第14話 レイチェルの部屋
わたくしは目を丸くしてファブレガスさまからアミュレットを受け取り、彼とアミュレットを交互に見ました。
「ファブレガスさま、これをどこで?」
「じつはリヒトラント城で、あなた方に遭遇する前に拾ったのです。リンツ殿にお尋ねしたところ、あなたの物ではないかと……」
そうだったのですね。
このお守りを失ってからというもの、不安な日々を過ごしてきました。
それが戻ってきました。
良かった。
目頭が熱くなるのを感じます。
わたくしは、きゅっと胸元で手のなかのアミュレットを握りしめました。
「ファブレガスさま、ありがとう、ありがとうございます」
そのときです。ふと、思い出しました。
そういえば、本日の星占い……。
――失くした物が戻ってくる。届けてくれた男性と素敵な関係になるかも💖
「ふあっ!? はう、はうぅ、そんな。ダメですわ、ファブレガスさま。職場恋愛なんてもってのほかですっ!」
わたくしは、潤んだ目でぶんぶんと首を左右に振って言いました。
ファブレガスさまは、首を傾げておられます。
「レイチェル、どうしたのです?」
気骨のある男性には魅力を感じます。しかしファブレガスさまは気骨があるどころか、ホネそのものです。
それに年齢差だって、ハンパありません。
まぁ、齢六十を過ぎて、王立学園を卒業したばかりの令嬢と結婚された方もおられると聞きます。それにしたってファブレガスさまは……、あら? 一体、おいくつなのでしょうか?
「きゃっ!」
そんなことを考えながら後退りしたものですから、盛大に転んでしまいました。
「いたたたた……」
「レイチェル! 大丈夫ですか?」
ファブレガスさまが駆け寄って、手を差し伸べてくださいました。美しい黄金色の逞しい手。すらりとした綺麗な指をしておられます。ホネですけれど。
彼の手をとり、立ち上がろうとしたその時です。
「っ痛……」
足首に強い痛みを感じました。転んだときに足首を捻ったようです。
「どこか、怪我を?」
「えへっ、足首をやってしまいました」
と、テヘペロして見せます。するとファブレガスさまは、すこし俯いてしまいました。
あら、どうされたのでしょうか?
「申し訳ありません。私は治癒魔法を使えません」
寂しそうな、悲しそうな、悔しそうな、そんな声です。
ファブレガスさまはスケルトンキングですから、全身に闇属性の魔力を循環させて身体の各部位を繋いでおられます。このため、闇属性以外の魔力を扱うことができません。
仮に扱えたとしても、使用した途端、大惨事。
バラバラ白骨死体が出来上がります。
治癒魔法は聖属性の魔力を使います。ファブレガスさまの持つ闇属性とは正反対の属性です。ファブレガスさまが治癒魔法を使用すれば、間違いなく大惨事を招くでしょう。
「どうか、お気になさらず。自分で治せますから」
わたくしはそう言って、魔力循環をしようとしたのですが……。
あ、あら? 魔力の循環が安定しませんね。
それになんでしょう? 胸のドキドキが止まりません。
「どうかされましたか?」
ファブレガスさまが心配そうに(たぶん、そんな表情をしておられると思います)、わたくしの顔を覗き込みます。
ち、近いっ。顔、近いです、ファブレガスさま!
魔力循環が乱れて、治癒魔法を使うどころではありません。
「え、えっと、なんだか魔力循環が乱れてしまって」
「怪我の影響かもしれませんね。失礼します」
そう言うと彼は、わたくしを横抱きに抱きかかえて立ち上がりました。
きゃーっ、これは夢にまで見た「お姫さま抱っこ」ですよね!
ラブロマンスのフラグじゃありませんか!
わたくしの顔が、カーッと熱くなりました。
胸がドキドキして、早鐘を打っています。
「ふあっ! ふぁブレガスさま!? おろして、降ろして下さい。わたくし重いですからっ!」
「包帯や薬などは、どちらに?」
「わたくしの部屋ですけれど」
「そうですか。では、レイチェルの部屋へ行きましょう」
えええ!? ファブレガスさまは包帯フェチなのですか? そして薬!?
いえ、そうではなくて。
「はう、はぅぅ、そ、そんな。わたくしたち、ついこの間、ダンジョンで出会ったばかりですよ。わたくしにも心の準備が」
「大丈夫ですよ。初めは痛いかもしれませんが、すぐに良くなります」
なななな、なにを言ってるのですかっ!?
そして、そんなイケメンヴォイスで囁かないでくださいっ!
「で、でも、わたくし、よく知らなくて……」
「すべて私にお任せください」
なな、なんという自信でしょうか。
やはり、声だけでなく容姿もイケメンだったのですね?
女性経験は豊富で、数々の浮名を流してきたと。
「戦場で仲間が負傷したさいには、手当をしたりしてましたから」
あ、怪我の手当てのことですか。
ですよね。
わたくしったら、てっきり……。
ホッとしたような、残念なような?
ファブレガスさまは、わたくしを「お姫さま抱っこ」して歩き出しました。
「あの、ファブレガスさまは、このように女性を抱き上げたことがあるのですか?」
思ったよりも慣れたカンジで、ふわっと優しく抱き上げてくださいました。そして、なんだか、とても心地良いのです。
「ええ。前の
まあっ! 禁断の香りがします。
「その
むふーっ。
鼻息も荒くなってしまいます。
この四年ほど、このテの話題に飢えていたためでしょうか。
ところが、ファブレガスさまは急に立ち止まってしまいました。そして、わたくしの顔を、じっと見詰めておられるような……。
「ファブレガスさま?」
「いえ、前の
ファブレガスさまは沈んだ声でそうお話になると、また歩き出しました。
「そうでしたの」
すこし後悔しました。たぶんこれ以上は、お聞きしない方がいいかもしれません。
わたくしの目には、ファブレガスさまの表情がとても悲し気に映るのです。
心にとても大きな傷をお持ちなのかもしれません。
「申し訳ありません。興味本位で、おかしなことを聞いてしまって」
「いいえ。ところで、レイチェルの部屋はこちらでしょうか?」
いつの間にか、わたくしの部屋の前まで来ていました。
「はい。ありがとうございます」
わたくしがお礼を言うと、ファブレガスさまはわたくしを「お姫さま抱っこ」したまま器用に腕を伸ばして、ドアのノブに手を掛けました。
そのとき、わたくしは気が付いたのです。大変なことに。
い、いけませんっ! これ以上は!
わたくしの部屋の扉が開けられました。
「い、いやあああぁ! ダメぇ、ファブレガスさまぁぁ!」
小物、洋服、下着がベッドの上に散乱し、テーブルや床にはBLラノベ、BL画集が乱雑に積まれています。
BL画集の方は、全裸の美少年ふたりが絡み合う姿を描いたページが開かれたままになっていました。
部屋の惨状にファブレガスさまは、わたくしを「お姫さま抱っこ」したまま立ち尽くしています。
「こ、この部屋は!? レイチェル、一体なにがあったのですか!?」
いえ、知らないうちにこうなっていたのです。
わたくしは手を口元にあてて、ファブレガスさまを見上げました。
ファブレガスさまは無言で、わたくしの部屋のなかを見詰めています。
お、乙女のヒミツを知られてしまいましたぁ……。
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