第35話 君たちが来てくれて、本当に助かった


 その後、軽傷者二名の手当も無事に終え、バリー公爵の案内で、ジーンとアメリアは教会の応接室に入った。


 ジーンとアメリアは隣同士、バリー公爵が向かいのソファに座り、ローテーブルを挟んで話を始める。


 バリー公爵が改めて感謝の気持ちを述べた。


「君たちが来てくれて、本当に助かった。ありがとう」


「とんでもない――こちらももっと大勢で伺えればよかったのですが、あまり助けにならずに恐縮です」


 ジーンが本当に申し訳なさそうにそう言うので、バリー公爵は好ましいものを見るように瞳を和らげた。


 ジーンが続ける。


「ドラゴン退治の話に入る前に、別件でお聞きしたいことがありまして」


「なんだ?」


「こちらの領で、人語を話す蛙と狼が目撃されたとか?」


 問われたのが意外な内容だったのか、バリー公爵が軽く目を瞠った。


「ああ――確かにその報告は受けているが」


「それは現在地から近いですか?」


「近い。最後に目撃されたのはクイグリー湖のそばだな――ほら、先ほど話に出ただろう――突然怒り狂ったドラゴンが現れ、方角的に湖のほうから飛んで来たようだった、と――それがクイグリー湖だ」


「なるほど……じゃあ蛙と狼に会おうとすると、必然的にドラゴンにも接近する必要がありますね」


「ドラゴンがまだクイグリー湖のそばにいれば、そうなるかな」バリー公爵が訝しげに眉根を寄せる。「ドラゴン退治の前に、まず蛙と狼に会う必要がある――君たちはそう考えているのか?」


 問われ、ジーンとアメリアは顔を見合わせた。本件に関してはジーンも事情がよく分かっていないので、ここからはアメリアが説明を代わることに。


「実家のファース侯爵家で、私は土地の護り神にお会いしました。それが蛙さんと狼さんです。蛙さんのほうがボスで、狼さん――七匹いたかな? そちらが手下らしいです」


「ボス……」


「手下……」


 土地の護り神をずいぶんフランクに表現されてしまい、バリー公爵とジーンは気まずくなって俯いた。なんとなくバチ当たりな感じがしたからだ。


 アメリア自身も普通じゃないというか、ふたりの男性からすると神の領域に近いような印象を受けるので、『この子、なんなの……超重要人物なはずなのに、振舞いが気さくすぎて逆に怖いんですけど』と戸惑いを覚える。アメリアは絶対にセルフプロデュースを間違っている……バリー公爵とジーンはこっそりそう考えていた。


 アメリアがケロリと続ける。


「それで詳細は省きますが、蛙さんが私に『魔法のステッキ』を作ってくださいまして」


「え!」


 ギョギョッ……! と身じろぎするバリー公爵。


「君――土地の護り神が、魔法のステッキをわざわざ『君のため』に手作りしたのか?! もともとあったものを与えたわけじゃなく?」


「ええ」素直に頷くアメリア。「せっかくなので色々注文をつけすぎたら、『ええ加減にせえよ』とおっしゃっていました」


「い、色々注文をつけたぁ?!」


 ガガーン……バリー公爵の顔色がどんどん悪くなっていく。


 アメリアが続けた。


「その時に蛙さん狼さんと一緒に食事をして、『友達っぽい』関係になりました。たぶんまだその関係は有効だと思うので、相談したら助けてくれそうな気がします。彼らに会って、ドラゴン退治のコツを教えていただこうかと」


「…………」


「…………」


 絶句するバリー公爵。そしてジーン。


 ……土地の護り神と『知り合い』というだけじゃなく、すでに『友達っぽい』感じなんだ? え、一緒に食事をしたって何? すごくない? もっと自慢していい部分じゃないの? アメリア、実績がエグイな……。本当に偉い人はかえって偉ぶらないというけれど、それってまさにアメリアのことなんじゃ……?


 ジーンが気を取り直して、バリー公爵に告げた。


「危険なので、ドラゴンの近くにアメリアは連れて行けません。私がクイグリー湖まで行って、蛙と狼を探して、こちらまで連れ帰って来ます。土地勘がないので、現地までどなたかに案内を頼めますか」


 聞いていたアメリアは仰天した。


「ジーンさん、だめです!」


「何がだめなの?」


「蛙さん狼さんは面識がない相手には結構容赦がないですよ。話も聞いてもらえずに、彼らのルールで裁かれるかも」


 アメリアは彼らと出会った時のことを思い出していた。


 ――蛙はアメリアが禁足地に入ったことに腹を立て、罰を与えると言ってきた。その後話し合いを続けてそれはなんとか『なし』にしてもらったが、あの時アメリアが非を認めて素直に罰を受け入れていたら、ひどい目に遭っていたような気がする。


 彼らと友達になれたのはほとんど運だった。今回、ジーンにも同じようにラッキーが起こるとは限らない。ジーンを危険にさらせない。やはりアメリアが行くべきだ。


 ところが。


「アメリアは蛙と友好的な関係を築けているかもしれないが、ドラゴンとは違うだろう? 先にドラゴンのほうと遭遇してしまうかもしれないし、危ないから連れて行けないよ」


「ジーンさん、でも」


「そうだ、君はここで留守番していなさい」


 なぜかバリー公爵までジーンのほうに付く。


 バリー公爵は基本わりとドライなのだが、一度懐に入れた者のことはとても大事にする。短時間であっても彼はアメリアのことを気に入り、実の娘に対するような感情を抱いていたので、クイグリー湖まで連れて行くなんてとんでもないことだと考えていた。


「だけど私がまず蛙さんと話さないと、絶対に上手くいきません。ジーンさんたちだと、話すら聞いてもらえませんよ」


「それでもだめだ」


「却下」


 うー……むくれるアメリア。


 しかしこんな時は、チャームポイントの可愛い顔がマイナス要素に……むくれても可愛いので、むしろ微笑ましく映るだけ。


 バリー公爵が壁際に控えていた部下の兵士に告げる。


「こちらのお嬢さんを宿にお連れしろ。そうだな――ロックウッドのところが一番清潔だろう。最上階の部屋に通して、扉前で警護に当たれ」


「承知しました」


 聞いていたアメリアは『警護って、私を宿から出さないため?』と眉根を寄せた。


 ジーンとバリー公爵はすでにアメリアを見ておらず、真剣な顔で打ち合わせを始めてしまう。


 アメリアは口を開きかけ――ふとあることを思いついて、黙ってソファから腰を上げた。


 兵士に先導され、教会そばの宿屋に連れて行かれたアメリア。


「――ごゆっくり」


「ご案内くださり、ありがとうございます」


 最上階の部屋に入り中から扉を閉めたアメリアは、覚悟を決めた顔つきで奥へと足を進めた。


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