第13話 黒ばら王女の牢屋ライフ
取り調べの後、アスカは憲兵隊庁舎別棟にある牢に入れられることになった。まだしばらくは取り調べが続くようだ。
その後は、ゴウマ議会から選任された三~五名の判事による裁判が行われるという。
アスカが入った牢は、憲兵隊庁舎別棟の二階にある貴人用の牢である。手狭ではあるが個室だ。一般牢には無いベッドやトイレ、机なども置かれている。
出入口の扉はひとつだけ。
カーテンの無い窓には鉄格子が嵌め込まれている。
出入り口には監視役の男性憲兵が二人配置され、絶えずアスカの動きを目で追っている。
アスカは監視役を女性にするようキリアンに訴えたが却下された。
「お前の国と違って、取り調べ中の被疑者に手を出すようなクズは、ここにはいねえよ。あ? 着替えを見られるだと? それくらい我慢しろや」
アスカは憮然とした表情で脚を組んで椅子に腰かけ、テーブルに頬杖をつきながら監視役の憲兵たちを睨んでいた。
「あなたたち、お名前をうかがってもいいかしら?」
アスカが声をかけると、ふたりの憲兵は顔を見合わせた。
どちらも、まだ若い憲兵のようだ。
「名前! その辺に転がってる石じゃないんだから、名前くらいあるでしょう?」
アスカの声に、ふたりの憲兵たちの肩が跳ねる。
慌てて姿勢を正し、靴の踵を合わせてアスカに答えた。
「ゴウマ憲兵隊第三警備隊所属、フランコといいます!」
「ガ、ガルシアっす!」
アスカは彼らの前に立つと、スカートの端を摘まんでカーテシーをして見せた。
「テバレシア王国王女アスカ・テバレスです。お世話になります」
アスカはガルシアの制服に目を止めた。制服の第一ボタンが取れかかっている。
「ガルシア、制服のボタンが取れそうだわ」
「えっ!?」
「あ、ホントですね。ガルシア、すぐ直さないと、また小隊長に殴られるよ」
「う、う、どうしよう……」
狼狽えるガルシアの様子を見ながら、アスカはため息を吐いて腕組みした。
「フランコ、お裁縫道具を借りてきなさい」
アスカの言葉を聞いたフランコは瞬きしたが、すぐに首を左右に振った。
「針やハサミは武器になります。認められません」
しかし、アスカは譲らない。
「は? あなたは、か弱い女の子に後れを取るほどボンクラなの?」
仁王立ちのアスカは左手を腰に当て、ビシッと右手の人差し指の先をフランコに向けている。
十七歳の女の子とは思えない、迫力のある視線が彼を射抜く。
しかし、か弱いというのは、どうだろう?
アスカなら針一本で、彼らを瞬殺できるかもしれない。
アスカの眼力に圧されたフランコは、一、二歩後退りした。
彼の隣でガルシアは、フランコとアスカを交互に見ている。
あえなくアスカの圧に屈したフランコは、仕方なさそうに部屋を後にした。
🌹
「それにしてもロバートという区長は、いったい何を考えているのかしら?」
ガルシアの制服のボタンを縫い付けながら、アスカはそう呟いた。
あと少しで終わるようだ。
「ロバート区長が何か?」
部屋の入口付近に立つフランコが尋ねた。
アスカは区長殺害の容疑者。気を許し過ぎである。
「彼は、わたしがエインズ区長を殺したところ見たと証言したの。彼は嘘をついている。でも、なぜそんなことをしたのかしら?」
そう言いながら、アスカはハサミで糸を切った。
「ジ、自分は、エインズ区長を殺したのはアスカ様じゃないと思っているっす」
アスカがガルシアに制服の上着を渡すと、ガルシアがそう口を開いた。
「お、おい、ガルシア。やめろって!」
慌てたようにフランコがガルシアを止める。
アスカは首を傾げた。
「あら、どうして?」
するとガルシアはアスカに近づいて、くんか、くんかと鼻をひくひくさせた。
まさかの行動に、アスカは一歩後退りする。
「アスカ様からは、なんだかいい匂いがするッス」
なんか、ヘンタイ染みたことを言い出した!
