第2話 テバレシアの黒ばら

 テバレシア王国の王都からリヒトラントへやってきた五人は、到着したその日にリヒトラント城へ入って魔物を討伐し始めた。


 そして体力・魔力の限界が来る前に、城の近くに設営した拠点へ戻る。これを繰り返す日々だった。

 毎日、毎日、魔物討伐に明け暮れた。


 それも、今日で十日目。


 ここまでに遭遇した魔物のほとんどは、ゴブリン、ホブゴブリンと骸骨兵士。

 骸骨騎士スケルトンキングには遭遇していない。


 五人は、ひとまず大広間から廊下へ出た。大広間では、どこから魔物に襲撃されるかわからない。比較的、警戒範囲を絞ることのできる場所で、休息をとることにした。


 休める時に休んでおかないと、体がもたない。


 大広間を出た廊下の壁に、光石灯が設置されている。

 光石と呼ばれる光を放つ魔石を使用した照明器具だ。


 五人はこの光石灯の下に集まっていた。

 各々、水を飲んだり、武器や防具の状態を確認したりしている。


 そんな時だった。


 ふいにダークエルフの騎士カエンが、廊下の先へ視線を向けた。


「なにかが、こちらへ近づいてくるようです」


 カエンの言葉に他の四人も、廊下の先へ顔を向けて耳を澄ませる。


 光石灯が瞬く薄暗い廃城の廊下。その先は暗闇に包まれていた。


 暗闇の向こうから、複数の金属板が擦れ合うような音と石床を踏む足音が聞こえてくる。


 その音が次第に大きくなってきた。

 魔物が、こちらへ近づいてくるようだ。


「……来ましたね」


 ダークエルフの騎士カエンが、眉間に皺を寄せて呟く。


 彼の菫色の瞳は誰よりも早く、暗闇のなかの魔物を捉えていた。弓の名手だけあって、彼の視力は五人のなかで最も良い。


 カエンの言葉を聞いた四人は、すぐさま戦闘態勢に入る。黒髪の少女とリンツ、レイチェルは剣を抜き、チシンは盾を構えた。


 カエンが、弓を構えて狙いを定める。ブレのない美しい構えから、矢が放たれた。


 風切り音とともに、カエンの矢が暗闇に吸い込まれる。その直後、矢を叩き落す金属音が廊下内に響く。


 近い。


 一つ歩みを進めるたび、姿を露わにする魔物。


 妖しく灯る青白い双眸が、暗闇のなかから覗いている。

 光石灯の瞬きが、黒いプレートアーマーを照らし出す。

 光石の光を反射する、美しい黄金色の髑髏。


 ――骸骨騎士スケルトンキング


 ダンジョン化したリヒトラント城の主が、暗闇のなかから現れた。


「なんて、きれいな頭蓋骨なの」


 黒髪の少女は、骸骨騎士を見るなり目を輝かせて、そう呟いた。


 骸骨騎士が立ち止まる。眼窩の奥に青白く灯る双眸で黒髪の少女たちを見回した。


 五人がそれぞれ武器を構え、隊列を組む。

 先頭にタンク役のチシン、その後ろにアタッカー役のリンツ。最後方に射手のカエン、そしてレイチェルと黒髪の少女という配置だ。


「よし、いくぞっ!」


 リンツが、仲間たちに合図する。

 彼の掛け声とともに、真っ直ぐ骸骨騎士へ向かって飛んでいく二つの赤い光弾。カエンが撃った魔力弾だ。

 骸骨騎士を相手に、弓矢の効果は小さいと考えたのだろう。


 骸骨騎士が、右手に持った剣を左下から右上に振る。

 鋭く振られた剣の刃風が、魔力弾の弾道を大きく変えた。


 逸れた二つの魔力弾が廊下の石壁に衝突する。

 大きな音が城内に響き渡り、石壁の表面が埃を舞い上げて剥落した。


 剣を振ったことで、骸骨騎士の身体が開いた状態になっている。

 そこへ、タンク役のチシンが盾を構えたまま突進。続いて、アタッカーのリンツも前進。

 その動きを見たカエンが、ふたりに加速と防御のバフをかけた。


 ふたりが、矢のごとき速度で骸骨騎士に迫る。


 チシンのシールドチャージは、まともにぶつかれば大木をもへし折り倒してしまうほど。骸骨騎士といえども、タダでは済まない。


