第5話 ヒレカツ丼で許してあげる

 その日、ゴウマ議長ジャニスは中央塔広場で、エインズ区長殺害事件の真相とテバレシア王国王女アスカ・テバレスの釈放をゴウマ市民に向けて発表した。


 中央塔広場の一画にある扇形の小広場。

 拡声の魔導具を設置したステージ上に、ジャニスが立っている。


 小広場に集まってきた市民たちは、彼女の話をじっと聞いている。


「エインズ区長殺害の犯人は、ロバート区長である。彼は、ウェルバニア王国民がゴウマに移住するさい、多額の賄賂を要求していた。さらにウェルバニア王国の貴族と結託し、ゴウマの解体を画策していた」


 ジャニスの声が中央塔広場に響く。


 彼女は拡声の魔導具を使い、市民に向けて淡々と事実を伝える。


 拡声の魔導具は、伝達者の声を広範囲に届ける魔導具である。

 いわゆる拡声器だが、大きな設備になるため、持ち運びはできない。城壁や民衆が集まる広場などに備え付けられている。マイクのような集音機は不要で、魔法陣が描かれた所定の位置に立って話すだけでよい。


 ゴウマの市民は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でジャニスの話を聞いていた。


「待ってくれ、議長。証拠はあるのか!?」


 市民の一人が叫ぶ。


 その言葉に、ジャニスは大きく頷いて答えた。


「その証拠となる書類をエインズ区長が入手し、議会で公表しようとした。だが事実を隠蔽するため、ロバート区長はエインズ区長の殺害に至った。その証拠がこれだ」


 まずジャニスは、ロバート区長の汚職に関する資料を見せる。


「これは、生前のエインズ区長が、弟のセシル区長に託した汚職に関する資料。ウェルバニア王国の貴族からの書簡も、この通り存在する」


 そして、つぎに彼女は血液の付着した区長メダルを見せる。


「そして、こちらは殺害現場に残されていたロバート区長のメダル。エインズ区長の血液と指紋が付着していた。ロバートがエインズ区長を殺害した物的証拠だ」


 中央塔広場に集まった市民たちは、隣の者とお互いに顔を見合わせている。なかには、信じられないといった表情で首を左右に振る者もいた。


「ロバート区長は逃亡し、すでにゴウマを出た可能性がある。現在、彼の行方を追っている」


 どよめくゴウマの市民。その場にいた者は、みな驚愕した。


「以上のとおり、現在被疑者として拘束しているテバレシア王国王女アスカ・テバレスのエインズ区長殺害容疑は晴れた。ゴウマ議長ジャニスの名において、アスカ王女を釈放する」


