第3話 胃腸虚弱なオルウィン伯爵の遺産


 ――年齢は三十八歳、ものすごく痩せていて、胃腸虚弱、生気がない男――として有名な、オルウィン伯爵の屋敷奥。


 数人の男性が長台を取り囲み、肩を落としている。


 水浸しの状態で台に載せられ、固く目を閉じているのは、オルウィン伯爵だ。


「……溺死、か」


 ひとりがポツリと呟きを漏らした。


 全員がなんともいえない顔でオルウィン伯爵の死体を見おろす。


「なぜ溺死したんだ?」


「目撃者によると、オルウィン伯爵は川辺で懐から缶を取り出し、それを右手に持ったまま、水を口に含もうとして川のほうにかがんだらしいです」


「取り出した缶の中身は胃薬かな?」


「そうだろう、胃が弱かったから」


「すぐに転ぶくせに、不安定な状態で川のほうに身を乗り出すとは……」


「迂闊だな」


「ああ、迂闊だ」


「この人って生きているあいだ中、ずっと迂闊だったもんな……」


 全員、そっと目を伏せる。――生前のオルウィン伯爵は悪人ではなかったが、かといって尊敬できるような立派な人物でもなかった。


「オルウィン伯爵は缶を川に落とし、慌てて手を伸ばしたことで体勢を崩し、落水しました。目撃した農夫が慌てて川に飛び込み助けようとしましたが、オルウィン伯爵の体はどんどん流されてしまい……十分後、下流の浅瀬で死体となって発見されました」


 説明が終わり、全員が遠い目になった。……目の前にある溺死体から想像したとおり、一ミリも予想を裏切らずに話が終わった……オルウィン伯爵は彼らしく逝ったらしい。


「オルウィン伯爵には伴侶も子供もいない」


「では次期当主は、一番近い親戚――……」


 皆の目が、ひとりの青年の元に集まる。


「――残念だが、ジーン、君が新しいオルウィン伯爵ということになる」


 声をかけられた青年は青褪め、額を手のひらで押さえた。


 ジーンは打ちのめされており、怒る気力も湧かなかった。


 周囲の者たちはそんなジーンを見て、こっそり感心していた。……彼は肩を落としていても、色男だなぁ……。


 ジーンが呻くような呟きを漏らす。


「……オルウィン伯爵は頼まれるとなんでもサインをしてしまう、気の弱い男だったよな?」


「そうだな、ジーン」


「恐ろしい……それらの債務をすべて僕が引き継ぐのか」


 金銭的な債務ではなく、オルウィン伯爵はおもに労力の提供を約束していたようだ。――『〇〇地方に盗賊が出たら、こちらですべて対処します』とか『向こう三年、冬季は××街道の雪かきをこちらですべて行います』とか。


「オルウィン伯爵の名前でサインしちまっているからなぁ。当然、すべてお前がかぶることになる」


「嫌だ」


「でも逃げられないぞ、ジーン」


「負の遺産がすごそうで怖い」


 その場にいた全員が『ジーン、可哀想すぎる……』という目で青年を眺めた。


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