第10話 仕事仲間は骸骨騎士
たしか本日は、星占いによると、……「失くした物が戻ってくる。届けてくれた男性と素敵な関係になるかも💖」でしたか。
最近、失くした物といえばアレですが、届けてくださる方などいらっしゃるのでしょうか?
わたくしの星占いも、あてになりませんね。
あら、わたくしとしたことが失礼いたしました。
みなさま、おはようございます。
わたくしはレイチェル。
アスカさまの侍女です。
素敵な彼氏募集中の二十二歳。
趣味は、星占い。
あ、星占いは、ちゃんと自分で占っているのですよ。
占星術を王立学園の選択科目で勉強しました。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
そうそう、どうか聞いてください。
ついに、わたくしにも「仕事仲間」ができました。
ようやく肩の荷がひとつ下りた気がいたします。
だって、これまでは掃除婦と庭師と料理人と護衛etc.を兼ねる侍女でしたから。
え? 兼ね過ぎでは、ですって? わたくしもそう思います。
思いますけど、仕方ないじゃありませんか。
このお屋敷で姫さまにお仕えする者は、わたくし一人なのですから。
わたくしが姫さまにお仕えするようになったのは、十八歳のとき。王立学園を卒業して、すぐのことです。王太后のミランダさまをつうじて、このお話をいただきました。
それまでは、ジェシカさまという方が侍女を勤めておられました。
けれども六十歳を過ぎたため、そろそろ引退したいと国王フリードリッヒさまに願い出たのだそうです。
姫さまに初めてお会いしたときのことは、今でも、はっきりと覚えています。
肩の上で切りそろえた艶やかなミディアムストレートの黒髪に、黒ばら飾りのカチューシャ。上から下まで黒で統一したコーディネイトのせいでしょう。整ったお顔立ちをしておられることもあり、とても大人びて見えます。十二歳の女の子には見えませんでした。
そして表情のないエメラルドグリーンの瞳で、じっとわたくしを見ておられました。
お仕えしたばかりの頃の姫さまは、はっきり言って表情の乏しい方でした。言葉も少なく感情を表に出されないので、何をお考えなのか分からず、戸惑うことも度々でした。
さて、姫さまのお部屋へ向かいましょう。
姫さまのお部屋は、わたくしの部屋を出て廊下を真っ直ぐ。玄関ホールを抜けた先です。
春になったとはいえ、まだすこし冷えますね。
そのせいでしょうか、廊下を歩く足音も冷たく感じます。
「姫さま、おはようございます。レイチェルです」
姫さまのお部屋の扉を軽くノックすると、なかから「どうぞ」と声がしました。姫さまは、すでに起床されていたようです。
お部屋へ入ると、寝間着姿の姫さまと黒の貴族服に身を包んだ骸骨騎士がおられました。
「おはよう。レイチェル」
「レイチェル、おはようございます」
朝日を浴びて窓際に立つ姫さまと、その後ろに控える黄金色の髑髏をもつ骸骨騎士。
そう、この骸骨騎士こそ、わたくしの仕事仲間。
ファブレガスさまです。
「ファブレガス。朝食の後、レイチェルに屋敷内を案内してもらうといいわ」
姫さまは、ファブレガスさまの方へ顔を向けてそう仰いました。
「はい」
「レイチェル、お願いね」
「かしこまりました。では、朝食の準備をしてまいります」
わたくしは姫さまのお部屋を出て、調理場へ向かいます。
姫さまはその間にお着替えをされ、調理場へ来られました。
「レイチェル、お皿をここに出すわ」
「ありがとうございます」
姫さまは、こうしていつもお手伝いしてくださるのです。
「ファブレガス、そこの引出しに入っているスプーンを出して」
「は? は、はい」
これからは、ファブレガスさまにもお手伝いしていただきましょう。
朝食は、姫さまといつもご一緒です。
食事をしながら、本日の予定や、お仕事の段取りなどをお話します。
「では、この後ファブレガスさまにお屋敷内をご案内し、それからお屋敷内のお掃除にかかりましょう」
「わかったわ。ファブレガス、いいわね?」
「はい」
朝食を取り後片付けを済ませると、姫さまはファブレガスさまを残してお部屋へお戻りになりました。
「お待たせいたしました。では、ファブレガスさま、お屋敷内をご案内いたします。参りましょう」
「はい、レイチェル。よろしくお願いいたします」
わたくしたちは、調理場を後にしました。
玄関ホール、その奥の広間、二つある客間のひとつ「花の間」、浴室などを順番にご案内していきます。もう一つの客間「白の間」は、最後にご案内するつもりです。
「それにしても、ずいぶん控えめなお屋敷で驚きました」
浴室へご案内した後、ファブレガスさまがわたくしの方へ顔を向けて言いました。
いつ聞いても、本当に素敵なお声です。
姫さまのお屋敷は、他の貴族のお屋敷と比べてもかなり小さいのです。わたくしの実家の10分の1くらいでしょうか。
もっと、小さいかもしれません。
「そうですね。わたくしも最初にここへ来たときは大変驚きました」
はじめてこのお屋敷へ伺ったとき、道を間違えたのかと門の前でオロオロした覚えがあります。
たまたま通りかかった方にお尋ねして、目を丸くしました。
「アスカ様が、朝食の準備を手伝っておられたのにも驚きました。気のせいでしょうか、使用人が見当たらないのですが」
「ええ。このお屋敷で姫さまにお仕えするのは、わたくしとあなただけですから」
「は? では、掃除や洗濯、食事の支度などは……」
その言葉を聞いたわたくしは、ファブレガスさまの顔を見上げました。
なぜでしょうか? 涙が溢れてきます。
「いつも、わたくしと姫さまのふたりで、たった、ふたりだけで……ううっ」
これまでの日々を思い出し、声も震えてしまいます。
「いつも!? ふたりだけで、このお屋敷をですか?」
わたくしは頷くと、エプロンのポケットからハンカチを出して涙をぬぐいました。
「申し訳ございません。取り乱しました」
「大変だったでしょう?」
「ええ、本当に、本当に毎日大変でした。姫さまもお手伝いしてくださるのですが、それが大変忍びなく。ですから、ファブレガスさまが来てくださったのが嬉しくて」
「え?」
なぜか、ファブレガスさまは混乱されておられるようです。
いったい、どうしたのでしょうか?
「あの、私も掃除や洗濯を?」
わたくしは、青白く灯るファブレガスさまの眼窩を見ながら大きく頷きました。
「庭の草むしりと庭木の剪定、浴室と暖炉と煙突の掃除etc.もお願いいたします」
「ご、護衛任務は……」
あ? なにを眠たいこと言ってるんですか、このホネは。
「護衛任務ぅ?」
わたくしは眉間に皺を寄せて、ファブレガスさまに詰め寄りました。
「姫さまは、あの通りお強いのでご自分の身は守れますし、屋敷の周りは親衛隊の者が警らしております。さらに侵入者がいても、この狭い屋敷です。わたくしか、あなたがすぐに駆け付けることもできるでしょう。他にやるべきことが沢山あるのに、全部わたくしに押し付けて、ご自分は姫さまのお側で突っ立っているだけですか?」
「い、いや、そんなつもりは……」
「では、お願いいたします」
「わかりました。レイチェル」
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