第12話 姫さまの笑顔

 うふふふ。

 ファブレガスさまを見ていると思い出しますね。


 だって客間なのに、動物や魔物の骨格標本が所狭しと陳列されているのですよ? そればかりか、人体の全身骨格標本まで。


 わたくしも最初にこの部屋へ案内されたとき、戦慄の表情を浮かべて部屋のなかを見回しました。


「怖い?」


 姫さまはエメラルドグリーンの瞳で、わたくしの顔を見詰めておられました。

 お顔に表情がありません。


 さらに、妙に落ち着いた抑揚の無いお声でお話されます。

 お喜びなのか、ご立腹なのかも分かりません。


「い、いえ。これほどたくさんの骨を見たことが無かったものですから、少しばかり驚きました」


 申し訳ありません。早くもあるじにウソをつきました。


 本当はめっちゃ怖いです。

 死後の世界とは、きっと、このようなところなのでしょう。


「紹介するわ。こちらはガブリエラ」


 姫さまは部屋の入口に置かれている女性の骨格標本の手を取って、ご紹介してくださいました。

 これが、わたくしとガブリエラとの出会いです。


「は?」


「ガブリエラです。レイチェル」


 隣にいた前任者のジェシカさまはそう言いますが、ど、どうすればよいのでしょうか?

 わたくしは、骨格標本とジェシカさまを交互に見ました。


「ご挨拶なさい」


 え? えええっ!? ご挨拶ですか!? 骨格標本に? ジェシカさま正気ですか?


 わたくしは戸惑いながらも、骨格標本に向かって可憐にカーテシーをしました。


「ジェシカさまに代わり、姫さまのお世話をさせていただくことになりましたレイチェルです。よろしくお願いいたします」


 そんなわたくしに、ガブリエラは微笑んでくれたと思います。


「ガブリエラはね。前は別の貴族のお屋敷で働いていたのだけれど、あるじが亡くなってから、いろいろあってここへ来たの」


 そう言って、姫さまは愛おしそうに頭蓋骨を見詰めておられました。


「ちょっと人見知りするコなんだけれど、仲良くしてね」


「は、はい」


 人見知りする骸骨ですか。それはまた、ずいぶんと拗らせましたね。


 すると姫さまは、部屋の奥へ向かいました。わたくしとジェシカさまも、その後に続きます。

 姫さまは、窓の側に立つ男性の骨格標本の隣に立たれました。


「それから、こちらは冒険者のトニー」


 わたくしは思わず、お部屋の入口に立つガブリエラと目の前のトニーを交互に見比べてしまいました。


 ……お名前からすると男性のようです。身長もほとんど変わりませんし、まったく違いが分かりません。


「レイチェル、ご挨拶を」


 隣にいたジェシカさまが挨拶するよう促します。

 わたくしはトニーの前に立ち、華麗にカーテシーをしました。


「この度、アスカさまの侍女を拝命いたしましたレイチェルと言います。よろしくお見知りおきを」


 するとトニーの上腕骨を撫でながら、姫さまが言いました。


「トニーは見た目チャラ男なんだけれど、とっても頼りになるの」


 見た目チャラ男? いえ、ホネにしか見えません。そして、頼りになるとは!? 


 後になって知ったのですが、男性と女性とでは骨盤の広さが異なるのですね。


 それからトニーの上腕骨は、平均的な男性のものよりも二回りほど太いことに気が付いたのです。


 姫さまにお尋ねすると「人間の骨は、筋肉に負荷のかかる運動が続くと太くなるの」とご教示くださいました。


 つまり、トニーはガチムキ男性だったのですね。

 なるほど、頼りになるとはそういうことだったのかと納得したのでした。


 けれども、当時のわたくしには、そのようなことを知ろうという余裕はありません。


 元侍女の全身骨格標本と冒険者の全身骨格標本。

 いったい、どうしてこのようなものが、このお屋敷にあるのでしょうか? 