「えっ!?」
「ああ……」
アスカは思わず二の腕を鼻に近づけ、身体に着いた自分の匂いを確認した。
フランコは額に手を当てて、ため息を吐いている。
「自分は、そいつが犯人なのかどうか、匂いで分かるッス」
「匂い?」
アスカは襟元に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。
ガルシアによれば、独特の「嗅覚」があるらしい。
犯罪者かどうかを嗅ぎ分けることができるという。
スキルのひとつだろうか?
もちろん、アスカはそんなスキルの存在を聞いたこともない。
「あははは、こいつ頭オカシイんですよ。気にしないでください」
「フランコ、アスカ様は絶対犯人じゃないッス! フランコには分からないッスか?」
くんか、くんかと鼻をひくひくさせるガルシア。
「はあぁ……、ホントにいい匂いがするッスぅぅ」
アスカとフランコは、なんとも言えない表情をして顔を見合わせた。
🌹
翌日の朝。
アスカはベッドに寝転がって、天井を眺めていた。
窓から朝日が差し込み、部屋のなかを青く照らしていた。
入口のドアの側では、フランコが眠そうな目を擦って立っている。
ガルシアは別室で仮眠中である。昨夜は交代で監視していたようだ。
アスカは物音に気付き、入口へ視線を向けた。
監視役の憲兵フランコも、外の様子を気にしている。
こちらへ足音が近づいてくる。
おそらく二人。靴の音からすると、ひとりは女性らしい。
やがて憲兵と女性が部屋へ入ってきた。
「あなたは……」
アスカはベッドから起き上がった。
「これが、テバレシアのやり方か?」
現れたのは、ゴウマ議長ジャニス。
エインズ区長殺害の報せを聞いて、憲兵隊庁舎へやって来たようだ。
少し大きめの革袋を大事そうに抱えている。
「ち、ちがうわ! お父さまもわたしも、あんな酷いことはしない。わたしには、エインズ区長を殺す理由なんてない」
「……ふん、どうだか」
ジャニスはアスカの方へ顔を向けながら、背後に立つ憲兵たちの方へ視線を移した。
「ここへ来る前に死体検案書を見せてもらった。エインズをメッタ刺しにしたそうだな」
「だからっ! それは……」
「血液が付着していたという剣を見たが、アレで刺したのか? それほど荒れた傷口には見えなかったが」
ジャニスは頷いて笑みを見せた。
「ジャニス……」
エインズの遺体には、刺し傷ばかり十数箇所ほど残されていた。
アスカの佩刀は「カグツチ」という銘のフランベルジュ。
アスカは亡き母親のクラウディアから、この剣は「死よりも苦痛を与える剣」だと教えられた。
無暗に振り回して、命あるものを傷付けてはならないとも。
フランベルジュの波打つ形状の刀身が肉を引き裂くため、治癒魔法を使用できない状況では止血するのが難しい。荒れた傷口は衛生状態の悪い環境下で、すぐに破傷風に侵されてしまう。
アスカの「カグツチ」は、レイピアよりも幅の広い片手剣である。刺突も有効だが、どちらかと言えば斬撃に向いている。
本当にアスカがエインズを殺したのなら、遺体の傷口はもっと「荒れた」ものになっただろう。加えて、刺し傷しか残ってないのも不自然だ。
それがジャニスの見立てだった。
「しばらく、ここにいろ。まぁ、あまり安全とはいえないがな」
そう言うと、ジャニスは手に持っていた革袋をアスカに差し出した。
「差し入れだ」
アスカが袋のなかを覗き込む。中に入っていたのは、干し肉、チーズ、パン、それと折りたたまれた羊皮紙の紙片。
「また、顔を出す。今度はリータも連れて来るよ」
ジャニスは手を振って部屋を後にした。
彼女が去った後、アスカは袋の中に入っていた羊皮紙の紙片を手に取った。
『事情は、リータから聞いている。面倒な事件に巻き込んですまない。それから食事には、気を付けろ。決して、手を付けるな』
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