第4話 最後通牒

 アスカが憲兵隊に拘束されてから、三日が経過していた。


 ジャニスは部下たちに指示し、アスカを釈放するために各方面へ働きかけている。


 彼女はエインズの身体にあった刺し傷を見たとき、それがアスカの佩刀「カグツチ」によるものではないと気が付いた。


 フランベルジュの刃で刺したのであれば、傷口は荒れたものになる。

 しかし、エインズについていた刺し傷は、通常の短刀かナイフで刺したような「きれいな」傷口だった。


 エインズ殺害の犯人は、アスカではない。真犯人は別の人物だ。


 そうジャニスは考えていた。


 加えて、少しばかり負い目も感じていた。

 ジャニスの妹でもある秘書リータが、アスカとエインズの会談をセッティングしたからだ。


 ジャニスが「もう一度、会って話がしたい」と言えば、アスカはエインズ殺害現場に向かうことはなかったはずだ。結果、アスカはあらぬ疑いをかけられ、拘束されている。


 さらに憲兵隊から詳しく事情を聞けば、アスカのエインズ殺害をロバート区長が目撃したという。


 ジャニスはロバート区長から、詳しい事情を聴くため遣いを出していた。

 しかし、思わぬ報告が彼女の下にもたらされる。


「なに? ロバート区長の行方が判らない?」


「はい。昨夜、外出したきり、屋敷へ戻っていないそうです」


「妙だな。街で姿を見た者は?」


「今のところは……」


 ジャニスは顎に手を当てて呟いた。


「独立派のエインズが死に、親ウェルバニア派のロバートが消えた?」


 街は、エインズ区長をテバレシアの王女が殺害したという噂でもちきりだ。

 渦中のアスカは、憲兵隊に拘束されたまま。


「お姉ちゃん」


 リータが険しい表情で、ジャニスの方へ顔を向ける。

 応えるように、ジャニスが頷く。


「あまり、いいカンジはしないな。どの派閥にもダメージがあるように見えるが、その実、テバレシアにとってはチャンスともいえる」


 ジャニスは眉間に皺を寄せて、瞳を閉じる。

 そこへ区長セシルが現れた。彼の表情を見るに良い話ではなさそうだ。


「テバレシアのペンドラ侯爵より、使者が参っております」


 ジャニスは、静かに瞼を上げた。


「やはり来たか。セシル、通してくれ」


 セシルは無言で軽く会釈すると、執務室を後にした。

 そして、すぐに黒服姿の使者を伴って戻ってきた。


 ジャニスは椅子に腰かけたまま立ち上がらない。使者の顔をじっと見据えている。

 ペンドラ侯爵の使者はキツネのような瞳でジャニスに視線を向け、ニタリと笑みを浮かべた。


「テバレシア王国右大臣ペンドラ侯爵から、ゴウマへの口上を伝える」


 キツネ目の使者は懐から取り出した羊皮紙を広げ、文書を読み始めた。


「ゴウマに告ぐ。こともあろうに我らが王女に濡れ衣を着せ、恥辱を与えたこと万死に値する。ただちに我が国の王女アスカ様を解放し、本日より一週間以内にテバレシアへ恭順する旨宣言のうえ、議会を解散せよ。この要求に応じない場合、テバレシア王の剣たる我が武力を以て、ゴウマを火の海に沈めてやる。ゴウマが市民諸共灰燼となることを惜しむなら、剣を折りテバレシア王へ膝を屈せよ」


 ジャニスは黒革張りのアームチェアに足を組んで腰かけ、肘かけに頬杖をついていた。

 使者の長ったらしい口上を聞いて鼻で笑う。


「世迷言を。ふふっ、やれるものなら、やってみろ。お前たちは過去幾度となく我らに戦を挑んできたが、その度に追い払われたことを忘れたのか? いつまでたっても学習できない愚かな国だ」


 呆れたような口調で、使者に返答した。


 口上に恐れおののいて平伏するとでも思っていたのだろうか。

 使者は驚いたような顔で二、三回瞬きした。彼は侮辱されたと理解すると、みるみる顔色を変えた。憎らし気にジャニスを睨む。


「後悔なさるな」


 使者の声が怒りに震えている。ジャニスは頬杖をついたまま、笑みを浮かべている。


 ペンドラ侯爵の使者は最後通牒を執務机に叩きつけ、憮然とした表情でジャニスの執務室を飛び出していった。


 部屋を出て行くペンドラ侯爵の使者を見送ったジャニスは、セシルの方へ顔を向けた。


「それで、セシル。お前が手にしているモノは何だ?」


 ジャニスが尋ねると、セシルは封筒から羊皮紙の束を取り出して彼女の執務机の上に置いた。


「エインズ区長殺害の真犯人に関する資料です」


「何?」


 羊皮紙の束を手にするジャニス。資料に目を通していく。彼女の表情が険しくなっていく。


「これは……。出どころは?」


「兄です。兄は……、エインズ区長はロバート区長の汚職を知ったために殺されたのです。それから、こちらも提出いたします」


 懐から革袋を取り出しジャニスに手渡す。

 入っていたのは、血液が付着した区長メダル。


「誰のものだ?」


「ロバート区長です。アスカ王女の護衛騎士ファブレガス殿が、エインズ区長の部屋で発見しました。付着している血液は、エインズ区長のものと思われます」


「やはりアスカ王女は……」


「アスカ王女が、兄を殺害する動機はありません。彼女は、ゴウマの有力者とのパイプを作りに来ただけです。区長を殺害するわけがない」


「つまり、彼女は親ウェルバニア派のロバートに嵌められたというワケか」


 ロバートは事件の日、エインズからアスカの訪問を聞いたのだろう。そこで、エインズ殺害の罪を彼女に被せるため「アスカがエインズを殺害するところを見た」と証言した。


 ロバートは、憲兵隊に影響力をもつ政治家である。自分の証言が憲兵隊に疑われるとは考えていない。


 さらにアスカは、テバレシア王国の王女である。

 反テバレシア感情をもつゴウマの人間が「アスカがエインズを殺害した」と聞いて、冷静でいられるわけがない。事実、街では「反テバレシア」の集会さえ開かれていた。


 ジャニスはホッとしたように笑みを浮かべ、秘書のリータへ顔を向けた。


「直ちに憲兵隊長へ通達せよ。アスカ王女は釈放だ」


「うんっ」


 リータは大きく頷くと、執務室を駆け出して行った。

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