 侍女と冒険者という取り合わせも意味不明です。


 そんなことで頭が一杯でした。

 わたくしの胸に不安が広がっていきます。


 噂でしか知りませんが、アスカさまの母君クラウディアさまは、生前、「鬼姫」などと呼ばれるほど気性の激しい女性だったと聞いていました。突然、使用人を手討ちにされたこともあったとか。


 ま、まさか……。


 後日、あるお方から聞いたのですが、このふたりは、ずいぶん昔に遺言で自分の骨をクラウディア様のご実家へ献体したようです。それを代々、クラウディアさまのご実家で引き継いでこられたのですが、訳あってこちらのお屋敷に引き取られたそうです。


 それを聞いたとき、大変安堵しました。


 けれども、そんなことを知らない当時のわたくしは、ココロを落ち着かせるだけで精一杯。


 目を閉じて大きく深呼吸をします。

 目を開けると、わたくしの目にふたつの頭蓋骨が飛び込んできました。


「ふあっ!?」


 姫さまの両手の上に並ぶ二つの頭蓋骨。

 一本の角をもつ魔獣かなにかでしょうか。


 それが、わたくしの目の前に差し出されていたのでした。


「このコたちは、パウルとポール」


 姫さまは表情のない顔で、そうご紹介してくださいました。


「えええ!?」


「こちらがパウルで、こっちはポール」


 ごめんなさい。まったく見分けがつきません。


 頭部から一本の角が出ているので、たぶんイッカクラパンの頭骨なのでしょうけど……。


 イッカクラパンは、額から一本の角が伸びたウサギのような姿の魔獣です。お父さまたちと森へ狩りに出かけたときに見たことがあります。


 けれど頭骨を見たのは初めてでした。さらに個体差までは分かりません。


 右がパウルさんで、左がポールさんですね。

 ひとまず、これで切り抜けましょう。


 そして姫さまは、ふたつの頭骨を見詰めながら話してくださいました。


「パウルは、とても素早くて矢を射ても躱してしまうの。それにとても勇敢だったわ。ポールは、ちょっとのんびり屋さんでね。わたしが近づいても、まったく気が付かなかった」


 ……ああ、こちらふたつはブッ殺したと。



 それにしても、あれからもう四年も経ったのですね。

 この部屋も、わたくしが来たときより賑やかになりました。


 ジェシカさまが、ここをお辞めになる日にお話してくださいました。


 姫さまのすべてを受け止めて欲しいと。

 母君を亡くされてから、姫さまはずっと寂しい思いをしてきたに違いないだろうと。

 そればかりか、姫さま自身、お命を狙われたことさえあったといいます。


 母君のご実家も断絶し、頼れる方も少なく、毎日、不安な日々を過ごされて来たのかもしれません。

 聞けば、黒一色のコーデも、ホネの収集もクラウディアさまがお亡くなりなってからのことなのだそうです。


 こうして、姫さまと二人だけで過ごす日々が始まりました。

 わたくしはジェシカさまの言葉どおり、姫さまのすべてを受け止めました。


 あのとおり黒一色コーデがお好きな方ですから、衣装やアクセサリーに気を遣うことはありませんでした。


 しかし武芸のお稽古や魔物狩りへ同行するのは、少々骨が折れました。


 なによりも、このお部屋の方たちのお名前を覚えるのが一番大変でしたね。

 ネコとウサギの頭骨の違いすら、分かりませんでしたから。


 でも、いまでは頭蓋骨をじっくり見れば生前の顔立ちをぼんやりと想像できるまでになりました。わたくしだって、成長しているのです。


 姫さまも、そんなわたくしに心を許してくださったのでしょうか。

 少しずつではありましたが、いろいろな表情を見せてくださるようになりました。

 十三歳になり、王立学園へ通学されるようになったこともあるでしょう。


 いちばんの思い出は、そうですね、初めて笑顔を見せてくださったときのことでしょうか。


 この部屋に新しい魔物の頭骨が増えたときのことです。

 わたくしの方へお顔を向けて、嬉しそうに笑みを浮かべてくださいました。


 そのときの姫さまのお顔を、生涯忘れることは無いでしょう。

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