黒ばら王女と螺旋の廃城
わら けんたろう
第一章 廃城のスケルトンキング
第1話 螺旋の廃城
その少女は、ミディアムストレートの黒髪に黒ばら飾りがついたカチューシャをして、黒い皮鎧を身に纏っている。
ピンク色をした小さめの唇をきゅっと結び、エメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ魔物に向けていた。
立ちはだかる魔物の前で、彼女は怯むことなく剣を正眼に構える。
彼女の剣は亡き母の形見、フランベルジュ。銘を「カグツチ」。
刀身が炎のように波打つ形状をした片手剣だ。海のような青い輝きを放つ金属「エクリル」を鍛えたこの剣は「死よりも苦痛を与える剣」と伝わる。
彼女を見下ろす茶褐色の魔物は、ホブゴブリン。
長く伸びた鋭い犬歯を見せて、嗜虐的な笑みを浮かべる。
喉を鳴らしながら、刃こぼれした戦斧を構えた。
石床を蹴り黒髪を靡かせて、少女は果敢に前へ踏み込む。
彼女の息遣いと足音が、大理石の壁に囲まれた薄暗い空間を反響する。
黒髪の少女は、「カグツチ」を左下から右上へ振り上げた。
その斬撃を、ホブゴブリンの斧が受け止める。
ぶつかり合う剣と斧。
衝撃が黒髪の少女の腕に走る。歯を食いしばって彼女は耐える。
冷たく鋭い金属音が、彼女の鼓膜に突き刺さる。
黒髪の少女は、後方へ跳んで距離を取った。
紫色の瞳に怒りを滲ませて、ホブゴブリンが咆哮する。
激情に駆られ斧を大きく振り上げた。
黒ばら飾りをした少女の黒髪が、肩の上でふわりと揺れる。
黒髪の少女は、すらりと伸びた足で石床を蹴った。
タンッという足音だけをその場に残し、彼女の姿が消える。
黒髪の少女は、ホブゴブリンとの距離を縮めていた。
剣先が、石床から天井へ向かって弧を描く。その残像の奥から袈裟懸けに、彼女は「カグツチ」を振り下ろす。
ホブゴブリンの瞳が黒髪の少女を捉えたとき、すでに「カグツチ」は魔物の巨躯に達していた。
波打つ刃がホブゴブリンの肩口から脇腹へ、その肉を切り裂き、骨を断つ。
「グ、ヒイイイイィ」
断末魔を上げたホブゴブリンが、鮮血を撒き散らす。血を噴く茶褐色の肉塊が落下して、冷たい石床を転がった。その音が、薄暗い空間に鳴り響く。
黒髪の少女は、肉塊に視線を落とす。
血だまりが石床に広がっていく。
その様子が、エメラルドグリーンの瞳に映り込む。
彼女の身体が、血の匂いを纏う。
ここはダンジョン化した廃城の大広間。
円形の空間だ。広い間口の入口から見える正面奥が、一段高い構造になっている。もとは謁見の間だったのだろうか?
しかし、この場所で待ち構えていたのは王でも戦士でもない。多くの魔物たち。
格好の獲物を見つけたとばかりに、四方から彼女たちを襲った。
乱戦状態のなか、黒髪の少女は懸命に剣を振り、つぎつぎと襲いかかる魔物たちを葬った。
たったいま討伐したホブゴブリンで、何体目になるだろう?
