第2話 セシルの微笑

 悪夢から覚めたロバートは、跳ねるように上半身を起こした。

 それほど時間は経過していない。

 汗を掻いたらしく、身体じゅうびっしょりだ。


「探し物は、こちらですか?」


 ロバートの目の前で区長メダルが左右に揺れる。彼の顔を骸骨騎士が覗き込む。


「ひ、ひいいいいぃっ!」


 ファブレガスは、わたわたと逃げ出そうとするロバートを拘束魔法で取り押さえた。

 魔力の捕縛縄でぐるぐる巻きにされたロバートは、芋虫のように身体をくねくねさせて逃れようと足掻いている。


 ファブレガスはロバートの身体を起して、尋問を始めた。


「話してください。このメダルは貴男のモノですね? そしてエインズ区長を殺害したのは貴男ですか?」


「ち、違う。知らん!」


「このメダルに血液と指紋が付着しています。どちらもエインズ区長のモノでしょうか?」


「そ、そこまで疑うのなら、私を憲兵に突き出せばよかろう。ははっ、あの女の罪状は変わらん」


 するとファブレガスの背後で声がした。


「そうでしょうか?」


 ファブレガスが振り返ると、部屋の入口に水色の銀髪をした男が立っていた。


 水色銀髪の男は、白いローブを纏っている。ゴウマの区長のひとりだ。その後ろに黒髪黒服の背の高いがっしりした体格の男が控えている。


「お、おお、セシル! 助けてくれ。こやつが急に私に暴行してきたのだ。憲兵隊に突き出してやるっ!」


 セシルが無言でファブレガスたちの方へ近づいていく。

 彼はロバートの前で片膝をついてしゃがむと、笑みを浮かべた。


 区長ロバートの耳もとへ顔を近づけ、何やら囁く。


「なっ!? セシル、貴様、どうしてそれを!」


「フフッ。ここは私と手を組みませんか? なに、悪いようには致しませんよ」


 そう言って、セシルは笑みを深める。


「あなたの計画では、エインズ区長を殺害したのはアスカ王女ということになるのでしょう? 彼女の罪に関して、貴男の希望どおりに私も手を貸しますよ」


「なにっ!」


 セシルの言葉を聞いたファブレガスは、立ち上がって剣に手をかけた。


「ああ、やめておいた方がいいですよ。ファブレガス殿。私達を斬ってもアスカ王女は助かりません。それから彼にかけた拘束魔法を解いてもらえますか」


「まさかこの男を、逃がす気ですか? 憲兵隊に引き渡せば……」


 セシルは首を左右に振った。


「彼を憲兵隊に突き出しても無意味です。逆に区長を暴行した罪で、貴男まで捕まってしまいますよ。そうなったら、誰がアスカ王女を助けるというのです?」


「ぐっ……」


 ファブレガスは、しばらく逡巡する様子を見せていたが、セシルの要求に従い拘束魔法を解いた。


「さて、ロバート様、よろしいですね?」


 ロバートがやや悔し気な表情でセシルを睨む。


「ロバート様を送って差し上げろ」


 セシルが振り返って、黒髪黒服の側仕えに指示を出した。

 セシルの側仕えは頷くと、ロバートに手を差し伸べて立ち上がらせ部屋の入口へと誘導する。


「貴様ら覚えておけよ。このままでは済まさんからな!」


 ロバートは、そう吐き捨てて部屋を出て行った。

 それを見たセシルが、口角を上げる。


「さて、ファブレガス殿。そちらのメダルを私にお渡しください」


「バカな、それではアスカ様が……」


「ゴウマの区長でもない貴男が、このメダルを所持することは許されません」


 ファブレガスが発見したロバート区長のメダルは、ゴウマ市民の選挙によって選出された区長だけが持つことを許される特別な物だ。議場のある中央塔へ入るための鍵でもある。


「それに残念ながら、アスカ様は当分、牢から出ることはできません」


「どういうことです!?」


 ファブレガスは、セシルに詰め寄った。

 

「そうですね。詳しくは、私の屋敷でお話いたします」


 エインズの部屋を後にしたファブレガスとセシルは、街のメインストリートに出た。ファブレガスは覆面姿である。


 通りでは、区長姿の者たち二名が市民に向けて演説している。


「テバレシアは、虎視眈々とゴウマを狙っているのです。エインズ区長を暗殺し、議会にテバレシア派の区長を送り込んで乗っ取ろうとしているのです!」


「この街に入り込んだテバレシアの人間をすべて追放しろっ! 奴らはすべて工作員だ!」


 演説を聞いている市民からも「そうだ!」「テバレシアの人間は出て行け!」といった声も上がっている。


「これは……」


「道を変えます。面倒なことになりそうですからね」


 セシルの邸宅は、エインズの事務者からそれほど離れていない場所にあった。

 風情のある赤レンガの外壁が特徴の建物だ。


 覆面を取ったファブレガスの姿に、セシルのメイドは腰を抜かしそうなほど驚愕した。

 当然の反応だろう。


 セシルは何食わぬ顔でメイドにファブレガスを客間に案内するよう指示して、執務室へと向かった。


「ご、ご案内いたします」


 おずおずとメイドがファブレガスを客間へと案内する。

 客間に通されたファブレガスは、メイドの勧めるままにソファーに腰かけた。


 すぐに後からセシルが客間へ入ってきた。大きな封筒を手にしている。

 彼はローテーブルを挟んで、ファブレガスの正面に腰を下ろして足を組んだ。


 メイドがファブレガスの方をチラ見しながらセシルに尋ねる。


「あ、あの、お飲み物はどういたしましょうか?」


「私はもらうよ。いつものヤツを。ファブレガス殿は?」


 セシルは封筒を脇に置いて、ファブレガスの方へ顔を向けた。


「いえ、どうかお構いなく」


 まあ、聞くまでもない。セシルも、いちおう聞いてみただけである。

 メイドは固まったようにファブレガスの方を見ている。彼のイケメンヴォイスに驚いたようだ。

 

「か、かしこまりました」


 ハッと我に返ったメイドは、慌てて部屋を後にした。


「さて、話の途中でしたね。アスカ様からあなたの話を聞きました。私があの部屋へ行ったのはあなたに会うためです。ロバート区長までおられたのは僥倖でした」


「アスカ様が?」


 ファブレガスが尋ねると、セシルは頷いて微笑んだ。


「テバレシアの武力行使を排除し、ゴウマの自治を維持するという点で私達の利害は一致しました」

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