第8話 護衛騎士は、ホネホネ騎士
見事リヒトラント城を制圧したアスカたちは、ひとまず彼女の宮殿へ帰還した。
そして無事帰還したことを国王フリードリッヒに報告するため、王城へ先触れをだした。
フリードリッヒからの返事によれば、二日後に王城の謁見の間で報告を聞くという。
――そしてやって来た謁見の当日。
アスカたちは王城へ入った。
王女が骸骨騎士を連れて歩いている。当然のことながら、城内は大騒ぎとなった。
「いやはや、姫様も本当にモノ好きなことで。想定のナナメ上を軽やかにブッ飛んで行きますねぇ。いったい、何方に似たのやら……」
アスカの姿を城の窓から見ていた宮廷道化師のガーラは、笑みを浮かべて頭を掻いた。
🌹
城に入り準備を整えると、アスカたちは謁見の間の入口に案内された。
マホガニー材で作られた重厚な扉が開く。その音が、白い大理石をふんだんに用いた広間に響き渡る。
多くの貴族たちが出迎えるなか、一行はアスカ、レイチェル、ファブレガス、リンツ、チシン、カエンの順に入場した。
六人は、玉座へ向かって伸びる赤い絨毯の上を悠然と進んで行く。
ファブレガスの姿を見て、貴族たちがざわめく。
目を丸くする者、戦慄の表情を浮かべる者、嫌悪感を示す者、呆然とする者、無表情に見つめる者、その反応は様々だ。
「あ、あれは?」「スケルトンキングか!? どういうことだ?」「なんでもダンジョンの
玉座に座るフリードリッヒの前に立つと、アスカは跪いた。アスカの背後に立っていた五人も横一列に並んで一斉に跪く。
「リヒトラント城を制圧し、ただいま戻りました」
リヒトラント城制圧と帰還の報告をするアスカ。
ファブレガスの姿を見たフリードリッヒが、片方の眉を上げてアスカに尋ねる。
「……そこにいる騎士は何者か?」
「そんなの、見たら分かるでしょ。ホネホネ騎士ですよ、王様」
と宮廷道化師のガーラがツッコミを入れる。
もちろん、それはフリードリッヒでも見れば分かる。彼にしてみれば、むしろ見なかったコトにしたいくらいだろう。
しかし貴族たちの手前、一応、問わねばなるまい。
アスカが振り返って目配せすると、ファブレガスは促されたように立ち上がり一歩前に出て、アスカの隣でふたたび跪いた。
「彼は
驚きのあまり、その場にいた者たちは言葉を失った。フリードリッヒは頭を抱えている。アスカは首を小鳥のように傾げて、フリードリッヒを見ていた。
「アスカ、人と魔物が共に生きることはできないのだ」
「は? そんなワケありません。彼だって元々人間だったのですよ」
「魔物は、魔物だ」
「だから、なんだというのです? 見てのとおりホネですよ。人間を襲って食べたりしません」
フリードリッヒは、困り顔で頭を掻きながらアスカを見ている。
「なるほど、食費かからない。これは経済的っ」
玉座の前に座り込んでいた宮廷道化師のガーラが腕組みして、うんうんと首を縦に振る。
「王様も無能なヤツをクビにして、スケルトンを雇えばいいのに」
ガーラが玉座の方へ振り向いてそう言うと、謁見の間のあちこちから、貴族たちの苦笑が漏れた。
「ふむ。スケルトンは夜中でも活動するからな。彼らが夜のうちに仕事を終わらせてしまえば、昼間の仕事は随分と楽になるハズだ。検討しよう」
大真面目な顔でフリードリッヒが返すと、どっと笑い声が起きた。
国王と宮廷道化師のやり取りを見ていたアスカは、スッと立ち上がった。
どうやら、なにか思い付いたらしい。
両腕を大きく広げて、プレゼンを開始した。
「ならば王よ、こちらの骸骨騎士をよくご覧くださいませ。ホネの表面を覆うオリハルコンの美しい輝き」
