いらないと言われたけれど、可愛いから幸せ♡ ~前世陽気なギャルだった可愛いアメリア嬢が、グルメな日本料理を出せる魔法のステッキを手に入れたら~

山田露子 ☆『ヴェール』漫画1巻発売中!

プロローグ 可愛いぞこら~♪


「おい小娘、早く俺たちを楽しませろこら~」


 アメリア・ファース侯爵令嬢は性質(たち)の悪いやからに絡まれていた。


 場所は緑深い森の中で、誰かが助けに来ることは期待できそうにない。


 おまけに三対一という不利な状況で、相手は油断なくこちらを見据えており、退路は塞がれている。


 陽光がその場にいる者たちを照らし、草地に影を落としていた。


 ドレスを着た女性のシルエット――これは追い詰められているアメリアの影だ。


 そして彼女に対峙する三つの小さな影――背丈はアメリアの膝くらいまでしかなく、長いお耳にポッチャリボディーが特徴的である。


 ウサギっぽい造形の二足歩行の精霊が、口汚くアメリアに迫る。


「お前がなかなか遊びに来ないから、退屈してたぞこら~」


「早くなんか出せこら~」


「出・せ、出・せ、出・せ‼」


 ポムンポムン好き勝手にジャンプして暴れる精霊たち。


「もーウサウサウサは自分勝手だなぁ」


 アメリアは軽く眉根を寄せつつも、彼らの要求に応えるべく魔法のステッキを取り出す。


「――出でよ、なると巻き!」


 ポン♪


 アメリアが魔法のステッキを振って前世日本の食べものである『なると巻き』を出すと、ウサウサウサたちが興味深げに距離を詰めて来た。


「それはなんだこら~」


「ギザギザ、マキマキ、ネリネリこら~」


 アメリアは包丁とまな板も魔法のステッキで出し、なると巻きを斜めにスライスして、ふたつずつウサウサウサたちに渡してやった。


「真ん中のピンクの渦が可愛いぞこら~♪」


 キャーキャー!


 ケタケタケタケタ~!


 彼らはおおはしゃぎでそれを受け取ると、自分の胸に当ててみたり、軍服の肩章(けんしょう)のように両肩に置いてみたりして悪ふざけを始めた。


「こら~! 食べもので遊んじゃいけませーん!」


 アメリアは一応叱ってはみたのだが、ウサウサウサの一匹がなると巻きを目の位置に置いて、千鳥足(ちどりあし)でフラフラ歩く演技をしてみせたので、とうとうこらえ切れずにブフッと吹き出してしまった。


 アメリアが笑ったものだから、ウサウサウサたちは一気に調子づく。


 なると巻きを眉毛代わりにしてみたり、頬っぺたに貼りつかせたり。


 一匹がふざけると、それを見た残りの二匹はお腹を抱えて爆笑する。アメリアもお腹を抱えて笑った。


 散々ふざけたあとに、ウサウサウサたちは満足して草地にお座りし、なると巻きをムシャムシャ食べ始めた。散々体にくっつけたりベタベタ触ったりしたのに、口に入れるのを躊躇う様子はない。彼らは精霊なので衛生観念はザルである。


「アメリア、これ美味いぞこら~♡」


「可愛くて美味いぞこら~♡」


「な・る・とぅ! な・る・とぅ‼」


 ポムンポムン、ウサウサ、ポムンポムン! 大興奮。


「そういえばアメリアはなんで魔法のステッキを持っているんだこら~」


「不思議だこら~」


 尋ねられ、アメリアは小首を傾げた。


「そうねぇ、自分でも不思議……」


 婚約破棄からすべてが始まった。


 アメリアは過ぎ去りし日々を思い返した――お別れした元婚約者のことや、その後にハラハラドキドキのハプニングがあって魔法のステッキを手に入れたこと、そして今の婚約者との出会いなど。ここに来るまで色々なことがあった。


 元婚約者のカイルはよく怒っていたわねぇ……ほんのひと月ほど前のことなのに、ずいぶん昔のような気がする。

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