第10話 迫る軍勢

「か、かわいい!」


 アスカの第一声は、ジャニスと対照的だった。エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて、三体の赤いゴーレムたちを見詰めている。


 ゴーレムたちが、アスカの前で横一列になって跪く。


「……どれも同じに見えるのだが」


 ゴーレムたちを見ながら、ジャニスは顔を顰めた。


「そう? このコがレッドでしょ」


 アスカが左端のゴーレムを指さして名前を呼ぶ。そのゴーレムが右手を上げた。


「で、このコがルージュ、そしてこのコはカーマインよね?」


 アスカには見分けがつくらしい。

 アスカから見て左端がレッド、真ん中がルージュ、右端がカーマインだという。


「どうちがうんだ?」


 ジャニスはゴーレムたちをまじまじと見ながら、顎に手を当てて首を傾げている。


「このコたちなら、外の敵を足止めするくらいはできるの。ただ、あまり長い時間はムリなの。それから魔導砲と防御壁は、準備ができたらお知らせするの」


「ありがとう、ゴウマ」


 アスカはゴウマを見上げてそう言うと、ふたたびゴーレムたちの方へ顔を向けた。


「レッド」


 アスカが呼ぶと、右端のゴーレムがぴょこっと立ち上がる。


「ルージュ」


 つぎに左端のゴーレムが、すくっと立ち上がる。


「カーマイン」


 最後に真ん中のゴーレムが、ビシッと立ち上がった。


「……おい、さっきと変わってないか?」


 ジャニスが指摘したとおり、左端がレッド、真ん中がルージュ、右端がカーマインだったハズである。


「みんな、行くわよ!」


 アスカが中央塔の出入り口へ向かって歩きはじめると、ゴーレムたちも縦一列に整列して、彼女の後に続いた。

 管制室を出て行くアスカとゴーレムを眺めていたジャニスは、人差し指で頭を掻きながら管制室の出入り口へ向かって歩き出した。


 中央塔の外は、相変わらず憲兵隊と防衛隊があわただしく駆け回っていた。


「テバレシア軍は西から進軍して来ている。我々は城門へ向かい、戦闘準備にかかる。急げ!」


 武装した憲兵隊員たちが、中央塔から出てきたアスカたちの前を通り過ぎ、城門へ向かって駆けて行った。


 それに続くように、アスカたちもゴウマ西門へ向かって速足で歩き出した。


「時間を稼ぐと言ったな。今度は、なにをするつもりだ?」


 アスカに追いついたジャニスが尋ねた。アスカは歩きながらジャニスの方へ振り返る。


「外にいるのは、ペンドラ侯爵の兵でしょ? わたしが姿を見せたら、どうなると思う?」


「どうなるんだ?」


「驚くと思うわ」


「は? 何を言っている!?」


 アスカは構わず、隣に立つファブレガスへ顔を向けた。


「ファブレガス」


「はっ」


「わたしが指示したら出撃して。城外でペンドラ軍の足止めを。でも、兵は殺しちゃダメよ」


 敵とはいえ、死者が出るとどうしても怨恨が残る。結果、復讐の連鎖が起きる可能性もある。ゴウマの自治を維持し、協力体制を作りたいアスカにとっては、できるだけ避けたい事態だった。


