第8話 地味王女

 キリアンはメイスを投げ捨ててアスカの腕を引くと、彼女を「お姫さま抱っこ」して駆け出した。


 刺客の身体が、爆炎を上げて破裂する。


 キリアンはアスカを抱えたままダイブし、彼女を庇うようにして地面に伏せた。


 爆発音が轟き、灼熱を帯びた烈風と焔がアスカたちを襲う。

 背中と頬にジリジリした熱を感じながら、キリアンは爆風が去るのを待った。


 すぐに爆風は治まり、キリアンは顔を上げた。

 辺りは煙で視界が遮られている。いろいろなモノの焦げた匂いが、鼻腔に貼りつく。そのなかには、すごく嫌な臭いも混じっていた。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


 キリアンは、心配そうな表情で身体の下にいるアスカを見た。


「ありがとう。助かったわ」


 キリアンは瞬きした。言葉とは裏腹にアスカは、なぜか涙目で彼を睨みつけている。


「……地味王女って言った?」


「あ?」


「ひ、ヒドくない? 地味王女って、ヒドくない?」


「上から下まで黒一色コーデの女が、なに言ってやがる」


 膨れっ面をするアスカに、キリアンは呆れた様子で言った。


「は? バカね。黒はオンナを美しく見せる色なのよ。知らないの?」


 そう言ってアスカは、ツンとした表情で肩にかかる黒髪を払うような仕草をして見せた。


 そのとき、アスカたちの方へ近づいて来る足音がした。

 足音に気が付いたアスカは、視線を左に向ける。

 男性の爪先が見えた。


 焔に焼かれた匂いを纏っている。


「ア……、ア、アスカ王女……コ、コロス」


 アスカとキリアンは、声の主の方へ顔を向けた。

 アスカを襲った茶髪の憲兵隊員だった。


 全身を爆炎に焼かれボロボロになった憲兵隊の制服が、赤黒く染まっている。あちらこちらから煙も出ている。

 顔は焼け爛れ、ところどころ皮膚が剝がれ落ちていた。


 アスカたちを見下ろしながら、茶髪の憲兵隊員が薄笑いを浮かべている。


 そして手に持っていた小瓶の蓋を歯で開けると、なかの液体を口に流し込んだ。


「ヘヘヘヘ、シネ、死ね」


 大きく見開かれた左右の目が、それぞれ不規則にグルグル回転している。


 彼の身体が膨張を始めた。

 皮膚が裂け徐々に大きく深くなっていく傷口から、鮮血が噴き出す。


「させませんっ!」


 身体を膨張させていく茶髪の憲兵隊員に、ファブレガスが体当たりした。


 ファブレガスの体当たりを受けた茶髪の憲兵隊員はボールのように数メートルほど弾き飛ばされ、さらに二、三回バウンドしながら転がっていった。


 やがてパンパンに膨らんだ身体を起こし、フラフラと立ち上がった。

 彼の身体が爆炎を上げて四散する。


 大きな爆発音とともに熱風が吹き抜ける。


 アスカたちは地面に伏せ、爆風をやり過ごした。


「くそ、なんてヤツらだ。もう、いないだろうな?」


 キリアンは刺客たちの執念深さにヒキ気味だ。

 アスカは彼の身体の下からモソモソと脱出すると、立ち上がってスカートの裾に洗浄魔法をかけた。


「アスカ、大丈夫か? 怪我は無いか?」


 駆け寄ってきたジャニスが尋ねる。


「ありがとう、大丈夫よ。中央塔内部の状態が心配だわ。急ぎましょう!」


 四人は中央塔の入口へ急いだ。



 中央塔のなかへ入っていくアスカたちの背中を見送る男がいた。

 山高帽を被った黒貴族服姿の男は、中央塔広場を囲む建物の影に身を隠しながら一部始終を見ていた。


「ダメでしたか。このさい、ジャニスとアスカ王女の二人には消えてもらいたかったのですが。流石に欲張りすぎましたね」


 山高帽の男は中央塔に背を向けると、人混みのなかへと消えて行った。



 中央塔内部には煙が充満している。煙に混じって名状しがたい匂いが鼻腔に張り付く。

 ファブレガス以外の三人は煙を吸わないよう、布やハンカチで口と鼻を抑えながら中央塔内部を見回した。


 破壊を逃れた光石灯が、塔の内部を照らしている。

 アスカとジャニスは、ゴウマ中央塔内部の状態に思わず顔をそむけた。


「これは?」


「ひでぇ事しやがる。中央塔を警らしていた奴らが帰ってこなかったのはこういうことか」


 ファブレガスとキリアンは、辺りを見回している。


 それは、おそらくは憲兵隊員だったモノだろう。壁に赤い液体が点々と付着し、四散した身体の一部があちこちに転がっていた。


「彼らは、さきほどの刺客が飲んでいた薬を使われたのでしょうか?」


 ファブレガスは、足元に転がる肉塊を眺めながら言った。


「……たぶんな」


 キリアンが悔しそうに、そう答えた。そして石床に転がる頭部の前で片膝をついて腰を落とした。


「すまねぇ。なにもしてやれなかった」


 彼は目を閉じて謝罪している。


「管制室はこっちだ」


 ジャニスが塔の奥へ伸びる廊下を進んで行く。アスカとファブレガスも彼女に続こうと歩き出す。


「私は、管制室以外の様子を見てまいります」


 そう言うと、キリアンは左手に見える階段の方へ進んで行った。


「アスカ様、行きましょう」


 アスカは寂しげに揺れるキリアンの背中を見送っていたが、ファブレガスに促されジャニスの後を追った。


 しばらく歩くと管制室の入口が見えてきた。アーチ形の入口が開いた状態だ。

 ジャニスが入口の前でアスカたちを待っていた。


「ジャニス……」


 アスカはジャニスの表情を見て、アーチ形の扉がジャニスの持つ議長メダルで開けられたものでないと察した。


 中央塔管制室のなかは、明かりがなく薄暗い。光石灯が破壊されたようだ。

 アスカとジャニスは光属性魔法「ルミエル」を使用した。


 魔力でつくられた光が広がり、中央塔管制室のなかを照らし出す。


 アスカたちの目に飛び込んできたのは、絶望的な惨状だった。


 黒く焼け焦げた身体の一部が石床の上に転がっている。各部位の数からすると、おそらく二、三人のものと思われる。


「なんということだ……」


 ジャニスの瞳が揺れている。

 彼女は管制室への侵入はないと考えていた。いくら親テバレシア派の区長とはいえゴウマの人間だ。市民を危険に晒すような行為はしないものと信じていた。


 そんな彼女の想いは、最悪のかたちで裏切られた。


 管制室の中央付近に、数体の白い石像が立っている。ゴウマに伝わる伝説の賢者たちをモチーフにした石像だ。

 半円状に並んで巨大な石板を囲んでいる。


 石板は血に塗れ、真っ二つに叩き割られていた。


 賢者たちの像も、首が無かったり、肩から先の腕が無かったり、足首から上が無い石像もある。床に白い瓦礫と化した首や腕が、人の身体の一部とともに散乱している。

 火属性の攻撃魔法で破壊されたのか、黒く焼け焦げた箇所もあった。


「これでは、ゴウマが……」


 ジャニスは悲壮な表情で首を左右に振っている。


 城塞都市ゴウマの防衛システムをコントロールする魔導具は、すぐには修復できないほど破壊されていた。

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