第13話 お仕事開始
「……トニー殿、よろしくお見知りおきを」
ファブレガスさまが、トニーへの挨拶を終えたようです。
「白の間」の皆様にご挨拶したわたくしたちは、浴室へ向いました。
これから、お掃除するのです。
「ファブレガスさま、こちらを」
わたくしは、ファブレガスさまにデッキブラシをお渡ししました。
洗浄魔法でお掃除する方法もありますが、いきなり魔力を使用すると後のお仕事に差し支えるかもしれません。できるかぎり省魔力でお仕事をしていきます。
「では、始めましょう、ファブレガスさま」
「はい、レイチェル、よろしくお願いいたします」
わたくしたちは、デッキブラシで浴室の石床をごしごしと擦ります。
ブラシが石床を擦る音が、浴室内に反響します。
ごしごし、ごしごし擦ります。
ファブレガスさまの方へ視線を向けました。
「あら、ファブレガスさま、なかなかサマになっておられますね」
しっかり腰を入れてブラシをかけておられます。
ファブレガスさまは、言葉遣いも礼儀作法も驚くほどきちんとされています。平民出身ではないと思います。きっと、貴族のご令息だったのでしょう。
ですので、こうしたお仕事は苦手なのかと思っていました。
「私は貧乏男爵の次男坊でしたから。子供の頃を思い出しますね」
「いつのことです?」
「子供の頃です」
あなたにも、そんな頃があったのですね。今では、見る影もありませんが。
つぎは、お屋敷内のお掃除です。
部屋数が少ないので、他のお屋敷に比べると楽な方かもしれませんね。
お掃除には、姫さまもお手伝いに来てくださいました。
「じゃ、わたしは『白の間』を掃除してくるわ」
頭に黒の三角巾をした姫さまは、バケツ、雑巾、ハタキ、箒を持って「白の間」へ向かわれました。
わたくしは姫さまのお部屋と「花の間」、調理室の担当。
ファブレガスさまは廊下と玄関の担当です。頭に白い三角巾をしたファブレガスさまのお姿もシュールで萌えますね。
屋敷内のお掃除が終わると、お洗濯をして、最後はお庭の草むしりです。
草むしりが終われば、午前中のお仕事は完了です。
春先なので、庭木の剪定はまだ不要ですね。
草むしりも、今の時期は草も小さく少ないので、まだ楽な方です。
わたくしとファブレガスさまと姫さまの三人は、お庭の草むしりを始めました。
小さな雑草を、ちまちま抜いていきます。抜いた雑草を籠のなかへ。ついでに落ち葉も拾ってしまいましょう。
しばらく雑草を抜いたり落ち葉を拾ったりしていたら、腰が痛くなってきました。
浴室掃除をした後ですからね。
立ち上がって、腰を伸ばします。
いたたた。あら? 姫さまとファブレガスさまは、なにをしておられるのでしょうか?
姫さまが風魔法で落ち葉を舞い上げておられます。その様子をファブレガスさまが、籠を持ちながら眺めています。
もう! 姫さまはともかく、ファブレガスさままで。
わたくしは腰に手をあてて、ファブレガスさまに声をかけました。
「ファブレガスさま、遊んでないで、こちらを手伝って下さい」
「ははは、レイチェル、これは遊んでいるのではありませんよ」
「そうよ、レイチェル。よく見て! ほらっ」
は? 姫さままで、何を言っておられるのです?
……えっ、なにソレ!? すごいですっ!
姫さまの風魔法で舞い上げられた落ち葉が、ファブレガスさまの持つ籠へどんどん入っていくではありませんか!
「すごいでしょ? ファブレガスが教えてくれたの」
この時期は少ないのですけれど、秋ごろになると落ち葉が多くお庭のお掃除も一苦労なのです。掃いても掃いても、落ち葉や木の実が落ちてきますから。
まさか、このような方法で落ち葉を集めることができるなんて。
風魔法に、このような使い方があったのですね。
風魔法なら、わたくしも使えます。
ちょっと、やってみましょう。
見よう見まねで、風魔法を使って落ち葉を舞い上げます。
……あらら? 上手くいきません。落ち葉が四散してしまいます。
「レイチェル、掌から真っ直ぐ地面へ向けて風を吹き下ろしてください」
ファブレガスさまの助言通りやってみます。
初めのうちは上手くいきませんでしたが、すこしずつ要領が分かってきました。
これは、コツが要りますね。
風の強さと方向をコントロールしながら、落ち葉を舞い上げ一か所に集めてみます。
「……魔力消費が大きいですね」
こんもり積もった落ち葉の山を見下ろしながら、そう呟きました。
慣れないせいもあるでしょう。でも、この方法は魔力量の多い方にしか使えませんね。わたくしの実家の使用人に教えても魔力枯渇者が続出し、かえって他の仕事に影響が出そうです。
お庭の草むしりを終えると、姫さまはお部屋へ戻られました。
いまお読みになっているラノベの続きが気になるそうです。
姫さまの背中を見送ったわたくしは、ファブレガスさまの方へ顔を向けました。
「ふふっ、ファブレガスさまがいて下さったおかげで、今日は助かりました」
「お役に立てたのであれば、幸いです」
「わたくしたちも、すこし休憩しましょう」
「はい」
この後はお食事の準備もあるので、わたくしたちは調理場へ向かいます。玄関ホールへ入ったところで、ファブレガスさまが立ち止まりました。
「ああ、そうです。レイチェル、あなたにお渡ししたいものがありました」
そう言うとファブレガスさまは、上着のポケットから青みがかった銀色のペンダントを取り出しました。
青みがかった銀色の光沢は、「エクリル」という金属の特徴です。
他の金属よりも魔力伝導に優れ、軽くて強度も高いことから防具や武器の素材としても使われます。
鎖の先にネコを象ったペンダントトップ。
ちょこんと座って左手を上げる可愛いシルエット。
ネコのアミュレットです。
ネコは我が家の守り神。家紋にもなっています。
わたくしも、以前、同じ形のモノを持っていました。
お父さまが特注で魔導具職人に作らせて、お守りにと贈ってくださったのです。
姫さまのお屋敷で、働くことが決まったときのことでした。
けれども、姫さまと魔物討伐のためリヒトラント城へ行ったさい、失くしてしまったのです。
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