 とはいえ、なかなかのムチャぶりだ。


「が、頑張ります」


 どこまでも健気なホネである。


 ファブレガスの返事にアスカは頷くと、後ろに並ぶゴーレムたちへ顔を向けた。

 三体のゴーレムたちもアスカを見上げた。


「レッド、ルージュ、カーマインは、ファブレガスの援護を」


 三体のゴーレムが駆け足用意の体勢で、ファブレガスの後ろに並び直す。その様子を見たアスカは笑みを溢すと、視線を城門へ向けた。


 ゴウマの城は橋梁式の城門である。橋梁を上げて蓋をするように城門を閉じる形のものだ。

 その橋梁が上がっていない。


「スイングロッドを破壊されたのか……」


 ジャニスの顔に焦りの色が見える。


 スイングロッドというのは、橋梁型の城門を開閉するさいに用いる稼働装置だ。城門の上の左右に梁を通し橋梁と鎖でつないでいる。


 これをペンドラ侯爵の工作員が破壊したために、城門を閉じることができないようだ。


「では、アスカ様、私は先に」


 ファブレガスの言葉を聞いたアスカは、軽く握った拳を胸にあてて目を閉じた。


「ファブレガスと小さなゴーレムたちに、創世神さまのご加護があらんことを」


「ありがとうございます。アスカ様に創世神のご加護があらんことを」


 ファブレガスとゴーレムは右手を左胸に当て恭しく礼をすると、城門へ向かって駆け出した。

 アスカは離れて行くファブレガスたちの背中を見詰めていた。


「アスカ、私たちも急ごう」


 ジャニスがアスカに声をかける。アスカは頷くと、城門の方へ歩き出した。


 🌹


 ――ゴウマ近くに位置する小高い丘の上。


 青々とした樹木に覆われたこの丘は、二百年前、テバレシア王国の剣聖王ルリが城塞都市ゴウマを攻略するさいに本陣を構えたと伝わる。


 黒い山高帽の男が、手頃な石の上に足を組んで腰かけている。「視力強化」を使いペンドラ軍とゴウマの動きを見ていた。


 視力強化は、視力を上昇させる身体強化魔法の一種だ。通常の肉眼では見えないモノを見るときに使用する。遠方の様子を知るのに便利だが、繊細な魔力操作が必要で使い手は少ない。


「中央塔管制室と城門の破壊。ここまでお膳立てをして差し上げたのです。是非、ペンドラ軍にはゴウマを落としていただかなくては」


 黒い山高帽の男は、不敵な笑みを浮かべた。しかしすぐに彼の顔から、その笑みが消える。

 彼の背後で何者かが、ざわざわとしたただならぬ殺気を放っていたからだ。


 周囲の樹々の枝で羽を休めていた小鳥たちが、一斉に飛び立つ。

 

 黒い山高帽の男のこめかみを冷たい汗が伝う。


「ずいぶん、ハデに暴れたようで。ですが、ウチの姫様に手を出したのは失敗でしたねェ」

 

 すこし甲高い男の声。

 凄まじい殺気を放ちながら近づいて来る。

 黒い山高帽の男は微動だにできない。少しでも動けば、背後の男に殺される。


 だが黒い山高帽の男は、その殺気と声に覚えがあった。


「ガ、ガリアン・グレイ!? 貴男、生きていたのですか!」


――ガリアン・グレイ。

 『狂猿』の二つ名で知られた戦士である。今は亡きアスカの母、テバレシア王国第二王妃クラウディアの護衛を勤めていたが、十年ほど前に姿を消した。逃亡したとも死亡したとも言われている。


「おおぅ? ワタシをご存知だったとは」


 つぎの瞬間、黒い山高帽の男は前方へ跳んだ。彼の背中に熱いものが走る。

 前転して振り返ったが、そこにガリアン・グレイの姿はない。


 気配を感じて視線を上げる。

 目に飛び込んできたのは、紺のローブを纏った小兵の男の姿。猿のごとく跳躍し木漏れ日を背に襲いかかってきた。


 黒い山高帽の男は、咄嗟に後方へ跳んで回避する。

 しかし、振り下ろされた刃に額の皮を斬られていた。


 最初の攻撃で背中を斬られ、血に塗れたシャツがべったりと身体に張り付いている。


「っ! このイカレ猿が……」


 黒い山高帽の男が、ガリアンを睨む。


 ガリアンは、着地したその足で地面を蹴った。一直線に黒い山高帽の男との距離を詰める。

 その両手に握られている武器は「カタール」という両刃の短剣。H字型の握りをしており、刀身が拳の先に来るような作りになっている。


 右のカタールの切っ先が、黒い山高帽の男に迫る。


 黒い山高帽の男は、左の腕甲で下から跳ね上げるようにしてガリアンの攻撃を受け流した。

 ついで右手でガリアンの腹部に魔力弾を撃ち込む。

 しかし、魔力弾は瞬時に霧散した。


「フフフ、効きませんねェ」


「くっ!」


 口角を上げるガリアンに対し、黒い山高帽の男の顔には焦りの色が浮かんでいる。


「特異体質でねェ」


 黒山高帽の男は、すぐさま後方へ跳んで距離を取った。


「ええ、知っていましたよ。貴方には魔力弾は効かないと。興味があったので、試してみたのです」


 樹を背にした彼は、そう言って口角を上げた。

 すると黒い山高帽の男の背後から、黒装束に身を包む黒覆面の男たちが現れた。黒装束の男たちがガリアンに襲いかかる。


「っ!」


 ガリアンは黒装束の男たちを相手に応戦する。


「では、私はこの辺で。ごゆっくり」


 そう言うと、黒い山高帽の男はガリアンに向かってボウ・アンド・スクレープをした。


 黒い山高帽の男が森のなかへ姿を消した後、しばらくしてガリアンと戦っていた黒装束の男たちの姿もフッと消え失せた。


 ガリアンはカタールを構えて周囲を見回す。

 辺りに人の気配はない。


「逃げられましたか……」


 ガリアン・グレイは構えを解いて、城塞都市ゴウマの方へ顔を向けた。


「あとは、姫様にお任せデスねェ」


 そう言って、ガリアンは空を見上げる。


「ひいさま。見ておられマスか? アノ姫様が、ゴウマの『主』になりマスよ」

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