第9話 侯爵の奏上

「恐れながら国王に奏上いたします。我が王国はアスカ様の働きにより、新たな城を得ました。リヒトラント城がある地域一帯は、王領でございます。そこで、第一王子エドワード様を『リヒトラント公』とし、リヒトラント城をお与えして彼の地を治めていただいては?」


 身振り手振りを交えながら、謁見の間にいる貴族達にも聞こえるよう声高らかに奏上した大臣。


 この貴族は、右大臣ディーター・ペンドラ侯爵。第一王子エドワードの妻ネヴィアの父親である。


 謁見の間にいる貴族たちは、ペンドラ侯爵から視線を移した。

 その先に、サラサラの美しい金髪をミディアムストレートヘアにした銀眼イケメン王子が立っている。


 アスカの異母兄、第一王子エドワード・テバレス。

 アスカよりも三つ年上の二十歳。第一王妃に似たからだろうか、国王と異なり、やや線の細い印象を受ける優し気な顔立ちだ。


「な、なにを言い出すんだ、ペンドラ侯爵。そのような大役、私には……」


 周囲の視線を感じたエドワードが、目を丸くして首を振る。

 すると、その傍らにいたロングストレートの金髪美女が、エドワードの腕を抱いてしなだれかかった。


「あら、エドワード様なら、きっと大丈夫でしてよ」


 エドワードの顔を見上げながら、女神のごとき笑みを浮かべるこの女性。エドワードの妻ネヴィア。ペンドラ侯爵の娘である。エドワードよりも年齢は一つ年下の十九歳。


「そうかい?」


「ええ」


 周囲の目も憚らず、ふたりは見つめ合う。

 まるで空間魔法でも使ったかのように、ふたりはバラの花弁舞うピンク色の異空間を作り出した。


 アスカは、そんなふたりをとりあえずスルーして、周りを見回す。


「おお、それは良い」「名案ですな」「なるほど、アスカ様が城を取りエドワード様が治める、王の威光もさらに高まることでしょう。さすがは侯爵様」などと、そこにいた貴族たちは口々にペンドラ侯爵を称賛している。


 その様子に、アスカは顔を顰めた。たまらず口を開く。


「お待ちください。あの城は、わたしのモノです。誰にもあげませんっ!」


 ペンドラ侯爵は瑠璃色の目を大きく見開き、瞬きをしている。まさか反対されるとは思わなかったのだろう。


 とはいえ、自分の娘を第一王子の妻にしたほどの貴族だ。ここで引き下がる男ではない。


「お言葉ですがアスカ様、王女とはいえ貴女は未成年の女性でございます。さらに建国以来、女性が領主になるなど前例もございません」


 彼の言うとおりだった。この国では、十八歳で成人と扱われる。アスカはまだ十七歳。この国の慣例によれば、未成年者を領主にすることはできない。


 もちろん領主が死亡したとき、後継者が未成年者という事態はある。その場合、未成年後継者のために「後見人」が選任される。そして後継者が成年に達するまでは、「後見人」が領主代理として領地を治めるのが慣例だ。


 さらに、女性が領主に就任した先例も存在しない。領主が急死した場合に、子が成人するまで領主の妻が領主代理を務めた例はある。あくまで、中継ぎを前提にした例外的なケースだ。


 ペンドラ侯爵は王の方へ顔を向けて、言葉を続けた。


「王よ、臣は王国の将来のために申し上げております。どうか、私情に流されることなく、ご英断くださいますよう」


 国王フリードリッヒは、目を閉じてペンドラ侯爵の話を聞いていた。


 確かにペンドラ侯爵の提案も理解できる。将来、エドワードは、この国の王になる資格を有する者だ。彼に領地経営をさせて経験を積ませるのも悪くはない。


 加えて、ペンドラ侯爵はこの国の有力貴族にして右大臣を務める重臣。彼の奏上を無下にはできない。


 フリードリッヒは目を開いた。


「フム。ペンドラの奏上、もっともである。検討しよう」


 フリードリッヒがそう言うと、ペンドラ侯爵は恭しくお辞儀をして元の位置へと下がった。


 しかし、収まりがつかないのがアスカである。


「お、お父さま、あんまりです、酷すぎますっ!」


 と彼女は訴えた。


「控えよ、アスカ。ペンドラの言うことが、お前には理解できぬか?」


 フリードリッヒは、じっとアスカを見ている。アスカは奥歯を噛みしめて俯いた。

 もちろん理解できる。けれども、リヒトラント城は彼女が命を懸けて制圧した城だ。


「ペンドラが言ったように、お前は未成年だ。王立学園を卒業していないお前に、あの城を与えることはできぬ。それはお前も分かっているであろう?」


 たしかに、あの城は「卒業祝い」。フリードリッヒの言葉の意味も、アスカは分かっている。


 それでも彼女は「約束したことは守ってくれ」と念を押すこともできた。リヒトラント城は兄ではなく、自分に与えるよう食い下がることもできた。


 しかし、アスカがリヒトラント城の主となることは、すなわち女性である彼女がリヒトラントを治める領主になることを意味する。

 前例のないことを貴族たちの前で迫り、父に恥をかかせるわけにはいかない。


 アスカは両手の拳を握りしめ、肩を震わせながら頷いた。


「ならば、私を困らせるな」


 そう言い含めると、フリードリッヒは謁見の間にいるすべての者たちに顔を向ける。


「リヒトラント城の件は、ペンドラの奏上も含め検討する。エドワードは、ひとまず今まで通り公務に励むように」


「はい、父上」


 場内に「おお」という、どよめきにも似た歓声があがる。貴族たちは「いよいよ王太子が決まりそうですな」などと話している。


「そして、アスカ。此度のリヒトラント城制圧、見事な働きである。よくやった」


 肩を落として俯くアスカに、フリードリッヒは労いの言葉をかけた。


「ホントは、それを一番言いたかったクセに」


 とガーラが言う。


 アスカは自らの命を懸けて城を取った。けれどもその城は、何もしていないエドワードのモノになってしまうかもしれない。


 ――待って。違うわ、アスカ。そうじゃないでしょ?


 どうして、卒業祝いの品に「リヒトラント城」を望んだのか? なぜ、自らダンジョン化した廃城へ出向いて魔物を討伐したのか?


 ――わたしは「卒業祝いの品」が……、お城が欲しかったワケじゃない。


 彼女は大好きなフリードリッヒに感謝したかった。これまで母親のいない自分を色々と気遣ってくれた父へ、ここまで自分を大切にしてくれた父へ、彼女なりに感謝の気持ちを示したかった。


 フリードリッヒから労いの言葉を聞いて、アスカは思い出した。


 顔を上げて、フリードリッヒに視線を向ける。


 ――お父さま、笑ってる。


 そこには、国王としてではなく、心から娘の成長を喜ぶ父親の姿があった。


 アスカの曇った表情が、すうっと晴れわたっていく。


 「ありがとうございます。お父さま」

 

 花が咲いたような満面の笑顔で、アスカはフリードリッヒに返した。

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