第6話 すべて魔法のステッキで出せるようにして♡
蛙が崖の上から飛び、こちらに降りて来る。
アメリアと蛙は並んで草地に腰を下ろした。
蛙は足を伸ばし、手をダランと下げて崖に背中を預ける。アメリアはその横で体育座りをした。
「――実はですね、私には前世の記憶があるのです」
アメリアがそう打ち明けると、蛙は、
「おお、そうか」
とあっさり。
え……それだけ? アメリアは面食らった。
「あまり驚きませんね?」
「前世の記憶があるのは、そんなに珍しいことでもない」
「そうなのですか?」
「前世の記憶持ちは、魔法使いの数よりも多いぞ」
「だけど魔法使いってとても希少ですよね? 数万人にひとりの割合ではないですか?」
「数万人にひとり――そりゃあ本人は誇りに思うだろうが、わしからすれば『だから何?』のレベルだ」
「冷めていますね」
「おぬしの『面白い話』が『前世の記憶がある』というだけなら、ペナルティは免除してやれん」
「待ってください!」
アメリアは必死で蛙を制止する。
「前世の私は日本という国で暮らしていて、そこで体験した面白い話がいっぱいあるのです!」
「日本?」蛙が小首を傾げる。「聞いたことないな……ん? もしかしておぬし、異世界転生人か?」
「異世界転生人? 私はそう呼ばれる存在なんですか?」
「違うのか、じゃあそろそろペナルティを――」
「待った! 私は異世界転生人です!」
「え……話を適当に合わせてない?」
「私は異世界転生しました!」
アメリアは大きな声で繰り返した。アメリアは前世の経験から学んでいる――大きな声でハキハキ答えれば、大抵の問題は乗り切れるということを!
ファース侯爵家では、アメリアのこの『元気で乗り切る』戦法がすべて裏目に出た。しかしアメリアは知っている――ファース侯爵家が特殊なのであって、この作戦は有効なはず。
蛙が黙り込んだ。アメリアはチャンスを逃さず畳みかける。
「日本は食べものがとても美味しかったです! もうすごい! 和食、中華、洋食、そしてカレー……ああ、カレー、うちはカレーが食べたい! カツカレー! あれは無敵!」
「カレーとはなんだ」
「それは天上人の食べものです」
「そんなにすごいのか?」
「ええすごいです。けれどうちは今、ラーメンが食べたい!」
「おい、情緒大丈夫か。カレーが食べたいんじゃないのか」
「カレーも食べたい、でも今はラーメンが食べたい!」
「ラーメンとはなんだ」
「それは天上人の食べものです」
「……会話が堂々巡り……」
蛙はげんなりした。しかしアメリアの口調には嘘偽りない熱がこもっていたので、それが蛙の心を動かした。
「ふむ……じゃあ、わしにそのラーメンとやらを食わせてみるがいい。おぬしの言う通りそれが美味かったら、ペナルティはなしにしてやろう」
「やったぁ! 蛙さん、ありがとうございます!」
「お礼を言うのはまだ早いぞ」
「そうでした」
アメリアは我に返った。
「あの蛙さん……大変恐縮ですが、うちはラーメンを作れません」
「ではラーメンを出せる魔法の杖をおぬしにやろう」
「え?」
「これから杖を生成する」
蛙がいきなり目の前に光の玉を出現させたので、アメリアは慌てて蛙の手を掴んだ。
「お待ちを!」
「おいなんだ、途中で止めるな!」
「魔法の杖ってどんなやつですか?」
「木のやつ。棍棒みたいな形」
「えー、それじゃあがりません~。そういう重要アイテムはデコってもらわないと」
「おぬしは何を言っとるんだ」
「うちは前世ギャルだったもので」
「はぁ?」
「といってもうちは、にわかギャルなんですけどね」
「おぬしが何を言っているのか、まったく分からん」
「中学二年で田舎から都会に引っ越したのですが、学校に馴染めずに浮いてしまいまして。けれどギャルのナナちゃんが明るく話しかけてくれて、うちはすごく嬉しかった。ナナちゃんに教えてもらって、プチプラのメイク道具を買って、メイクの仕方を習って、うちもギャルになったんです。ナナちゃんはひたすら陽気だけど、硬派なギャルで、夜遊びはしませんでした。うちはナナちゃんが大好きでした」
