第13話 なんかすごいのが来たー!!!


 玄関ホールに出て行ったジーンは、そこに立っている人物を見て恐れおののいた。


 ――なんかすごいのが来たー!!!


 くら……と眩暈。


 婚約者のアメリア・ファース侯爵令嬢は、白い稲妻のような娘だった。白と黒の不均等な縞模様のドレスは、眺めていると目がチカチカしてくる。


 確か南方に、あのような柄の馬がいたっけな。しかし服飾に適したデザインとは思えない。貴族令嬢、庶民含め、この柄の服を着ている人間をジーンは生まれて初めて見た。


 そして化粧。


 ……この女性は何か特殊な奇祭にでも出る予定なのだろうか? 目の周りがキラキラ光っているの、あれは何? どういう現象?


 ジーンは当然『ラメ』を知らない。


 目の周囲がグラデシーションで綺麗に色づいているのも、そういったものを見慣れていないジーンからすると、恐怖以外の何ものでもなかった。


 それに睫毛があんなにクルンと立ち上がって、砂埃を固めたような何かで固定されているようなのだが、何をどうしたらこんなことになるんだ?


 ジーンは当然『マスカラ』を知らない。


 アメリアが満面の笑みを浮かべ、ジーンに話しかけてきた。


「ごきげんよう!」


 それがあまりに元気良くハキハキした挨拶だったので、気が滅入っていたジーンは『うっ……』と苦手意識を覚えた。


 アメリアが続ける。


「すみません、先ほど応対してくださった方にお伝えしたのですが、私はアメリア・ファースと申します。こちらのお屋敷の旦那様、オルウィン伯爵と結婚する予定のため訪ねて来ました。オルウィン伯爵はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」


「……私がそうだ」


「え? そんな」


 アメリアが笑う。


「オルウィン伯爵は四十歳手前の胃腸虚弱な男性とうかがっています。あなたは見た感じ、もっとずっとお若いはずです」


「確かに私は二十五歳だが」


「オルウィン伯爵はどちらに?」


 やはり彼女は前オルウィン伯爵が溺死したことを知らないらしい。


「……とりあえず移動しようか」


 ここで話していると、病気で寝ているローガンの部屋に声が響いてしまうかもしれない。とはいえあの部屋は玄関ホールから少し離れているから、大丈夫といえば大丈夫だろうけれど。


「はい!」


 ……うるさいな、この子。


 ジーンも普段であれば、こんなことで目くじらを立てたりしない。けれど今の彼は疲れ切っていた。毎日毎日、前オルウィン伯爵がやらかしたことの尻拭いをさせられ。対処しても対処しても終わらない。身も心も疲れ果てている。


 苛立っているせいで、ハキハキしたアメリアの言動がなんだか癪に障った――能天気だな、と思ってしまって。


 ジーンはふと彼女のドレスの袖に木の葉がついていることに気づいた。


「なぜこんなものが?」


 そっと手を伸ばして取り払ってやると、アメリアが目を丸くする。


「ああ、いけない!」


「ちょっと君、声――」


「ここに来る途中で犬に追いかけられたんです! びっくりしました! 馬車を降りたあとです――私はすごく速く走って、なんとか逃げ切ったんですけど、植え込みのそばを通ったから、葉っぱがついちゃったんですかね?」


 アメリアは犬に追いかけられたことを思い出し、興奮してまた声のボリュームが上がってしまった。


 ジーンはとうとう我慢できなくなり、


「――君はいつもそんなにうるさいのか?」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。


 あ……という顔でアメリアが黙る。


 ジーンは『これ以上はやめろ、言いすぎだ』と頭の中で自身に警告した。けれどどういうわけか口が勝手に動く。たぶん疲れすぎていて、自制が利かなくなっていたのだ。


「近くの部屋で病気の子供が寝ているんだ――騒ぐのもいい加減にしてくれ。君みたいな女性と結婚しなければならないなんて、自分の運命を呪いたくなる。頼むから、もう少し静かにしてくれないか」


 アメリアが小さく息を呑んだのが分かった。


「あの……うるさくしてごめんなさい……以降気をつけます、すみません」


 アメリアが小声で詫びる。消え入りそうな声だった。


 そこでジーンはハッと我に返った。目の前に佇んでいる女性があまりに華奢で、頼りなく、あどけない瞳をしていることに気づいたからだ。


 まるで迷子の子供のよう……。


 アメリアは目尻に涙を滲ませ、恥ずかしそうに微笑んだ。彼女が笑みを浮かべたのは図太いからではなく、怒っているジーンに気を遣ったのかもしれない。アメリアの耳と鼻の頭が赤くなっていたので、無理をしてそうしているのは明白だった。


「あれ……失敗しちゃったな。本当にごめんなさい」


 傷ついている彼女の顔を見て、ジーンの胸がズキリと痛んだ。


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