第6話 黄金色の骸骨騎士

 アスカが笑みを浮かべながら、フランベルジュ「カグツチ」に魔力を流す。

 そして、ゆっくりと剣を正眼に構えた彼女は、笑みを深めた。


 波打つ形状の青みがかった銀色の刀身が、聖属性の魔力を纏う。

 魔力が揺らめきながら立ち昇り、まるで青白い炎を上げているように見える。


 「カグツチ」の切っ先の向こうには、ダンジョン化したリヒトラント城のあるじ。黄金色の髑髏が妖しく美しい骸骨騎士スケルトンキング


 彼女の正面に立つ骸骨騎士は、剣先を石床に向けたままだ。眼窩の奥に灯る青白い双眸は、じっとアスカを見詰めているようだった。


「その紋章……」


 骸骨騎士が、そう言いかけたとき。


 アスカが石床を蹴って、骸骨騎士の懐に飛び込んだ。

 剣を袈裟懸けに振り、左から右へ一文字に薙ぐ。

 さらに頭上から真下へ、カグツチの刃を振り下ろす。


 剣を振るたび聖属性の魔力が揺らめいて、波打つ刀身が残像だけを置いていく。


 袈裟懸け、右薙ぎ、真っ向斬り。

 瞬きする間も与えない凄絶なアスカの連撃を、骸骨騎士の剣が受け止めた。


 骸骨騎士は、闇属性の魔力を循環させて骨の各部位を繋いでいる。しかし他属性の魔力でその循環を乱されると、姿を維持できなくなってしまう。

 聖属性の魔力を纏うアスカの剣は、骨に触れるだけでも命取りだ。


 攻撃を防がれたアスカは、すぐさま後方へ飛んで剣を脇に構えた。

 獲物に狙いを定めたネコ科の猛獣のように、腰を落とした低い態勢で機をうかがっている。


 どうやら、身長差を逆手に取った戦いをするようだ。


 しなやかで瞬発力に富む身体が、ふたたび骸骨騎士の懐へ飛び込む。


 聖属性の輝きを放つ「カグツチ」を左から右に薙ぐ。その剣撃を払いのける骸骨騎士。


 二度、三度と等間隔で、同じ攻撃を繰り返すアスカ。そのたびに、骸骨騎士の剣が彼女の剣撃を払いのける。

 さらに同じ攻撃を繰り出すかに見えたときだ。


 彼女の剣撃を払おうとした骸骨騎士の剣が空を斬る。


 アスカは骸骨騎士の間合いの外で一拍タメをつくって、大きく開いた骸骨騎士の懐に入った。


 左足で石床を蹴り右に一歩ずれ、骸骨騎士の顎めがけて剣を突き上げる。


 骸骨騎士は咄嗟に身体を左にひねり、のけ反るようにして回避した。

 「カグツチ」の切っ先が、骸骨騎士の頬の側を鋭く突き上がる。


 すぐさまアスカは剣を引いて、今度は骸骨騎士の胴体を突く。

 骸骨騎士の腹部に迫る「カグツチ」の剣先。


 骸骨騎士は、たまらず大きく後方に飛び退いた。


 アスカが、剣を下段に構える。


 それを見た骸骨騎士は両手で柄を握り、剣を振り上げて構えた。ゆったりとした上段の構え。


 振り下ろす剣の一撃に、すべてを賭けるつもりだろうか。

 スキだらけに見える胴は、誘いだろうか。


 アスカのこめかみを汗が伝う。


 骸骨騎士の構えに、アスカは瞬きほどの間、躊躇を見せてしまった。


 骸骨騎士は大きく踏み込んで、アスカとの間合いを詰めた。

 頭上から骸骨騎士の剣がアスカに迫る。


 アスカは舌打ちして、右足で石床を蹴った。横にずれて、骸骨騎士の凄絶な剣撃を紙一重で躱す。


 空を斬った骸骨騎士の剣が石床を砕く。

 硬質の金属が石に衝突する音とともに、飛散した石の破片がアスカの頬をかすめた。


「っ! なんて力なの!」


 骸骨騎士がアスカを正面にとらえる。ふたたび剣を振り上げて上段に構えた。


 アスカは呼吸を整えて、剣を下段に構えた。


