第三章 魔導都市の主
第1話 区長メダル
一方、アスカが連行された後、
「弱りましたね。捜索活動はあまり得意ではありません。くわえて、この姿ですからね」
そうは言うものの、いつまでも置物のフリをしているワケにはいかない。
とりあえず、部屋のなかをうろうろしている。
凄惨な遺体の状況に反して、部屋のなかは争った形跡はなかった。
テーブルや椅子が倒れているとか、物が壊されているといったこともない。
掃除も行き届いているのか、小綺麗な部屋だ。
窓から月明かりが差し込んで、室内を青白く照らしている。
「うん?」
ファブレガスは部屋の隅にキラリと光るモノを発見した。
手に取ってみる。
なにかのメダルのようだった。
「これは?」
ファブレガスが発見したメダルは、ゴウマの区長だけが持つことを許されるもの。
首から下げるメダルだが、鎖が切れて落ちたようだ。
表には青い魔石が嵌め込まれ、裏には蛇の図柄が彫り込まれている。
メダルの両面に血液と指紋が残されていた。
「ふむ」
朝日が昇っても、ファブレガスは、ほかに真犯人につながる手掛かりがないかと部屋のなかを隈なく捜索していた。
チェストの引出しを漁り、テーブルの下を覗き込んだり、灰まみれになりながら暖炉のなかを探ったり。
真犯人が残したわずかな痕跡も見逃すまいと、必死に捜索を続けた。
その甲斐あってか、もうひとつ物証になりそうなものを発見した。
赤い蝋の破片だ。
スタンプの痕があることから、おそらくシーリングワックスの破片だろう。
掃除の行き届いた部屋に、この破片だけが落ちていたのだ。
犯人か被害者が、ここで封蝋を解いたことになる。
おそらく、封印された書類を開けて中身を確認したのだ。
それにしてもエインズは、この部屋をどのような目的で利用していたのだろうか?
間取りは極めてシンプル。
テラスがあるだけで、ほかに部屋は無い。
ベッドも置かれていない。
床にワインレッドの絨毯が敷かれ、重厚な一枚板の丸いテーブルと植物の意匠が彫り込まれた椅子が二脚置かれている。
その他は部屋の壁際にチェストが三つほど並んでいるだけだ。
「来客用の部屋というワケではなさそうですね。どちらかというと、休息をとるための部屋のような?」
暖炉と反対側の棚のなかには、数本の酒とグラスが二つ置かれていた。
暖炉の上に、駒を並べたチェス盤がおかれている。
盤上の駒たちが次の一手を待っていた。
「グラスが二つ。ゲーム途中のチェス盤。普段はごく親しい友人だけが、ここへ来るようですね」
アスカがこの部屋へ呼ばれたのは、極秘会談だったからだろう。
そういえばエインズの死顔は、笑みを浮かべた安らかな表情だった。被害者とは思えないほどに。そして、ひとすじの涙のあと。
「エインズ区長には、殺して欲しいほど苦しいことがあった?」
犯人にとっては、どうだろう?
エインズの遺体には、十数箇所におよぶ刺し傷が残されていた。
「あのように何度も刃物で刺すのは、絶対に起き上がって欲しくないという心理が働いていると聞いたことがありますね」
被害者と加害者が近しい関係にある場合、加害者が被害者に憎しみの感情を持っている場合、そして、被害者が加害者の秘密を知っている場合……。
「エインズの裏切り、あるいはエインズが真犯人についてなんらかの秘密を掴んだ」
しかし、前者の場合ならば、エインズの死に顔があのようになる筈がない。
エインズに自覚なく、真犯人から殺意を持たれるほど憎まれていた場合も同様だ。
「すると、後者なのでしょうか? エインズは真犯人にとって、致命的な秘密を知った」
おそらく、秘密を知っただけではない。エインズの胸に秘めておく、ということなら事件は起きない。
「エインズは、それを公表すると真犯人に告げた」
あるいは、エインズが真犯人を脅迫したということも考えられる。
けれどもエインズの死に顔が、それを否定する。
ファブレガスは、手を広げてシーリングワックスの破片を見詰めた。
「もしかすると、その証拠となる書類が、この部屋にあったのかもしれません」
不意に人の気配がした。誰かが部屋へ近づいて来る。
ファブレガスは、カーテンの裏に潜んで様子をうかがった。
やがて、赤茶けた頭髪に丸みを帯びた四角い顔の男が部屋の扉をそっと開けて入ってきた。
何度も後ろを振り返って、しきりに周囲を気にしている。
彼はエインズの遺体が横たわっていた場所に来ると、床に這い蹲って何やら必死に探し始めた。
――『犯人は現場に舞い戻る』ですか。なんともベタな展開になりましたね。ここで仕留めてしまいましょう。
ファブレガスが、カーテンの裏から姿を見せる。
「探し物は、なんですか? 見つけにくいモノですか?」
ファブレガスの声に男の身体が跳ねる。
振り返った男はそこに立つ骸骨の姿に大きく目を見開き、腰を抜かすほど驚愕する。
「ひ、ひいいいいぃっ!」
奇声を上げてそのまま気を失った男は、夢のなかへと行ってしまった。
🌹
男は、区長メダルを紛失したことに気が付き焦っていた。
鞄のなかを、机のなかを探したけれど見つからなかった。そして、この部屋へとやってきた。まだまだ、探す気である。
うろうろと部屋のなかを探す。
チェストの中を、テーブルの下を。灰を被り真っ黒になりながら暖炉のなかも探した。絨毯を剥がし、床を這うように区長メダルを探す。
「探し物はこれかい? ロバート」
そう、男の名はロバート。憲兵隊出身の区長である。アスカがエインズを殺害したと虚偽の証言をした人物だ。
聞き覚えのある声に、ロバートは四つん這いの状態のまま振り返った。
血塗れのエインズが彼を見下ろしている。
ロバートの目の前で、血に塗れた彼の区長メダルが左右に揺れる。
ロバートは視線をエインズに向けた。
エインズは、薄笑いを浮かべてロバートを見ている。
ロバートは冷や汗を流しながら、ゆっくりと首を左右に振った。
「お、お前が悪いのだ。あんな事を言うから……。どうして、どうして、見ないふりをしてくれなかった? そればかりか議会で公表するなどとっ!」
ロバートは、大声でエインズを罵った。
笑みを浮かべるエインズの顔から、とめどなく血が流れ床に滴る。
「あ、ああ、ああああ……」
エインズの顔の肉が腐れて剥がれ落ち、眼球が転がり落ちて骸骨の姿に変わる。
「ひ、ひいいいいぃっ!」
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