第11話 白の間

 使用人がいないことに、ファブレガスさまが驚くのも無理はありません。


 ええ。わたくしも信じられません。


 王女さまのお屋敷なら、普通は使用人なんて顔も覚えられないほど沢山います。

 おそらく、第一王子のエドワードさまや第二王子のユリアンさまのお屋敷はそうでしょう。

 わたくしの実家は伯爵家ですが、それでも名前を知らない使用人が何人も働いていました。


 前任のジェシカさまによると、姫さまのお母さまだった第二王妃クラウディアさまがお亡くなりになられてから、ひとりまたひとりと使用人がお辞めになっていったのだそうです。


 お屋敷内のお掃除、お洗濯、お食事の支度、お庭のお手入れetc.


 朝食のときのように、姫さまもお手伝いしてくださいます。


 はじめは、あまりにも恐れ多く、お断り申し上げたのです。

 けれど、姫さまは「ここは、わたしの屋敷なのだから、本来は、わたしがやらなくてはいけないことだわ」と仰いました。


 姫さまは、本当にお優しい方なのです。王族でこのような方は、他にいらっしゃらないでしょう。けれども、姫さまには姫さまのやるべきこともございます。あまりお手を煩わせるわけにはまいりません。


 朝から晩まで、毎日、毎日、目の回るような忙しさ。

 入浴を済ませると、すぐに眠くなりベッドへ直行です。


 それでも、「レイチェル、今日もお疲れさま。いつもありがとう」と労ってくださる姫さまのお言葉に支えられ、お役目を続けることができたのです。


 とはいえ、せめてあと三人、いや一人でもいいので、このお屋敷で働いてくださる仕事仲間がいればと常々思っていました。


 ――お星さま、お星さま。高位貴族のイケメン男性でいいので、どうかわたくしに超ステキな仕事仲間を!


 そう、お星さまにお願いをしたことも、一度や二度ではありません。


 ですが、お願いをするお星さまを間違えたのでしょうか?

 それとも、お星さまは悪戯好きなのでしょうか?


 ようやく現れた仕事仲間が、ファブレガスさま。

 ええ、まさか骸骨騎士と働くことになろうとは、夢にも思いませんでした。


 けれど、わたくしは姫さまの侍女。

 今のわたくしならば、分かります。


 ファブレガスさまは、イケメンだったに違いありません。


 さて、次はいよいよ、最後のお部屋へご案内します。

 このお屋敷には、客間が二つあります。

 そのうち一つは来客用です。花柄の絨毯が敷かれているので「花の間」と呼んでいます。

 こちらは、すでにご案内済み。


 もうひとつの客間が「白の間」。

 こちらのお部屋では、毎日、たくさんの方たちが、わたくしたちを待っています。


 本日は、ファブレガスさまをご案内します。

 皆様に、ご紹介しなければなりませんから。


 わたくしは「白の間」の扉を開けると、笑顔で皆様にご挨拶しました。


「みなさーん、お仲間が増えましたよ!」


「お仲間……」


 ファブレガスさまは、部屋のなかを見回しています。


 この部屋の入口には、いつもガブリエラが控えています。

 真珠のように美しい身体をした女性です。


 わたくしはこの部屋へ入ると、いつも彼女の手を取って挨拶を交わします。


「あら、おはよう、ガブリエラ。ふふっ、そんなに怖がらなくてもいいわ。ファブレガスさまは、とっても強くて、良い方よ」


 ガブリエラは人見知りで、初対面の方とのコミュニケーションが上手にできません。


「レイチェル?」


 ファブレガスさまは、わたくしの方へ顔を向けて首を傾げています。

 ああ、そうでした。ご紹介しなければ。


「ファブレガスさま、こちらはガブリエラ。かつて貴族のお屋敷で侍女をされていたのですが、あるじがお亡くなりになられ、ワケあってこちらのお屋敷へ来たのだそうです」


「ガブリエラ、こちらはファブレガスさま。姫さまの護衛などを担当いたします」


 ファブレガスさまに視線で合図を送ります。


 ――ガブリエラに、挨拶してください。ファブレガスさま。


「あ、あの……?」


「なんです?」


「こちらは、骨格標本では?」


 なっ、なんて酷いことを! いくら本当のことでも、言って良いことと悪いことがあるのですよ? スケルトンキングになって、人の心までも失ってしまったのですかっ!


 ガブリエラの方へ視線を向けると、彼女は今にも泣き出しそうです。俯いてじっと床を見詰めています。


 ほら、ガブリエラだって傷ついているじゃないですか!


「ファブレガスさま。あなたは、ガブリエラが標本だというのですかっ! では、あなたはいったい何なのです?」


 わたくしは左手を腰に当て、ファブレガスさまを右の人差し指でビシッと指しました。


 ファブレガスさまは、フリーズ状態です。


「あ、ごめんなさい、ガブリエラ。大きな声を出してしまって。ええ、大丈夫よ。きっと、ファブレガスさまと良いお友だちになれるわ」


 わたくしは振り返って、骨格標本ガブリエラの背中を撫でながら慰めました。


 そしてファブレガスさまを睨みつけ、挨拶するよう視線で催促します。


「は、初めまして、ガブリエラ。この度、アスカさまの護衛騎士を拝命いたしましたファブレガスといいます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」


 戸惑った様子でファブレガスさまは、ガブリエラに挨拶をしました。


 ガブリエラが、はにかんだ笑みを浮かべているように見えます。

 わたくしに、何か言いたげな様子です。


 ガブリエラの口元に耳を近づけました。


「え? ふふふっ、そうね。ファブレガスさま、凄いイケメンだったみたいよ。姫さまも、そう仰っておられたもの」


 ふたつ目の客間「白の間」。

 ここは、姫さまがコツコツと収集された動物や魔獣、人体の骨格標本を陳列したお部屋なのです。

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