 ふたりの周囲だけ時間が止まる。


 拘束されたリンツたちの隣にいた侍女のレイチェルは、胸のあたりで手を組んでいる。心配そうな表情で、アスカと骸骨騎士の戦いを見守っている。


 リンツ達も大きく目を見開いていた。瞬きをするのも忘れたかのように、ふたりの戦いを食い入るように見詰めている。


 辺りは静寂に包まれた。世界から音が消えてしまったかのように。

 辺りの空気は繊細なガラス細工のように、触れるだけで壊れてしまいそうだった。


 アスカは腰を落とす。

 爪先で石床を蹴った。

 彼女の身体が、弾むように骸骨騎士の懐へ向かう。


 その動きに合わせて、骸骨騎士の剣がアスカの頭上から振り下ろされる。

 アスカは、剣を左下から右上に向けて斬り上げた。


 アスカの狙いは骸骨騎士の上腕部。


 骸骨騎士の腕は前腕部を護る鎧(ガントレット)があるだけで、上腕部を護る鎧はない。鎧の下に古びた黒の鎖帷子を着用していた。


 アスカは、鎖帷子ごと彼の上腕部を断つつもりのようだ。


 彼女の狙いに気が付いたのだろうか。骸骨騎士は、右手を剣の柄から離して両腕を大きく広げながら後方に飛び退いた。


 「カグツチ」の剣先が骸骨騎士の鎧を掠める。


 アスカは骸骨騎士の動きを追うように、さらに踏み込んだ。

 頭部を狙って袈裟懸けに剣を振り下ろす。


 骸骨騎士の剣が、その一撃を受け止める。


 剣と剣がぶつかり合う。

 周囲の空気が震えている。


 鍔迫り合いの態勢になったアスカと骸骨騎士。

 睨みながら押し込んでくるアスカの姿を見て、骸骨騎士は気が付いた。


 アスカの顔立ちに、瞳に、声に。


 それは、彼がまだ人であったときのあるじの面影。


 彼のあるじは王女だった。その王女は十六歳でリヒトラント王国へ嫁いできた。彼も王女の護衛騎士として祖国を離れ、この地へやってきた。


 アスカの姿と重なる記憶のなかのあるじ

 彼の名を呼ぶあるじの声。


「エ、エルナ様!?」


 骸骨騎士は、思わず声を漏らした。

 王女エルナ。それは彼のあるじだった女性の名。


 彼の直観が告げる。

 いま、自分と剣を合わせている黒髪の少女は、かつてのあるじ、王女エルナの血を引く者だと。


 骸骨騎士は、大きく後方に跳んで距離を取った。


「?」


 剣を構えたまま、アスカは瞬きしている。

 どういうワケか、骸骨騎士が剣を鞘に納めたからだ。


 骸骨騎士がアスカに尋ねる。


「その獅子の紋章、貴女はテバレス王家に連なる者か?」


 アスカは自分の胸元に視線を落とした。

 彼女の黒い皮鎧に入っている獅子の紋章。

 骸骨騎士は、テバレス王家の紋章を知っているらしい。


「そ、そうよ」


 すぐに骸骨騎士の方へ視線を戻したアスカは、戸惑った様子で答える。

 討伐対象の骸骨騎士に話しかけられるとは、さすがに想定外だ。


 すると骸骨騎士は無言で二、三歩ほど前に出た。あまりに無防備なその動きに、アスカはさらに警戒を強める。


 しかし、骸骨騎士のつぎの所作に彼女は目を疑った。


 アスカの前で、骸骨騎士が片膝をついて跪いたからだ。


「えっ?」


 骸骨騎士が両手を差し出す。その手には、鞘に収められた彼の剣があった。


「なんのマネかしら?」


 戸惑った様子で、アスカは跪く骸骨騎士に尋ねた。


「私の名は、ファブレガス。どうか私の剣をお受け下さい」

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