 議場にどよめきを残して、ジャニスが壇上から降りる。


 黒い山高帽の男がジャニスに背を向ける。

 男は聴衆に紛れて、ジャニスの話を聞いていた。


「さてさて、どうしましょうかね。つぎの手を考えなくては」


 そう呟いて山高帽を目深く被りなおすと、聴衆の間を縫うように雑踏のなかへ消えて行った。


 🌹


 ジャニス議長からの指示を受けた憲兵隊は、すぐさまアスカの釈放手続きに入った。

 指示書を受け取った憲兵隊長キリアンは、「バカな! な、なにかの間違いだろ!? あの方がそんな……」と大声を上げた。


 周囲の視線が集まるなか、彼は鑑識をおこなった部下を呼び出した。

 エインズの遺体およびアスカの佩刀を鑑識したのは、メガネをかけた童顔の女性だった。


「アスカ王女の剣に、エインズ区長の血液が付着していたと聞いている。間違いないか?」


 キリアンが鑑識の女性に尋ねると、彼女はきょとんとした表情で瞬きした。


「? いえ、そのような報告はしておりません」


 鑑識の女性は首を傾げて答える。

 しかし、彼はアスカの取り調べ中に副隊長から報告を受けた。その報告から、キリアンはアスカを犯人だと考えた。


 キリアンは努めて冷静さを保ちながら、さらに鑑識の女性に尋ねる。


「エインズ区長の部屋で、ロバート区長の区長メダルが発見されたらしい。お前は、事件現場を捜索しなかったのか?」


「そ、そのことなのですが、事件の日にエインズ区長の部屋へ向かおうとしていたところ、副隊長が来られまして、指示があるまで待機せよと……」


「なんだとっ!? おい、副隊長を呼べ!」


 キリアンは側にいた別の部下に指示を出した。

 どうやら副隊長を問い質す必要がありそうだ。彼が虚偽の報告や証拠の捏造を行ったのなら大問題である。


 じつは区長メダルの紛失に気が付いたロバートが、副隊長をつうじて殺害現場の捜索を延期させたのである。


 キリアンは苛立たし気に頭を掻いたり、意味もなく舌打ちをしたりしながら副隊長が現れるのを待っていた。


 しばらくすると、部下がひとりで戻ってきた。


「キリアン隊長、副隊長の姿がありません!」


 報せを受けたキリアンは、しばらく放心状態で宙を見ていた。

 信頼を寄せていた部下に裏切られたらしい。


 副隊長が、ロバートと共犯関係にあったのかどうかまでは分からない。しかし、彼の足元であり得ないことが起こっていたのは事実だ。


 そしてそれは、彼のキャリアの終わりを意味していた。


「俺はここまでか……」


 キリアンは肩を落として嘆息した。

 ロバート区長に憧れ、憲兵隊の一員として懸命に働いて来た。腕っぷしもさることながら、とにかく足を使って証言、証拠を集め数多くの事件解決に貢献した。それが認められ、憲兵隊長になった。


 ゆくゆくは、ロバートのように区長選挙へ……。手を伸ばせば届きそうなくらい「憧れ」に近づいたと思っていた。


 しかしロバート区長による虚偽の証言と捏造された証拠を真に受け、あろうことかテバレシアの王女を不当拘束。取り調べのさいカッとなって、平手打ちまでしてしまった。


 彼の思い描いていた夢が、音を立てて崩れてゆく。


 キリアンはがっくりと肩を落とし、部下をともなって憲兵隊庁舎別棟へ向かった。



「アスカ王女、釈放です」


 憲兵に牢屋ライフの終わりを告げられ、アスカはすごく残念そうにため息を吐いた。


「いいトコだったのに……」


 膨れっ面をしながら、読んでいたラノベを机の上に置く。


 牢を出たアスカは呼びに来た憲兵から釈放に至った経緯の説明を受けながら、憲兵隊庁舎の出入り口へ向かった。


 エインズ殺害の真犯人はロバートであること。ファブレガスがロバートの区長メダルを発見したことなどだ。


 彼女の後にフランコとガルシアが続く。


「ほらあ、やっぱりアスカ様じゃなかったッス」


 隣のフランコにドヤ顔をして見せるガルシア。


「……いや、オレは別にアスカ様を疑ってなかっただろ」


 アスカは立ち止まると、振り向いてフランコとガルシアに軽く会釈した。


「あなた達のおかげで、楽しい牢屋ライフだったわ。ありがとう」


 その言葉に、フランコとガルシアが踵を合わせて姿勢を正す。


「こちらこそ、いろいろお世話になったッス。また、いつでもここへ来るとイイっす!」

 

 とガルシアがボケる。もちろん天然である。

 即座に、フランコがツッコんだ。


「いや、ここへ来るのは犯罪容疑者とかだぞ。それはダメだろ」


 ふたりのボケとツッコミに、アスカは笑みを溢した。



 憲兵隊庁舎別棟の入口の前に、金髪スパイキーヘアの憲兵が神妙な表情をして立っていた。アスカは、その男の前で立ち止まる。


「この度は、大変失礼をいたしました。こちらは、お返しいたします」


 気まずそうな表情の憲兵隊長キリアンが、アスカに佩刀「カグツチ」を差し出した。アスカは無言で「カグツチ」を受け取り、ビシッと憲兵隊長キリアンを指さした。


「ヒレカツ丼!」


「は?」


「ヒレカツ丼で許してあげる」


 アスカが笑みを深める。

 キリアンに一歩近づくと、彼の顔を見上げて静かに告げた。


「気を付けなさい。つぎは無いから」


 アスカのエメラルドグリーンの瞳が、キリアンをじっと見詰めている。


「うっ……」


 キリアンは、アスカの眼力に圧倒され後退る。一瞬で冷汗が噴き出した。

 凍り付いたように動かなくなった彼の横を、アスカが通り過ぎる。


「な、なんなんだよ、アイツは。本当に王女様なのか?」


 キリアンは、去っていくアスカを振り返ることすらできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る