「かなり前からおぬしが何を言っているのか、わしはまったく理解できていない。会話の方向をすっかり見失っているのに、おぬしは自分勝手に話を進めるから、もうお手上げなんだが」
「でもうちは死んじゃった……交通事故でした。車が迫って来た記憶が残っています。中学二年で死んでしまいました」
「死んだ年とかどうでもええわ。わしはな、ギャルのナナちゃんのくだりがこざっぱり分からんのだわ」
「ナナちゃんは膝小僧の形がめちゃ綺麗なんです」
「その情報、どうでもええ」
「とにかく蛙さん、魔法のステッキはうちがデザインしますので、そのとおりのものを出してください」
「図々しい!」
「うちの気分があがらないと、美味しいラーメンは食べられませんよ」
アメリアが揺るがないので、蛙は気圧され、渋々頷いてみせた。
「わ、分かった」
「じゃあ、ええと」
アメリアは木の棒を掴み、地面にグリグリと絵を描いた。
「色はキュートなピンクで、上部はハート形。その真ん中にはキラキラ輝くダイヤモンドを嵌めてくださいな~♡」
「……図々しいな」
蛙は若干不貞腐れながら、ふたたび光の玉を出現させた。その中に手を突っ込もうとしたのだが、また――。
「お待ちを!」
「おい、無礼者!」
「蛙さん、確認しておきたいのですが、魔法のステッキはラーメンしか出せない設定なのですか?」
「そうだな」
「困ります。ラーメンと餃子はセットです」
「……次々に新情報が出てくるのだが……」
蛙、困惑。
やがて蛙が折れた。
「分かった、ラーメンと餃子を出せるようにする」
「餃子はタレにつけていただくものです」
「じゃあタレも出せるようにする」
「タレは醤油、お酢、ラー油をブレンドします」
「醤油、お酢、ラー油も出せるようにする」
「ラーメンには胡椒をかけていただきます」
「胡椒も出せるようにする」
「カレーは?」
「ああもう、カレーもOK」
「お寿司は?」
「何それ? どんどん足していくなぁ、ええ加減にせえよ」
「お寿司は?」
「……OK」
「天丼は?」
「何それ?」
「天丼食べたい」
「じゃあ天丼も」
「うちはどんぶりじゃなくて、天ぷらでサラッといただきたい日もあるのです」
「知らんわ」
「天ぷらも――蛙さん、どうかお願い」
「天ぷらも出せるようにする」
「ハンバーガー」
「おい」
「シェイク」
「おい」
「フライドポテト」
「おいこら」
「あらやだ野菜不足――豚汁、筑前煮、ほうれん草のおひたし、サラダ、野菜炒め、クラムチャウダー、ミネストローネ!」
「黙れ!」
「あの蛙さん、面倒なので、うちが前世の日本で食べたもの、すべて魔法のステッキで出せるようにしていただけません?」
「えー……」
「うち、スイーツはあちこちで食べたから、相当自信あるんだよなぁ」
「スイーツ? 甘味か?」
「YES」
「OK、いいだろう、そうしてやる」
蛙は甘味好きだった。
蛙さんは押しに弱いと見た……アメリアの目がキランと光る。
「食事は調理済みの状態でも出せるし、材料の状態でも出せるようにしてください」
「なんで?」
「そのほうがいいからです」
「分かった」
「あと、今着ているドレスをギャルっぽくしたいです」
「それはいかん。料理から完全に離れただろ」
「コックは白衣を着て料理を作りますでしょう? 衣装も大事」
「おぬし、料理は作らんだろ。魔法のステッキから出すだけだろ」
「だけど提供するのですから、コックと同じです」
ズイ、とアメリアが迫るので、蛙は折れた。
「お、おお……分かった」
「メイク道具も」
「おーい! たいがいにせぇよ!」
「メイクは服と同じジャンルです。うちが『前世で体に付着させたもの』はすべて魔法のステッキから出せるようにしてください。そして『なんでもギャルっぽい感じに変えられる魔法』も付与してください。ねぇ蛙さん……このやり取りを早く終えて、美味しいラーメンを食べたくないですかぁ?」
「こいつ、悪魔か……!」
結局、蛙はアメリアの要求を百パーセント呑んだ。つまりスーパーウルトラチート魔法を繰り出せる大変ありがたいステッキを、デコった状態で手渡したのだった。
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