第14話 ペンドラ侯爵の計画

 どうやら、エインズ殺害の罪を着せて密かにアスカを消したい人物が、憲兵隊関係者のなかにいるらしい。


 アスカはジャニスが置いて行った羊皮紙の紙片を見詰めながら、後ろ向きに歩いてベッドに腰を下ろした。


「まぁ、一番怪しいのは、ロバートという区長よね」


 傍らに羊皮紙の紙片を置いて、革袋のなかへ手を入れる。干し肉を一切れ取り出した。

 アスカの手のひらサイズ。わりと大きめの干し肉だ。繊維が細く滑らかな質感。


「シカ系の肉かしら? 背中に近い部位よね?」


 武芸の鍛錬がてら森で狩りをしてきたアスカは、骨はもちろん肉を見れば獣の種類を見分けることができる。


 その彼女でさえ、あまり見たことのない肉だった。


 ひとくち齧り、天井を見ながら咀嚼する。


 口の中に広がる肉の味と香りに、彼女は大きく目を見開いた。


「ほわぁ、美味しい! なにこれ」


 それからアスカは、監視役の憲兵フランコにラノベを持ってくるようねだり、それを読みながらベッドでゴロゴロして過ごした。


 その間に食事も出されたが、アスカは見向きもしなかった。

 ヒレカツ丼が出たこともなかった。


 ラノベを読み耽っていると、また足音が近づいて来るのに気が付いた。

 今度は二人とも男性のようだ。


 部屋へ入ってきたのは、憲兵と裾に金糸の刺繍をした白いローブを纏った男。

 

 白いローブは、ゴウマの区長に与えられるものだという。年齢は三十代前半くらいだろうか。

 水色の銀髪にスカイブルーの瞳、やや華奢な印象を受ける男だ。身長は180センチくらいある。


 白いローブを纏った男を案内した憲兵は、会釈をして部屋を後にした。


「思っていたより、面会者が多いのね」


 アスカはベッドの上に寝転んで、ラノベのページを捲りながら言った。

 テーブルの上に、食事がおかれたままになっている。


 男は手つかずの食事を一瞥すると、アスカの方へ顔を向けた。


「ここは貴人用の牢です。食事も一般牢のモノよりは味は良いですよ?」


 水色銀髪の男性が、ベッドの上で寝転がっているアスカに笑みを向ける。

 アスカは、ラノベを読みながら答えた。


「そうなの? じゃあ、貴男にあげるわ。ひとくちで、創世神様の下へ旅立てるんじゃない?」


 水色銀髪の男性は苦笑した。


「私はセシル。ゴウマの区長のひとりです。日頃から、テバレシアのペンドラ侯爵とは懇意にさせていただいております」


 アスカは文字を追うのを止め、セシルの方へ顔を向けた。


 ペンドラ侯爵と繋がっているのは、このセシルという区長だったらしい。

 アスカはラノベを閉じてベッドから起き上がり、セシル区長の前に歩み出た。


「あら、ご丁寧に。テバレシア王国王女アスカです」


 そう言って王族スマイルを作ると、彼女は優雅にカーテシーをして見せた。


「それにしても、厄介な事件に巻き込まれたものですね」


 セシルの言葉を聞きながら、アスカはベッドに腰かける。


「まったくね。それはそうと、ペンドラ侯爵は貴男がいるからゴウマの支配に自信を持っていたのね」


 アスカがセシルの方へ顔を向ける。


 アスカの言葉を聞いたセシルは、俯き加減になり視線を逸らした。

 アスカが、彼の様子をじっと窺っている。


 彼女の視線に気が付いたのか、セシルは視線をアスカに戻して話題を変えた。

 

「それで、貴女はどうされるのですか? 区長殺害は重罪。ゴウマ市民ならば追放で済むこともあります。しかし、貴女は市民ではない。このまま罪が確定すれば、市中引き回しのうえ、市民の前で絞首刑となるでしょう」


「容赦ないわね」


「エインズ区長は、市民に大変人気のあった政治家でしたから」


「ねぇ、ペンドラ侯爵は、わたしを助ける気はないのかしら?」


 セシルは、首を左右に振った。


「残念ですが、それはないでしょう。彼はおそらく、貴女を見殺しにします」


「そう……」


 セシルは、部屋の入口付近に立つフランコとガルシアの方へ顔を向けた。


「ここからは国家機密に関わる話になる。キミ達が聞いてはならない話だ。外してくれないかな」


 フランコとガルシアは顔を見合わせていたが、軽く会釈すると外へ出て行った。

 ふたりが退室したのを確認したセシルは、小声で話し始めた。


「現在、市民の間で反テバレシア感情がかつてなく高まっており、手が付けられない状況です。ペンドラ候も計画の変更を余儀なくされるでしょう」


「それで?」


「おそらく我々に貴女を処刑させ、それを口実に武力制圧をするつもりかと」


 ペンドラ侯爵にとっては、ゴウマの支配と同時にアスカという邪魔な存在を消すことができる。武力制圧は少々強引だが、それでも利はある。


「武力制圧っていうけれど、そんなことできるのかしら?」


 かつて、魔導士バーリンが制作した魔導具で十万の軍勢を退けたという城だ。ペンドラ侯爵の私兵がいくら強くても、正攻法では撃退されてしまうだろう。


 首を左右に振るセシル。


「そこまでは分かりません。軍事作戦に関して、私は何も聞かされていないので」


 アスカは宙を見上げて、ため息を吐いた。


「ホント、イヤらしい慎重さよね。つまり、貴男も利用されているだけ。戦いの最中に貴男が命を落としても構わないんだわ」


 セシルは押し黙った。

 アスカの言う通りだろう。最悪、どさくさに紛れてセシルを殺害するつもりかもしれない。


 そうでなければ、セシルが身の安全を図ることができるように軍事作戦の内容を教えていた筈だ。あるいは、密かにセシルをゴウマの外へ逃がす手立てを指示しただろう。


 結局のところ、ペンドラ侯爵はゴウマの人間を信用していないのだ。


 アスカは、そんなセシルの表情をじっと観察していた。


 彼の顔に怒りの色は見られない。失望してるわけでもない。

 セシルの方も、彼なりに理由があってペンドラ侯爵と繋がっていたようだ。


「ねぇ、貴男、どうしてここへ来たの?」


 アスカは笑みを浮かべながら、こてりと首を傾げた。


 彼がアスカに伝えたことは、このままでは処刑されてしまうこと、そしてペンドラ侯爵の対ゴウマ工作が変更され、武力制圧に舵を切る可能性が高いことである。


 いずれも、アスカに伝える必要のない情報だ。


 セシルはアスカの前で跪き、顔を上げた。


「アスカ様、私と手を組みませんか?」


「ふふっ。わたしたちって、気が合うのかしら? わたしも、そう思ったところよ」


 アスカはセシルの手を取って、笑みを深めた。

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