第7話 狙われたふたり
テバレシアの旗を掲げた軍勢が迫っているという報せを受けたゴウマの防衛隊と憲兵隊あわせて二千名が、戦の準備にあわただしく駆け回る。
それに混じってゴウマの市民が避難のため右往左往している。あちこちで怒号が飛び交い、女性の悲鳴や幼子の泣声も聞こえてくる。
長らく戦が無かったせいだろう。街は半ばパニック状態だった。
アスカたちは駆けまわる人々の間を縫うように走り抜け、中央塔の入口の前に辿り着いた。
視界は悪くなかったけれども、中央塔の周りは焼け焦げた匂いが漂っていた。
建造物の外観に変化は無いようだ。外壁に損傷した箇所は見当たらない。
アスカとジャニスは中央塔を見上げた。
中央塔の窓から煙が立ち上っている。
報告のとおり、内部を破壊されたようだ。
ジャニスは信じられないといった様子で、首を左右に振っている。
そんな彼女に近づく男がいた。冒険者のような身なりをしている。
ジャニスから見て左手の方。中央塔を見上げながら歩いて来た。
冒険者風の男が短剣を抜く。
アスカとジャニスが白刃の反射光に気付いたとき、冒険者風の男は短剣を振り上げジャニスに迫っていた。
「ジャニスっ!」
アスカが叫んで、ジャニスの腕を引く。
袈裟懸けに斬り下ろす刺客の刃がジャニスの左腕を掠め、彼女が着ていた上着の袖を裂いた。
ジャニスと入れ替わるようにして、アスカは刺客の前へ出た。
「カグツチ」を抜き、刺客を斬り捨てる。
「っ!」
今度は、反対側から商人風の刺客が襲いかかる。
刺客が振り下ろした短剣を「カグツチ」で受け止めるアスカ。
すかさず、刺客の脇腹に蹴撃を入れた。
刺客の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「何者だ!?」
ジャニスは、立ち上がろうとする商人風の刺客を拘束魔法で捉えた。
さらに、また左方向から現れた聖職者風の刺客。
杖に仕込んだ剣を抜く。
日頃から不殺の教えを説く者が、持っている筈のない得物だ。
聖職者風の刺客が剣を突き出す。
細く鋭利な剣先が、ジャニスに迫った。
鼓膜を突く金属音。
刺客の手から剣が消えている。
「聖職者のくせに、なんてモノ持ってるの? ふつうはメイスでしょ!」
「カグツチ」で刺客の剣を弾き飛ばしたアスカは、そう言いながら前へ踏み込んで袈裟掛けに剣を振り下ろした。
刺客の肩口から入った彼女の剣が、彼の身体を切り裂いていく。
しかし、刃は刺客の胸のあたりに達したところで、それ以上進まない。
彼は咄嗟に腕を刃の下に入れていた。金属製の腕甲がカグツチの刃を止めている。
くるりくるりと宙を舞っていた刺客の剣が、澄んだ音を響かせながら石畳の上を跳ねた。
刺客が不敵な笑みを浮べている。彼はそのまま息絶えた。
老人の姿をした四人目の刺客が、アスカの背後から襲いかかる。
「アスカ、後ろからくるぞっ!」
ジャニスが叫ぶ。
振り向いたアスカは、顔に焦りの表情を浮かべた。
エメラルドグリーンの瞳が、剣を振り上げて斬りかかろうとする刺客の姿を捉えていた。
「くっ!」
アスカは、聖職者姿の刺客から「カグツチ」を引き抜こうとする。
しかし刃が刺客の身体に深く食い込んでいて、簡単には抜くことができない。
「アスカ様っ!」
「ファブレガス!」
そこへ合流したファブレガスが、アスカに斬りかかる老人姿の刺客に体当たりした。
セシル区長は、無事、安全な場所へ退避することができたようだ。
老人姿の刺客は弾き飛ばされ、中央塔の壁に叩きつけられた。
ファブレガスは続けざまに老人姿の刺客との距離を縮め、剣を抜いて斬り捨てる。
「助かったわ、ファブレガス」
アスカは聖職者姿の刺客から剣を引き抜くと、ジャニスの方へ顔を向けた。
