第7話 もう、ホネしか勝たん!
アスカも剣を鞘に収め、瞬きしながらファブレガスを見下ろしている。
あろうことか、甘く優し気なイケメンヴォイス。
想定外の事態にアスカはもちろん、レイチェルと親衛隊の三人も思考が追い付かない。
ファブレガスは跪いたまま動く様子はない。それを見たアスカは微笑みを浮かべて、彼の方へと歩み寄った。
「姫さま!?」
頭を垂れて跪く骸骨騎士へ無防備に近づくアスカに、レイチェルは戸惑っている。それもそのはず、相手は魔物である。騙し討ちをするつもりかもしれない。
慌てて間に割って入ろうとするレイチェルを、アスカは手で制した。
アスカは、ゆっくりとファブレガスに近づいていく。
ハラハラした様子で事態を見守るレイチェル。
「わたしが骸骨騎士の
ファブレガスの前で立ち止まってそう言うと、アスカは彼の手から剣を取った。鞘から剣を抜いて、銀色に輝く剣の腹を彼の肩にあてる。
「
なんと、ダンジョンの主である骸骨騎士がアスカに忠誠を誓った。そればかりか、アスカはこの魔物を護衛騎士にするという。
レイチェルも親衛隊の三人も、しばらく処理落ち状態になっていた。
レイチェルは我に返ると、すぐさまアスカの側に駆け寄り諫言した。
護衛騎士ということはアスカの側近。自分の仕事仲間である。それが骸骨騎士とは異常すぎる。一緒に仕事をする姿などとても想像できない。
「姫さまっ!? そちらの骸骨騎士は魔物ですよ! それを、こともあろうに護衛騎士にするなど……」
「だめなの?」
アスカはレイチェルに顔を向けると、エメラルドグリーンの瞳をうるうるさせた。レイチェルを上目遣いで見ながら、ふるふると首を左右に振っている。
あざとくも可愛すぎる生き物がそこにいた。
まるで庇護を求める小動物のような姿である。
レイチェルは、そんなアスカの姿に一瞬怯んだ。
しかしすぐに、なにかをぐっとこらえる仕草を見せた。「姫さまが、そこまでおっしゃるなら」という言葉を吞み込んだ。
親衛隊の三人は、ファブレガスの拘束魔法から解放されていた。
治癒魔法で傷の手当てをしながら、アスカとレイチェルのやり取りを見守っている。こちらは、どこか期待のこもった眼差しだ。
レイチェルは目を閉じて首を振る。そんな目で見てもダメなモノはダメだ、と言わんばかりに、すこし大げさに首を振った。
レイチェルが首を振ったのを見ると、親衛隊の三人は「ああ」と嘆息した。なぜか残念そう。
アスカは、なおも食い下がる。
「ねぇ、お願い! レイチェル、いいでしょう? わたしが責任もって彼の面倒を見るから」
跪くファブレガスの首に縋りつきながら、アスカは涙目で懇願した。レイチェルを見上げるファブレガスの目も、心なしか子犬のそれに見える。クゥーンという鳴き声が聞こえるようだ。
アスカとファブレガスの姿は、まるで、拾ってきた子犬とこれを飼いたいと懇願する子供。
ため息を吐くレイチェル。すこし諦めモードだ。彼女が考えうる次善の案を示した。
「いったん、ここへ、置いて行かれる方がよいでしょう」
「!?」
けれども、その提案にアスカとファブレガスはショックを受けた様子だ。
アスカは首を左右に振っている。
ファブレガスの方は、顎を小刻みに上下させカタカタと歯を鳴らしている。
「当然でしょう。彼を王都に連れて帰れば、城は大騒ぎになります」
「だめ、だめーっ! このコも連れて行くのー! だって、ホネよ? ホネの護衛騎士なのよ? どうして置いていくの?」
いや、ホネだから置いていきましょうとレイチェルは言っているのだ。しかし、アスカにはそこが理解できないらしい。
「それに護衛騎士ならば、親衛隊の皆様がおられるではありませんか。そちらから選ばれては……」
アスカにはレイチェル以外の側近がいない。王女に護衛騎士が一人もいないというのは異常だ。
国王フリードリッヒは、アスカのために集めた親衛隊のなかから護衛騎士の候補者を選定した。好みの騎士をアスカに選ばせようと考えたのだろう。
しかし、アスカは「なんか、ピンと来ないわ」などと言って、今日まで保留してきた。
「そんなの、いやぁー‼ もう、ホネしか勝たーん!」
ピンと来たのは、骸骨騎士だったようだ。
どんなに諫めても聞く耳を持たないアスカに、とうとうレイチェルは根負けした。
仕方なく「護衛騎士就任は国王の認可を得ること」と言う条件をつけて、ファブレガスを王都へ連れて行くことに同意した。
護衛騎士の件は、父親である国王に丸投げしたともいう。
もっとも、国王が首を横に振っても彼女に駄々をこねられ、聞き入れてしまうだろう。
ついに折れたレイチェルの姿を見た親衛隊の三人は、跪くファブレガスに駆け寄った。
「おおっ、良かったな! ファブレガス殿」
「ええ。これからは、我らの仲間。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「歓迎いたします。ファブレガス殿」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
口々にそう言って、ファブレガスと親衛隊の三人は王城への同行を喜んでいた。
彼らの姿にレイチェルは瞬きしている。
「いやあ、凄い打ち込みでしたよ、ファブレガス殿」
「まったくです。渾身の拳も貴方には届きませんでした」
「まさか、吹き飛ばれるとは思わなかったぞ。いったい、貴殿のどこにそんなパワーが?」
「いえ、お三方も素晴らしい連携でした。さすがに肝を冷やしましたよ」
「ぶははっ! 貴殿に肝などなかろう」
などと、親衛隊の三人と骸骨騎士は、さきほど繰り広げた戦闘について楽しそうに話し始めた。
「は?」
そんな様子を見て、レイチェルは目を丸くした。
ついさっきまで、彼らは命の取り合いをしていたハズだ。
それが、長年苦楽を共にしてきた友のように打ち解け合っている。
しかも、ホネと。
彼らは骸骨騎士が自分の仕事仲間となることに、なんの疑問も感じないのだろうか?
レイチェルには、信じがたい光景だった。
かつて、これほどまでに彼女の常識や価値観が揺らいだことはない。
「あなたたち、馴染むの早くない?」
アスカも瞬きしている。いや、嬉々として魔物を側近に迎えようとする王女といい勝負だろう。
そして道中、奇異の目どころか戦慄の表情を浮かべる民をよそに、アスカ一行は王都へ堂々の凱旋を果たした。
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