第9話 囚われの天使
管制室の惨状を目にしたジャニスが、がっくりと肩を落として膝から崩れ落ちる。
破壊された魔導具を前に落胆するジャニスに対し、アスカの瞳は別のモノを捉えていた。
「あの奥にあるモノは何? ずいぶん大きな石像みたいだけれど」
賢者たちの像が並ぶさらに奥、大きな円形の台座に両膝を付いた巨大な白い石像がある。台座の高さは三メートルくらい、石像は五メートルほどあるだろうか。
アスカは息を呑んで、その石像を凝視した。
瞳を閉じて笑みをたたえる幼さの残る顔。頭部には羊のような二本の角。背中に翼があり、両腕を塔の上から吊られた二本の太い鎖で繋がれている。
「天使……でしょうか?」
アスカの背後で石像を見上げているファブレガスが呟いた。
それはまるで巨大な天使が、中央塔のなかに囚われているかのような姿だった。
損傷箇所は見当たらない。時間がなかったのか、破壊できなかったのか分からないけれど、こちらは無事のようだ。
「あれは、魔導具の本体だ。起動するには鍵が必要だ」
アスカの隣に立ったジャニスが、石像を見上げながら説明する。
「本体? これが?」
「ああ、我々が普段動かしているのは、子機なのだ。本体の方は、この城の設計者、魔導士バーリンによると、城の主だけが持つ鍵があれば起動するそうだ。もっとも、起動したという記録は残っていない」
「鍵?」
アスカは、ジャニスが持つメダルに視線を移す。
ジャニスは目を閉じた。
「だが、肝心の鍵の行方が判っていない」
議長メダルとは別に、本体を起動する鍵があるらしい。
破壊された子機の方ならば、主から代行権限を与えられた者が操作できるという。ずいぶん長い間、代行者が子機を動かしてきたそうだ。
代行権限はゴウマの議長にあり、現在は、ジャニスがその権限を持つ。
アスカが本体に近づいていく。その後にファブレガスも続く。
ふたりは大理石で造られた台座に、細く縦長の形をした鍵穴らしきものを見つけた。長さは七センチから十センチくらいだろうか。
その鍵穴らしき穴の下に、
『炎剣をもって鍵となせ。汝が正統なる者なれば、その魔力をもって我は目覚めん』
と彫られた金属板が取り付けられている。
「アスカ様、これは……」
ファブレガスがアスカに顔を向けると、彼女は佩刀に視線を落とした。
フランベルジュ「カグツチ」を抜いて、その波打つ刀身を見詰める。
はっとした表情をして、アスカはジャニスの方へ顔を向けた。
「フランベルジュ」とは、炎を意味する言葉だ。
「よせ、何をする気だ? おいっ!」
アスカは止めようとするジャニスに構わず、カグツチを穴に差し込む。
何の抵抗も感じない。アスカはカグツチをさらに奥へと押し込んだ。
アスカが魔力循環を高める。ミディアムストレートの黒髪が、ふわりと浮かぶ。アスカの全身から魔力が湧き上がるように立ち昇る。
「カグツチ」に魔力を流すと、台座の表面が光を放ち始めた。
台座の放つ光が、まるで巨大な石像をライトアップしているようだ。
ジャニスが驚愕の表情で、その様子を見ている。
「いっけえぇぇ!」
さらにアスカは叩きつけるように魔力を流す。すると、本体の台座から半透明の薄い光の膜があらわれた。
光の膜は花弁のような形状で、台座から放射状に数十枚ほど伸びている。石像を囲むように並ぶ魔力の花弁。上から見れば、まるで蓮の花が咲いたように見えるだろう。
やがて蓮の花が閉じるように、魔力の花弁が石像を包み込む。
球状の光の膜に包みこまれた天使の石像。
二百年のときを越えて、「防衛の魔導具」が長い眠りから目を覚ます。
「ふわあぁぁ、おはようございますなの。ヌシ様、なにか御用なの?」
口を半開きにする三人。
緊迫した状況にそぐわぬ少し幼い女性的な音声。
石像の目は、閉じられたままだ。口も動いていない。
けれども、まるでアスカたちを見下ろしているようだ。
