第四章 東方動乱
第1話 青く光る空の下で
暖かな日差しが、競い合うように咲き誇る花たちを照らしている。
その日、テバレシア王国第一王女アスカ・テバレスは、スケルトンキングにして彼女の護衛騎士ファブレガスと剣の稽古に励んでいた。
アスカの宮殿から西へ、街を抜けた先に野原が広がっている。
毎朝、朝食後に地竜の運動がてら、この場所でファブレガスと剣の稽古をするのがアスカの日課だった。
優しく肌を撫でるように風が吹く。
アスカの黒髪がふわりと揺れる。
彼女のエメラルドグリーンの瞳には、バスターソードを下段に構える金色の骸骨騎士が映っていた。
骸骨騎士ファブレガスの眼窩に灯る青い光が、黒ばら飾りのカチューシャに黒の稽古着と、黒一色コーデに身を包むアスカへ向けられている。
剣を構えたアスカが骸骨騎士ファブレガスとの距離を詰める。
蹴り上げられた土が落ちるよりも速く、彼女の身体は彼の懐へと潜り込んでいた。
訓練用の刃引きした片手剣を左から右へ薙ぐアスカ。
その剣撃をファブレガスのバスターソードが受け止める。
続けてアスカが袈裟懸けに剣を振り下ろす。剣で受けるファブレガス。
アスカが剣を振り、ファブレガスがこれを受ける。その度に澄んだ金属音が辺りに響いた。
金属がぶつかり合う。
鍔迫り合いするふたり。剣が軋むような音を上げている。
アスカもファブレガスも退かない。
チチチチッ、ピピッ、ピィーッ、ピィーッ……。
周りの樹々から、小鳥たちが羽音を立てて一斉に空へ飛び立った。
アスカが後方へ跳んで距離をとる。ファブレガスは正眼に剣を構えている。
地面を蹴り、ふたたびアスカが前へ踏み込む。彼女の剣が上段から振り下ろされる。
その剣撃を受け流すファブレガス。
アスカは剣を引くと、剣先をファブレガスに向けて突き出した。ファブレガスの喉元に鋭く迫る剣先。
彼は身体を捻るようにしてこれを躱す。
アスカは距離をとり剣先を下ろした。彼女の額に汗が滲む。
「今日はここまでにしましょう」
「そうですね」
ファブレガスも剣を下ろした。
アスカが手ごろな丸くて滑らかな石の上に腰を下ろすと、跪いたファブレガスが彼女に水筒を差し出す。
「ありがとう」
アスカはファブレガスから水筒を受け取り、喉の渇きを潤した。
「あなたの剣は力任せで荒っぽく見えるけれど、こうして相手をしてもらうと凄い技量なのがわかるわ」
水筒を片手にしたアスカは、タオルを持って跪くファブレガスに顔を向けて言った。
アスカは、剣聖王ルリの再来ともいわれるテバレシア王国屈指の剣豪だ。
そのアスカの速く鋭い剣撃を、ファブレガスは長さも重量もあるバスターソードで受けきってみせた。膂力に頼った剣でないことは明らかだ。
「恐れ入ります」
返事をしたファブレガスが、タオルをアスカに差し出す。
「ねぇ、そういえばファブレガスって、骸骨騎士になる前は人間だったのよね?」
タオルを受け取りながら、アスカが尋ねた。
いや、尋ねるまでもない。さすがにネコだったということはないハズだ。
「ええ」
「やっぱり、どこかの王国の騎士だったの?」
そういえば、アスカはダンジョン化したリヒトラント城でファブレガスを配下に加えたものの、素性について彼から詳しく聞いたことがない。
関心が無かったワケではない。魔導都市ゴウマの一件もあり、聞きそびれていたのだろう。
「はい。今から二百年以上前になるでしょうか。滅亡したリヒトラント王国で、さるお方の護衛騎士を務めていました」
骸骨騎士の甘く優し気なイケメンヴォイス。いつ聞いても心地良く耳に響く。
ファブレガスの返事を聞きながら、アスカはタオルに顔を埋めている。
汗を拭いたアスカは、持ってきたポーチからルージュと手鏡を取り出した。
ルージュはレイチェルに渡されたものだ。すっぴんで出かけていくアスカに見かねたらしい。
アスカは、どうせ汗でお化粧が崩れるから要らないと断ったけれど、「姫さま。一国の王女がお化粧もしないで外出するのはダメですよ。せめて、お戻りになる前にこれを」と持たされた。
すっぴんで宮殿へ戻るとレイチェルが悲しい顔をするので、かるくルージュを引いていく。すこし淡い色のルージュだ。
「あなたの祖国はリヒトラントだったの?」
手鏡で口元を確認しながら、アスカは尋ねた。
「いえ。私は元々、リヒトラントよりもさらに北にあったエーテルナ王国の騎士だったのです。輿入れする王女様に請われ護衛騎士として随行し、リヒトラントへやって来ました」
エーテルナ王国は、現在、ウェルバニア王国が支配下におくエーテラント地方に存在した王国である。二百年前の「東方動乱」で、ウェルバニア王国軍に滅ぼされ併合された。
アスカは、ぐるんとファブレガスの方へ顔を向けた。
「王女の護衛騎士」というところに食いついたようだ。
「ええ!? そこ、もうちょっと詳しく!」
アスカが、エメラルドグリーンの瞳をキラキラさせて身を乗り出す。
なにかナナメ上の期待をよせているのではと、ファブレガスは少しヒキ気味だ。
けれど、彼は思い出してしまった。
すでに遠くなってしまった過去。
それはダンジョン化したリヒトラント城をただ独りあてもなく彷徨っていた頃、毎日のように骨身の彼に襲いかかった。忘れたくても背を向けても甦る。思い出すたび、記憶が彼の心を削っていく。
ファブレガスは廃城のなかで、約百年以上、そんな日々を過ごしてきた。
あとすこしアスカとの出会いが遅ければ、肉体ばかりか人の心さえも失って完全な魔物に堕ちていたかもしれない。
彼は宙を見上げた。
青く光る空には雲ひとつない。大きな石の上で楽し気に囀っていた二羽の雲雀たちが、翼をはためかせて飛んでいく。
ほんのり甘く薫る春の風が頬を撫で、アスカの艶やかな黒髪を靡かせる。
野原を彩る青や黄色やピンク色の草花は風に吹かれて右に左に揺れながら、さららさららと歌っていた。
「素敵な時間だった、幸せだった。そう思います。一方で、口惜しい思いもあります」
骸骨騎士ファブレガスは俯いて掌を見詰めながら、静かに語り始めた。
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