第6話 破壊工作
憲兵隊庁舎を出ると、覆面姿のファブレガス、ジャニス、リータの四人がアスカを待っていた。
アスカの姿を見るなり、ファブレガスが駆け寄る。
何か言いたげな様子だ。けれど言葉にできないようだった。
ファブレガスの後から颯爽と歩いて近づいて来たジャニスは、アスカの前に立つと右手を左の胸に当てて頭を下げた。
「アスカ王女。エインズ殺害につき、あなたを不当拘束したこと、ゴウマ議長として謝罪する」
「これはご丁寧に。どうかご放念下さい、ジャニス議長。けれど、そもそもジャニスは、わたしを疑っていなかったでしょう?」
「ああ。だが、お前を釈放するのに時間がかかってしまった。すまない」
アスカは、目を閉じて首を左右に振った。
「差し入れ、美味しかったわ。ありがとう」
ジャニスは、ほっとしたような表情をしてから隣に立つリータと顔を見合わせた。
「アスカ様、ご無事で何よりです」
ファブレガスの方は、ようやく言葉を出すことができたようだ。
アスカはファブレガスに笑顔を向けた。
「ふふっ、牢屋ライフもなかなか新鮮だったわ。あなたがロバート区長のメダルを発見してくれたおかげで、エインズ区長殺害の疑いを晴らすことができた。ありがとうファブレガス」
「い、いえ、そんな。私など暖炉の横でホネの真似をしていただけです」
「真似もなにも、アンタはホネそのモノじゃん」
リータが、下から覗き込むようにファブレガスを見ながらツッコむ。
「あ、そうでした。はははは」
と、かゆくもないハズの後頭部を掻くファブレガス。
ふたりのやり取りに、アスカとジャニスは顔を見合わせて笑った。
アスカの目の前を武装した兵士が足早に通り過ぎていく。
アスカは辺りを見回した。
憲兵や武装した兵士たちが、街中を駆けまわっている。
「なんだか、慌ただしいわね」
アスカの言葉に、ジャニスとリータが顔を見合わせる。
「ああ。ペンドラ侯爵の遣いが来て、宣戦布告していったんだ。詳しくは私の邸宅で話そう」
ジャニスの邸宅に移動したアスカは、執務室でペンドラ侯爵の遣いが持参した書状を読んでいた。
読み進めるうち、アスカの表情がみるみる険しいものになっていく。
「やっぱり、わたしが憲兵隊に拘束されたことを口実にして、武力に訴えるつもりなのね。防衛戦の準備は?」
「ゴウマも長い間、戦が無かったからねぇ。慣れないぶん、ちょっと手間取っているカンジかな。でも、ペンドラ侯爵の私兵がここへ到着するには、あと一週間くらいはかかるでしょ?」
リータの話を聞きながら、アスカは顎に手を当てて思案する。
ペンドラ侯爵は慎重な男だ。出たとこ勝負で、このような文書を送りつける人物ではない。
「ペンドラ侯爵は、始めからゴウマの武力制圧を視野に入れていた。こんな文書を送ってきたということは、すでに準備が整っているということ。きっと予想よりも早く、彼らの軍はここへ来る」
アスカの言葉を聞いたジャニスとリータは顔を見合わせた。
「それまでに防衛戦の準備が整えば良いけれど……」
――それから三日後。
昼前にジャニスの邸宅へ衛兵らしき人物が息を切らして飛び込んできた。
「大変です! 西からテバレシア軍が現れました。こちらへ向かって進軍中」
アスカが予想した通りだった。
準備期間を考えれば、一週間以上かかってもおかしくはない。
軍勢をどこから集めてきたのかは不明だが、はじめから計画されていた行動だろう。
ペンドラ侯爵は、王女であるアスカが濡れ衣を着せられ投獄されたことを口実に武力行使へ踏み切ったのである。
「数は?」
「およそ二千五百」
「少なすぎないか?」
ジャニスの言う通りだ。
一般に、攻城戦は防衛側が有利な戦いと言われている。