 すると骸骨騎士は、いったん後方に飛び退いて距離を取った。


 チシンは構わず骸骨騎士へ向かって突き進む。彼の右腕に凄まじい衝撃が走る。


「ぬうんっ!」


 チシンは口角を上げた。十分な手ごたえを感じていた。


 彼がシールドチャージして魔物の体勢を崩し、あるいは魔物の攻撃を受け止める。その隙にリンツが一撃離脱を繰り返す。最後は、カエンの弓または魔力弾で息の根を止める。


 それが彼らの攻撃スタイルだ。


 一方、骸骨騎士も突進してきたチシンに対し、肩からタックルを仕掛けていた。


 激突する骸骨騎士とチシン。

 城内に轟音が響き渡る。


 弾き飛ばされたのは、チシンの方だった。


 チシンの身体が宙を舞う。


 肉弾となったチシンは、後続のリンツを巻き込んで壁に叩きつけられる。


「リ、リンツ! チシーンっ!」


 自分たちの名を叫ぶカエンの声が、ふたりの意識を繋ぎとめた。

 リンツとチシンは呻き声を上げながら、立ち上がろうとしている。幸い大きな怪我は無さそうだ。

 しかし、立ち上がることができない。どういうワケか、身体が思うように動かない。


 彼らの身体を、魔力の捕縛縄が拘束していた。


「くっ! 不覚」


 おそらく、骸骨騎士がかけた拘束魔法だろう。


 骸骨騎士が、黒髪の少女たちの方へ歩き出す。

 カエン、レイチェル、そして黒髪の少女の三人の顔に緊張が走る。


「カエン、姫様たちを連れて逃げろっ!」


「姫様っ、我らに構わずお逃げください!」


 チシンとリンツが叫ぶ。


「う、うおおおおぉ!」


 カエンは骸骨騎士に向かって駆け出した。菫色の瞳に怒りの色が滲んでいる。


 カエンの右手に魔力が収束していく。


「はあああぁ!」


 雷撃を纏った彼の右正拳が骸骨騎士に迫る。

 しかしカエンの拳は空を斬り、骸骨騎士の前を素通りする。

 骸骨騎士は、素早く身体を入れ替えるようにして、カエンの放った拳を躱していた。


 つぎの瞬間、廊下内を反響する鈍い打撃音。

 カエンの拳を躱した骸骨騎士が、右脚でカエンの左脇腹に蹴りを入れていた。


 不意の蹴撃を受けたカエンの身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 骸骨騎士の指先から伸びる魔力の縄。とうとう、カエンまでも拘束されてしまった。


 残るは、レイチェルと黒髪の少女。骸骨騎士が、ふたりの方へ身体を向ける。


「ここは、わたくしが。城の外で落ち合いましょう。姫さまは先に行ってください」


 レイチェルは、背後に控える黒髪の少女にそう告げた。

 戦慄の表情を浮かべながら、レイチェルは短剣の切っ先を骸骨騎士に向けている。


「バカなこと言わないで。みんなを置いて逃げるわけにはいかない。レイチェル、わたしがやるわ」


 黒髪の少女が、そう言ってレイチェルの前に出る。


「姫さま!?」


 骸骨騎士の前に立つ黒髪の少女。整った顔立ちに、すらりとした体躯。

 エメラルドグリーンの双眸は、黄金の髑髏を見据えている。 


 黒髪の少女は笑みを浮かべた。


「うふっ、素敵よ、貴方。この世にどんな未練があるのか知らないけれど、創世神さまの下へお帰りなさい。髑髏はわたしの寝室に置いて、毎晩、抱いて寝てあげる」


 彼女はそう言いながら、体内の魔力を循環させる。魔力が全身に満ちていく。

 その脳裏に描かれる「身体強化」のイメージ。


 白色の光を放つ魔力が焔のように揺らめいて、彼女の身体から立ち昇る。


 黒ばら飾りのカチューシャをしたミディアムストレートの黒髪が、ふわりと舞い上がった。


 この黒髪の少女はテバレシア王国王女、名をアスカ・テバレス。


 後に人々は、その美しい容姿と武勇を称えて彼女をこう呼んだ。


 ――テバレシアの黒ばら。

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