第41話 バリー公爵、カイルたちを敵認定


 ジーンは鞘に剣を収め、バリー公爵に返した。


「ありがとうございました」


「いや」


 そう答えたあと、バリー公爵の顔に笑みが浮かんだ。剣を受け取りながら、ジーンの肩をバンバン叩く。


「見事な構えだったぞ――君のことを優男(やさおとこ)だと思い込んでいたことを謝ろう。相当できるな」


「いいえ」


 ジーンが苦笑いを浮かべる。


「友人のコネリーという男が騎士をしていまして、彼から『構え方』だけ重点的に教わったことがあるんです。その時、コネリーに言われました――お前は弱いから、いざとなったら戦わずに逃げろ。それでも逃げられそうになかったら、慌てずにしっかりと構えて、できるふうにハッタリをかませ、と」


「おい、嘘だろう! まさか、構えしか習っていない?」


「そうなんです」


 バリー公爵がククッと笑みを漏らす。


「そうか……君はとんでもなくイケメンだから、見せ方に関して勘が良いのかもな? 他人に見られることに慣れているゆえ、姿勢の作り方が見事なのだろう。ふーむ……それを指南したコネリーくんとやらも、ただものではない……良い人材だな……」


 とはいえ、とバリー公爵は考える。


 先ほどのジーンには『覚悟』があった。バリー公爵が見るかぎり、彼の怒りは本物だったし、あの時はハッタリどうこうの計算はしていなかったはずだ。


 相手が手袋を拾っていれば、そのまま決闘をしていただろう。そしておそらくジーンが勝っていた。開始前にあれだけ圧倒してしまえば、敵は萎縮して手も足も出まい。


「コネリーのおかげです。僕は友人には恵まれていて、いつも助けられています」


 ジーンはにこりと笑んでみせてから、アメリアのほうに振り返った。


「――アメリア、大丈夫?」


 問われたアメリアは涙ぐみ、小さく頷いてみせた。


「うちは……大丈夫です。ジーンさん、かばってくれてありがとう」


 ジーンから声をかけられて『もう大丈夫なんだ』と実感できたら、アメリアの膝が震え出した。


 ああ、ものすごく怖かった……!


「ジーンさん、抱き着いてもいいですか?」


「いいよ――おいで」


 アメリアはジーンの懐に飛び込んだ。


「決闘とか、怖かったです~~~~~~」


「ごめんね……」


 彼が優しく抱き留めてくれる。


 アメリアは泣きながら『ジーンさんが怪我しなくてよかった!』と考えていた。


「ジーンさん、もう決闘は二度とやめてください~~~~~~」


「そうだね、そうする」


 こんなに優しい人なのに、彼は大切な人を護るためなら、あんなふうに勇敢になれるんだ。物理的な危害から護るだけではなく、ジーンはアメリアの心も護ってくれた。


 あの時ジーンが本気で怒ってくれたことで、アメリアは救われた気がした。


 過去に実家でされたあれらの虐待は、被害を受けたアメリアに非はない――ジーンがそれを命懸けで示してくれた。


 胸が温かくなる。


 昔、怖い思いをして泣いていた自分に、救いの手が差し伸べられた思いだ。時間を巻き戻すことはできないし、過去は変えられない――それでもジーンがしてくれたことには大きな意味がある。明日のための力になるから。




   * * *




 抱き合う恋人たちを眺める、バリー公爵とその部下は――。


 バリー公爵が部下に囁きかける。


「ドラゴン退治が終わったら、アメリアの実家であるファース侯爵家を徹底的に調査する」


「承知しました」


「アメリアの親は善良な娘にずいぶん残虐なことをしてきたのだな。先ほどは聞いていて胸が痛んだ。そういう異常な領主は領民にとっても害になる可能性が高い。よく見極める必要がある」


「今日、決闘から逃げたカイルはどうしますか? 次代のファース侯爵らしいですが」


「あいつも逃がさん。このバリー公爵の面前であの下衆(げす)な振舞い――さて、どう落とし前をつけさせるかな。あとで追い込みをかけるのが楽しみだ」


 バリー公爵は軽く笑んでいたが、目つきは凄惨だった。


 部下はピリッと気が引き締まる思いである。


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