ところがペンドラ軍の数は、城攻めをするにしてはかなり少ない。その十倍の数がいても、ゴウマの攻略には足りないくらいだ。
「しかし、ほかは見当たりません」
「どういうことだ?」
ジャニスは首を傾げた。
そのときだった。
爆発音のような轟音とともに、窓が小刻みに振動した。
「どうした!?」
アスカたちは庭へ出て、音がした方向へ顔を向けた。
中央塔の方で煙が上がっているのが見える。
しばらくすると、茶髪の憲兵隊員が血相を変えて飛び込んできた。
細い目をした印象の薄い顔立ち、中肉中背の男性だ。年齢は二十代前半くらいだろうか。
「ちゅ、中央塔内部を何者かに破壊されました。城門も破壊されております」
「なんだと!」
憲兵隊員から報せを受けたジャニスは、大きく目を見開いている。アスカは顎に手をあてて言った。
「兵の数が少ないのは、そういうことだったのね。これなら、寡兵でゴウマを制圧できるかもしれない」
「感心してどうする! 私は中央塔の様子を見て来る。リータはここで待機」
「うん」
「わたしも行くわ。ファブレガス、あなたはセシル区長にこのことを知らせて」
中央塔や城門を破壊した工作員がいるのなら、どさくさに紛れて要人を暗殺する者が紛れ込んでいてもおかしくない。セシルが狙われる可能性もある。
「えっ? しかし……」
「ペンドラ侯爵が工作員を潜入させているなら、セシル区長も危ないわ」
しかしファブレガスは、アスカの指示に俯き逡巡する様子を見せた。
彼はアスカの護衛騎士だ。セシルを護るのは彼の役目ではない。
そして何よりも、彼は自分が側にいない間に主を失うことを恐れていた。
「行って、ファブレガス。セシル区長の安全を確保したら、中央塔で合流しましょう」
「……承知しました」
主であるアスカの指示だ。従わざるを得ない。
ファブレガスは顔を上げて、セシル区長の邸宅へ駆け出した。
「私たちも行くぞ」
ファブレガスの背中を見送っているアスカにジャニスが声をかける。アスカは頷くと、ジャニスとともに中央塔の方へ駆け出した。
「それにしても、どうやって中央塔へ入ったの?」
アスカは納得がいかない様子だ。
「セシルのほかに、親テバレシア派の区長があと二人いる。おそらくその二人が手引きしたのだろう。だが、管制室へ入るには区長のメダルが三枚必要だ。セシルがメダルを渡す筈はない。だから親テバレシア派の区長がメダルを渡したとしても、一枚足りない。管制室は無事の筈だ」
「管制室?」
「ああ。防衛の魔導具を操作する部屋だ」
アスカは、はっとして、ジャニスに尋ねた。
親テバレシア派以外の区長からもメダルを奪い、それを使って中央塔の管制室へ侵入している可能性もある。
「殺害されたエインズ区長のメダルは?」
「っ! いや、そんなバカな。憲兵隊内部に、ペンドラ侯爵の手の者がいるとでもいうのか!?」
「けれど、エインズ区長のメダルは、あなたの手元に無いのでしょう?」
セシルがファブレガスから回収したロバート区長のメダルは、セシルとジャニス立会いの下で憲兵隊による鑑識が行われ、その後ジャニスが受領した。
しかしエインズ区長のメダルは、未だ回収していない。
ゴウマでは現役の区長が死亡した場合、葬儀において区長メダルが議長へ渡される儀式がある。
死者であっても区長は市民の代表であり、区長メダルはその証。そこで創世神の下へ旅立つさい、これを議長へ託す。それがゴウマの風習だ。
そのためエインズの葬儀が終わるまでは、区長メダルはエインズの遺体とともに憲兵隊庁舎で保管されている筈だった。
けれども憲兵隊内に共犯者がいる可能性もある。
「死者から剥ぎ取るなど、まさか……」
ジャニスは悲痛な表情を浮かべた。
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