もう、討伐した魔物の数さえ覚えていない。
肉塊となったホブゴブリンを眺めながら、黒髪の少女は深呼吸しようとした。
けれども魔物たちは、彼女にそんな時間すら与えない。
壁に設置された光石灯の瞬きが、棍棒を振り上げる緑褐色の魔物を照らし出す。
「キッ、キキャーッ!」
ゴブリンが奇声を上げて、右方向から黒髪の少女に襲いかかった。
ちょうど、彼女からは死角となっている方向だ。
魔物の叫び声に反応する黒髪の少女。
エメラルドグリーンの双眸が、跳びかかかってくるゴブリンの姿を捉えた。
「っ!」
魔物に不意を突かれ、黒髪の少女は整った顔を歪める。
ゴブリンが棍棒を振り下ろす。
彼女は咄嗟に後方へ飛び退いた。
少女の鼻先を横切ったゴブリンの棍棒が、黒髪の毛先を掠める。
「姫様っ!」
青い頭巾を被った金髪の壮年騎士が、黒髪の少女の前に飛び込んだ。
なおも彼女に跳びかかったゴブリンを、彼は左から右へ剣を薙いで斬り捨てる。
「ギギギ……」
下半身を失って落下したゴブリンが、内臓を引き摺りながら石床を這う。恨みがましい眼差しで黒髪の少女を睨んでいる。
その頭部を幅広の剣が貫いた。
そこには、赤い頭巾を被った狼獣人の騎士が立っていた。銀色の鎧の上からでも判るほどの鍛え抜かれた体躯。左手に持った剣でゴブリンの頭部を貫き、右手に円形の大きな盾を持っている。
彼は動かなくなったゴブリンの頭から剣を引き抜くと、黒髪の少女に白い歯を見せた。じつにイイ笑顔だ。
「お怪我はございませんか?」
赤い頭巾を被った狼獣人の騎士が、黒髪の少女に尋ねる。
この青年の名は、チシン。ヘアレスウルフ族の狼獣人だ。最近、幼馴染の女性と婚約したばかり。
ゴブリンを斬り捨てた青い頭巾の壮年騎士も、銀色の瞳を黒髪の少女に向けている。彼の名はリンツ。親孝行者で有名な男である。
「ありがとう、チシン、リンツ。大丈夫よ」
黒髪の少女が、チシンとリンツを順に見ながら微笑む。
彼女の無事を確認したふたりは、お互いに顔を見合わせて頷いた。
「キヒイィ!」
近くで魔物が断末魔を上げている。その叫び声のした方へ三人は顔を向けた。その視線の先に、短剣を構える女性。茶色の髪をポニーテールにまとめている。
彼女の前で、ゴブリンが仰向けに大の字で倒れていた。一本の矢が側頭部を貫いている。
彼女からすこし離れた位置に、弓を持って立つ黒い頭巾の青年騎士。蜜色の肌をした端正な顔立ちと長い耳。淡い菫色の長髪を後ろで束ねている。彼はダークエルフだ。
ゴブリンの頭部を貫いた矢は、この男が放ったものだろう。
「こちらも終わりました」
ダークエルフの青年騎士はそう言うと、茶色の髪の女性とともに三人のいる方へ歩いてきた。
「カエン、レイチェルも怪我は無い?」
「はい」
黒髪の少女が尋ねると、ダークエルフの騎士カエンは笑みを浮かべて答えた。
涼やかな菫色の双眸をした好青年だ。魔導士にして弓の名手でもある。
「カエンさまの援護がありましたから。姫さまも、お怪我はありませんか?」
すこし乱れた髪を整えたレイチェルが、気遣わしげに黒髪の少女を見ている。
彼女は黒髪の少女に仕える侍女だ。十八歳になった年――黒髪の少女が十三歳になる年――から仕えてきた。今年で四年目。いまでは侍女というより、黒髪の少女にとって姉のような存在となっている。
「ふふっ、大丈夫よ。レイチェルは心配性ね」
黒髪の少女が笑みを浮かべる。レイチェルは、ホッと胸をなでおろした。
いま五人がいる場所は、リヒトラント城という廃城の大広間。
この廃城は、二百年ほど前、テバレシア王国の侵攻を受けて滅ぼされた「リヒトラント王国」の王城だ。かつては、美しい螺旋の城だった。
現在は所々城壁が崩れ落ち、城の石は苔生しあるいは石の間から雑草が伸びて、当時の姿は失われている。
テバレシア王国は、この螺旋の城を長年放置していた。そのためか、魔物たちが住み着いてダンジョン化している。
このダンジョンの主は、黄金の髑髏をもつ
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