「ジャニス、怪我はない?」
「ああ、助かった。彼らが中央塔を襲撃したのか」
魔法で拘束された商人風の刺客を見下ろしながら、ジャニスは言った。黒光りする魔力の捕縛縄でぐるぐる巻きにされた刺客が、彼女の足元でエビのように暴れている。
ジャニスの前で、アスカも刺客を見下ろしながら頷いた。
「そして、ここへやって来たあなたを暗殺する計画だったみたいね」
すると、こちらへ駆けて寄ってくる足音がアスカの耳に入った。
憲兵隊の制服を着た男二人がこちらへ向かってくるのが見える。
どちらも、アスカが知っている男だった。
ひとりは金髪スパイキーヘアの男。キリアン憲兵隊長だ。その手には、同じ形状の金属片を放射状に繋ぎ合わせた出縁付型のメイスを持っている。
「ジャニス議長、ご無事でしたか」
キリアンとともに現れた茶髪の憲兵隊員が、そう声をかけた。
中央塔および城門の様子をジャニスの邸宅へ報せに来た男だ。
ジャニスが憲兵隊員に頷いて見せる。
それに応えるように笑みを浮かべた彼は、すぐに刺客の持ち物を探り始めた。
背後にいる人物に繋がる証拠がないか確認しているようだ。
ジャニスはキリアンの方へ顔を向けた。
「キリアン、中央塔の警備はどうなっている? なぜこうも易々と奴らの侵入を許した?」
「申し訳ありません。担当の者が警らしていた筈なのですが、彼らからの連絡も途絶えておりまして」
キリアンによれば、中央塔エリアには通常数人の憲兵が配置されているという。しかし、この付近に憲兵隊員はひとりも見当たらない。
「ヘンな話だな。襲撃を受けたのなら、誰かが憲兵隊庁舎へ報せに走る筈だ」
ジャニスは眉間に皺を寄せている。
「おっしゃる通りです」
キリアンも怪訝な表情を浮かべている。
ところが実際には、中央塔が破壊された後、キリアンとともにやって来た茶髪の憲兵隊員がジャニスの下へ報せに走った。
「ねぇ、あなたは中央塔や城門の様子をどうやって知ったの?」
アスカは商人風の刺客に身体検査を行っている茶髪の憲兵隊員に尋ねた。アスカの問いかけを背中越しに聞いていた彼の手が止まる。
「キリアン、彼の担当は?」
ジャニスがキリアンに確認した。ジャニスも気が付いたようだ。
「コイツは、憲兵隊庁舎内の勤務です」
その言葉を聞いたアスカは首を傾げた。
彼が中央塔警らの担当でないことは、キリアンの言葉から明らかだった。その男が、どうして中央塔内部を破壊されたと知ることができたのか? さらに城門が破壊されたことまで知っていた。
茶髪の憲兵隊員は沈黙している。
「待て。私らに中央塔の様子を報告したのは、この男だぞ? 巡回していたのなら分かるが、内勤の者がどうして外の様子を知っている?」
その言葉を聞いたキリアンは、目を見開いて茶髪の憲兵隊員の方へ顔を向けた。
そこへ憲兵隊員の凶刃がアスカに迫る。
刃の光に気が付いたアスカは、咄嗟に身体を横にずらした。
アスカの黒髪が数本、宙を舞う。
茶髪の憲兵隊員が短刀を薙いで、アスカに斬りつける。
「アスカ様っ!」
ファブレガスは即座に剣を抜き、憲兵隊員の腕を斬り飛ばした。短刀を握ったままの手が、鮮血を散らしながら宙を舞う。
「貴様っ! 何をしている!」
ついでキリアンが、メイスで憲兵隊員の顔面を殴打した。
茶髪の憲兵隊員は、商人風の刺客の隣に倒れ込んだ。
「アスカ、離れろっ!」
ジャニスが、足元に転がる刺客の異変に気付き叫ぶ。
商人風の刺客の身体が膨張している。
あっという間に、彼の身体は風船のように丸く膨らんだ。
「ボケっとすんな、地味王女っ!」
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