「しゃ、喋った?」
ジャニスは、目を丸くしている。
魔導具本体が起動したばかりか、喋り出したのだから無理もない。
「あなたは、誰?」
石像を見上げながら、アスカは尋ねた。
ゴウマ本体がアスカに答える。
「あら? ヌシ様は、わたくしをご存じないみたいなの。では、では、はじめましてなの。わたくしは、『ゴウマ』。この城を護る魔導具なの」
「『ゴウマ』というのね。わたしはアスカ。よろしくね」
アスカは天使の石像を見上げながら、スカートの端を摘まんでカーテシーした。
ジャニスの言う通り、防衛の魔導具「ゴウマ」本体が起動したという記録は残っていない。魔導士バーリンの死後、「鍵」は行方も分からず、鍵を持つ「主」も現れなかったからだ。
本体の鍵は、アスカが持っていた。それは彼女の佩刀「カグツチ」だった。
ジャニスは驚愕のあまり、掴みかからんばかりの勢いでアスカに詰め寄った。
「おい、どういうことだ!? こんなの聞いてないぞ! コイツは、いったい何なんだ!?」
ジャニスはゴウマを指さしながら、アスカに食ってかかる。
予期せぬ事態に取り乱しているのだろうか。なぜか、すこしキレ気味だ。
ファブレガスは、ふたりを交互に見ている。
「落ち着いて、ジャニス。わたしもよく分からないわ」
「……そういや、お前は、『サンタンデル』だったな。そうか、あの話は本当だったのか」
とジャニスは勝手にキレておいて、勝手に納得している。
そんな彼女の様子を、もはや手に余ると見たアスカはゴウマを見上げた。
「ええと、いろいろツッコみたいことがあるけれど、後でいいわ。『ゴウマ』、今この城に敵の軍勢が迫ってるの。わかる?」
「……テバレシア軍二千五百二十三人。城門到達まで一時間四分なの」
「そうなのね。その敵から、この城を護りなさい」
「お安い御用なの、ヌシ様。……ただ、魔導砲の準備と防御壁の展開に少し時間がかかりそうなの。わたくし、かなり長い間眠っていたみたいなの」
「わかったわ。わたしが時間を稼ぐから、可能な限り速やかにお願い」
「はーい。あ、そうそうゴーレム兵三体なら、今すぐ起動できるの」
「ゴーレム兵? そんな兵器まであったのか!?」
ジャニスにとっては、まさかの新事実である。
この城の兵器といえば、城壁に配備されている「魔導砲」、そして「防御壁」しかないものと彼女は思っていた。
「使う?」
「お願い」
アスカが頷く。すると中央塔全体が振動し始めた。
「中央塔配備のゴーレム兵三体、城壁配備の魔導砲、城塞防御壁、指揮権をお父さまからヌシ様に変更。続いてレンジャー・レッド、レンジャー・カーマイン、レンジャー・ルージュ起動」
管制塔内部に駆動音が響き渡る。大きな歯車のようなものが動き出したような音だ。その音とともにゴウマ本体が振動している。
ゴウマ本体の台座にある、アーチ形をした上下開閉式スライド扉がゆっくりと上がっていく。高さは約二メートル。幅約二メートルほどの間口だ。
扉が上へスライドするにつれ、漏れ出したグリーンの光が管制塔内部に広がってゆく。
やがて扉が全開となり、眩い光のなかに三つのシルエットが浮かんだ。
光を背にした人型ゴーレムの影が、こちらへ向かって来る。
彼らの影がアスカたちの足元で左右に揺れていた。
足音らしき重低音が管制室内に響く。
そしてグリーンの光のなかから、三体のゴーレムが姿を現した。
「小っさ!」
ゴーレムたちを見るなり、ジャニスが声を上げる。
体長は六十センチくらい、重量不明。角を取った立方体、直方体のブロックを重ねて人型に組み立てたカンジだ。全体的に丸みを帯びたフォルム。全身、赤系統の色で塗装されている。
ゴーレムたちは、ひょこひょことした足取りでアスカの方へ歩いてきた。
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