フリードリッヒをはじめ、貴族たちの視線がアスカに集まる。アスカの澄んだよく通る声が、謁見の間に響く。
「そして、このツヤ。滑らかな肌触り」
アスカは隣で跪いているファブレガスの首に縋りつくと、彼の側頭部に頬ずりした。
「きっと長年、魔力を取り込んできたからですわ。それにこの頭蓋骨の形。生前は、さぞイケメン騎士だったに違いありません。これほどの骸骨騎士は、めったに居りませんよ」
なにを始めるのかと思えば、骸骨騎士ファブレガスの売り込みだった。
アスカはうっとりとした表情で、フリードリッヒに視線を向けている。
フリードリッヒはその視線をサッと避けて、ファブレガスに視線を移す。そして、大きくため息をついて言った。
「怪しげな商人のようなことを申すな。もうよい。お前の護衛騎士だ。好きにせよ」
アスカは死んだ第二王妃クラウディアに似て美形であったが、華やかに着飾る娘ではなかった。頭のてっぺんからつま先まで、黒一色コーデの地味王女である。ばら飾りのカチューシャをしていると聞けば可愛らしいが、それも黒ばらだ。
見かねたフリードリッヒは「もうすこし華やかに着飾ったらどうだ?」と勧めてみたことがある。
しかし「衣装を考えることに、時間を割きたくないのです。それに、黒はオンナを美しく見せる色なのですよ」と、どこで覚えてきたのか知らないが、そんな言葉で軽く流されてしまった。
ではせめて、麗人の護衛騎士でも側につけてやれば映えるだろうと考えて、フリードリッヒはアスカのために自ら候補を選りすぐったりした。
しかし、目の前で嬉しそうに骸骨騎士を紹介するアスカを見て完全に諦めた。
ホネが好みなら、もはや打つ手はない。
「好きにせよ」その国王の回答に、貴族たちは驚愕の表情を見せた。
アスカの背後に控えていたレイチェルは、小さくため息をついた。彼女の予想は的中した。ようやく現れた仕事仲間が骸骨騎士。彼女の心中、察するに余りある。
レイチェルの隣に控えていたリンツ、チシン、カエンは、さわやかな笑みを浮かべながら顔を見合わせて頷き合い、小さくガッツポーズをしていた。
そして謁見の間が騒がしくなり始めたころ、宮廷道化師のガーラが立ち上がり両腕を広げ大声で叫ぶ。
「王女の護衛騎士はホネホネ騎士、王女の護衛騎士はホネホネ騎士。死んで骨になっても仕えると? ああ、なんというイカレた騎士!」
額に手を当てて、大げさに首を左右に振るガーラ。
『骸骨を乞う』という故事がある。主君に一身を捧げた臣下が、老いて職を辞すことを願い出るという意味だ。
けれども
この謁見の間に、そこまでの忠誠を誓うことのできる者がどれほどいるか。
たとえ終生仕えることを誓っても、老いには勝てない。
貴族たちのなかには、口を開けてポカンとしている者もいた。
けれども聡明な者は、ガーラの言葉に心を打たれた様子だ。
魔物の身でありながら見上げた騎士よと感心したり、羨望の眼差しをファブレガスに向けたりしている。
謁見の間は、水を打ったように静まり返っていた。
すると、フリードリッヒの右側に控えていた大臣が静かに前へ歩み出た。
フリードリッヒに負けず劣らずのナイスミドルだ。
瑠璃色の頭髪を動きと立体感のあるオールバックスタイルにしたショートヘア、ややつり上がった瑠璃色の双眸。神経質そうな印象を受ける顔立ちだ。
身長は180㎝以上あるだろう。勇者の血を引く家系の男性らしく、がっしりとした体格。
この男の発言が、謁見の間に広がった静寂をふたたび破る。
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